第2話 砂浜にて

「おい、大丈夫か?」

僕は男の声によって目を覚まされた。男に起こされるのはあんまり好みではない。

その上、体が痛い。特に腹のあたりが。

それに起こされたにも関わらず、体が動かない。体の上に何かが乗っかっているかのように身動き一つできない。

「今、どかしてやるからな」

あ、本当に何か載っているのか。

よいしょ、という掛け声とともに結構な太さの丸太のような木が僕の横に置かれた。

こんな木が載っていたら、動ける訳がない。

ありがとうございます、と言おうとしたが声にならなかった。

それは、痛みで声が出づらかったのと、目の前に居た人がなんとちょんまげを結っていたからだ。

「おう、大丈夫か?動けるのか?」

ちょんまげ姿の男は僕に話しかける。

「あ、はい。ありがとうございました。」丸太をどけてもらうと、確かに痛みは若干あるものの、動けない、ということはなさそうだ。

浴衣がはだけている部分から腹をみても、切れたりもしておらず、赤くもなっていない。

大丈夫そうだ。

「どうしてこんなところで、丸太抱えて、倒れてたんだ?」

ちょんまげ君は僕の動きが良かったことに安心したようだ。

こんなところ、僕が周りを見渡すと、そこは砂浜だった。

花火大会は海の近くの広場でやっていたはず。何かの折で、転げ落ちてきてしまったのだろうか?

しかも、既に太陽が昇っている。花火大会はとっくに終わったのだろう。

本当に現代人は他人に興味がない。

花火大会で何かのきっかけで砂浜まで転げ落ちた人を誰一人助けなかったのだろう。

結局朝まで砂浜に転がっていた、ということだろう。

そういう意味ではこのちょんまげ君は優しい。大したものだ。

丸太を載せて倒れていた僕に気づき、助けてくれたのだ。

ちょんまげ君も花火帰りだったのか、着物をきている。

ついでにいえば、刀もさしている。

これは、コスプレか?

ふと見ると、ちょんまげ君の後方にも何人かが遠巻きに僕をみている。

こちらもちょんまげだ。こちらは刀はさしていないようだが、明らかに時代劇に出てきそうな風体の人たちだ。

あれ?この展開は、もしや。

「スミマセンが、今は何時代ですか?」

「今?今は天保15年に決まっておる。頭も打ったのか?」

あ~、そのパターンですか。

タイムスリップ的なヤツですね。異世界召喚ではなく。

普通ならパニックにでもなりそうだが、長い人生でいつかこういうことが起こるんじゃないか、と妄想していた。

そう、テレビCMでも言っていた。

人間が想像できることは、必ず実現できる、と。

ちょっと違うか。

大体、天保15年っていつなんだ?

あー、日本史ちゃんと勉強しとけばよかった。

大学入試、世界史選択なんだよなぁ。どっちみち忘れてるけど。

まぁ、いいや。

さて、この場をどうしようか。

とりあえず、財布は浴衣の袖のところに入れておいたので入っている。

とはいえ、多分使えない。

そうすると、ここでちょんまげ君に去られると、面倒くさいことになりそうだ。

何と言っても一文無しだからね。

大体このパターンだと困るのは、特別なスキルとかが身についていないことだな。

そうすると、自分の能力だけで、知らない時代を生きなきゃいけない。

これは結構キツイ。

医者が江戸時代に送り込まれる話があったけどさ、医者はいいよ。いつの時代でも必要とされてるから。

でも僕みたいな人間はね。大変ですよ、こりゃ。

あ、ちょんまげ君が不思議そうに見てる。

いかん、いかん妄想してる場合じゃない。

「え~、お侍さん?」

「なんだ」

あ、お侍さんで間違いないんだ。時代劇通りですな。

「あの、私、どうも頭を打ったみたいで、記憶がないんですよ」

「何?本当に頭を打ったのか?」

「はい…。自分が何故、こんなところで倒れていたのか、なんで木が腹の上に載っていたのか?全く分かりません。」

「記憶喪失というやつだな。」

「恐らくそういうやつだと。不躾なお願いで恐縮ですが、私の記憶が戻るまで、しばらく面

倒みては貰えませんでしょうか?」

「変なしゃべり方で、図々しい願いをするやつだ。しかし、このまま放っておく、という訳にも確かにいかぬか」

ちょんまげ君は自分の後方にいる野次馬らしき人達を一瞥する。

なるほど、この侍はそこそこ偉いんだな。

それで、僕をここに置き去り、ってわけに行かないのだろう。

「分かった。拙者が面倒を見る訳にはいかないが、よさそうなところを

案内しよう。

立てるか?ついてこい。」

そう言って、ちょんまげ君は歩き出す。

慌ててその後ろをついていくことにした。


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