第5話 自由都市ゴーズライン
人が多く住んでいそうな町を探すため、また旅に出ていた。
悩み事を持っている人がいなければ、なんでも屋をはじめても意味がない。
なので人が多い方が都合がいいのだ。
黒い屋敷の出来事から1ヶ月後。
「着いた! ここが噂の自由都市ゴーズライン!」
中央大陸で最も人が多く住んでいる町、自由都市ゴーズラインにたどり着いた。
ゴーズラインは海岸線に沿そうように町が作られ、様々な国や地域と貿易をして発展している。
更に国に管理されることなく町だけで自治も行う「自由都市」だそうだ。
町の周りは魔物よけの壁に囲まれており、陸から町に入るには東か西の門をくぐらなければならない。
俺は町が一望できる高台から近い、東門に向かった。
そこには町に入るための長い行列ができていた。
この行列を並ばなければ中に入ることができない。
俺は最後尾に並んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「身分証が無いんですか?」
「はい。旅の途中で落としてしまって……」
門番に身分証の提示を求められた。
身分証がなければ中に入れないらしい。
しかし俺は身分証は持っていない。
もちろん「旅の途中で落とした」というのは嘘だ。
そもそも3ヶ月前まで暗黒大陸の住人だったので、身分証を持ってるはずがない。
「身分証がない場合、入るのにお金がかかりますがよろしいでしょうか?」
「はい。ちなみにいくらですか?」
「1000
今の手持ちは8000G。
お金を払えば中に入ることができるので門番にお金を渡す。
「1000Gですね。確かに受け取りました」
身分証がなければ、またこの町に入る時にお金がとられてしまう。
今後この町に出入りするつもりなので、どうやって身分証が手に入るのか門番の人に尋ねた。
「中央区の役所で身分証が発行できます。東門を抜けてまっすぐ進めば役所の建物が見えてきますよ」
「ありがとうございます。早速その役所に行ってみます」
門番の人に言われた通り、まずは役所を目指そう。
役所のことは分からないが、なんとかなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
役所を目指し東門からまっすぐ進む。
ここの町は想像以上に賑わっている。
声が行き交う店や露店。
綺麗に整理された区画。
更にどの道も人の往来が多い。
冒険者と呼ばれる人達や、船乗りの格好した人達も見える。
様々な国や地域の人がこの町に来ているのだろう。
3ヶ月間、中央大陸を旅して色々な町や村を見てきたが、ゴーズラインが一番にぎわっている。
なんでも屋をはじめるならこの町だな。改めてそう思った。
そして役所と思われる、立派な建物がある場所に着いた。
早速身分証を発行しにいこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「身分証が発行できない?」
「すいません。規則で現在発行できません」
役所に着いたあと、身分証を発行するために受付の人に尋ねた。
その答えがまさかの「発行できない」だ
「どうして発行できないんですか?」
「規則なので」
「いやだから、どうして発行できないんですか?」
「規則ですから」
さっきからこの調子だ。
規則、規則、規則……。
理由を聞いても全て「規則だから発行できない」と返される。
せめてその規則の内容を知りたいが、なぜか教えてくれない。
「ちょっと代わってくれるかな?」
受付の人の上司と思われるおっさんが、俺達のやり取りに割って入ってきた。
「お客さん。私はガルトと申します。この子の代わりにあなたの対応をしましょう。ここで話すと時間がかかると思いますので、ひとまず個室に案内します」
ガルトさんに案内され、個室に場所を移す。
「そこの椅子に腰を掛けてください」
言われたとおりに椅子に座る。
「お客さんのお名前を伺っても?」
「俺の名前はシュバルツ。ガルトさん……でしたか? 何をやってる人ですか?」
「はい、そうです。私は受付のリーダーをやっております」
「受付のリーダー? どうしてあなたみたいな人が、俺みたいな外から来た人に対応するんですか?」
「私が対応するのは受付の従業員に食って掛かってきた人だけですから」
なるほど。
向こうの立場からすれば、身分証が発行できない理由を何度も質問してくる俺みたいな人は厄介なのだろう。
ガルトさんは笑顔だが、目は笑ってない。
とはいっても、ちゃんとした理由がなければ俺は納得できない。
「……そうですか。俺だって納得できる理由があれば何度も尋ねません」
「規則だから、では納得できないと?」
「もちろんです。あなたが俺の立場なら納得できないでしょ?」
「たしかに納得できませんね。なので今から身分証が発行できない理由を説明しましょう。ただし、この話は他言無用でお願いします。それができなければお話しません。これでどうでしょうか?」
「分かりました。絶対に話しません」
「ありがとうございます。実はですね――」
ガルトさんの話はこうだ。
先月暗黒大陸の魔王軍から、ゴーズラインに対してある書簡が送られた。
その中には魔王が代わったこと、そしてゴーズラインを攻める準備をしていることが書かれてあった。
宣戦布告に近い内容を受け取ったあと、町の警備や守りを強化している。
魔王軍の戦力は1万とも100万とも言われており、町にいる兵士だけではそれらの数に対応できない。
なので冒険者ギルトに防衛任務を依頼している。
町に冒険者が多いのは、それが理由だそうだ。
そして現在、警備強化の一環として身分証が発行できないようだ。
「というわけで身分証を発行することができません。従業員には「規則だから無理だと言ってください」と言っていますが、それを言われた人が納得できないのは十分承知しております」
魔王軍。
まさかこんなところで出てくるなんて。
「この話を知っているのは?」
「上層部の人間や私、そして冒険者ギルトのギルトマスターと副マスターだけです。あとは、あなたみたいな人たちですね」
「なるほど……たしかに受付の人が知らないのも無理がないですね」
魔王軍が攻めてくることを従業員全員が知れば、パニックが起きてしまう。
ならば上だけで情報を共有し、来たるべき時に備えたほうがいいと判断したのだろう。
だけど、元魔王軍幹部として言いたい。
魔王軍の戦力が1万から100万と言われているのは、俺がアンデットの兵士を召喚したからだと。
暗黒大陸から中央大陸を渡るには海を越える船が必要だが、その船も俺が用意していたからだと。
兵士の増加や移動手段の確保は俺が今までやってきたことだ。
もちろん、死霊術によって生み出されたモノは時が経てば消滅する。
そのことを知らないグラント達は今頃苦労しているだろう。
でも今の俺には関係ない。
俺はただ、身分証を発行したいだけだ。
元魔王軍幹部として軍の内情を言えば身分証が発行……されるはずがなく、それどころか牢屋に収容されるのは想像がつく。
グラントよ……絶対また会ったらボコるからな。覚えておけよ。
「はぁ~」
とはいってもどうしようもない。
悩みを解決するなんでも屋をはじめようと思った俺が、まさか悩むなんて。
「その様子では納得してくれたようですね」
「はい。納得しました。それなら仕方ないですね」
「でしょうね。……ちなみにですが、身分証を発行できる方法はまだあります」
「まだあるんですか?」
諦めていたがなんとかなるのか?
「身分証を持っている知り合いがいれば、シュバルツさんに代わって、その人がシュバルツさんの身分証発行の申請ができます」
3ヶ月前まで暗黒大陸にいた俺に、そんな知り合いがいるわけないだろ!
心の中で思わずツッコむ。
「その様子だといないようですね……役所の入口まで送りましょう」
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとした時。
先程俺を対応していた受付の人が慌てて部屋に入ってきた。
「お話中にすいません。シュバルツさんの知り合いという人が受付前に来ております。ガルトさんの許可があればこの部屋に案内しますがどうしますか?」
「と言っていますがどうします?」
俺の知り合い? 誰だろう。
だがその人に頼るしかない
「案内してください」
「とのことだ。その人をこの部屋に連れてきてください」
「かしこまりました」
そして数分後。
受付の人が俺の知り合いという人を部屋につれてきた。
「久しぶりだな、シュバルツ」
その人はカレン・クリッサ……が20代前半まで成長したような、美しい人間の女性だ。
もしかして……転生したカレンか!?
なんでもお悩み死霊術~元魔王軍幹部のネクロマンサーは、どんな悩みでも解決する、なんでも屋をはじめました~ もんざえもん @_MonZaeMon_
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