第4話 黒い屋敷 2
「これもなにかの縁だ。私が悪霊になる前に私を倒してくれないか? あなたには私のような幽霊を倒す魔法が使えるのでしょう?」
パトリックさんの望みどおり、悪霊になる前に、この世界から消したほうがいいのかもしれない。
でも本当にそれでいいのだろうか?
だが彼の悩みを解決するために、彼の兄弟の子孫を殺すことは俺にはできない。
そんな権利は無いからだ。
「お尋ねしますが、本当に……兄弟の子孫を殺したいのですか?」
「……そうだな。口では殺したいと言っていはいますが、そんなことをしても、死んだカーラが返ってこないことは分かっている。分かっているのだ……そんなことは」
パトリックさんは手で顔を覆う。
その姿は、どうしようもなく悲しんでいる、1人の老人に見えた。
本当は分かっている。
殺しても大事なものが返ってこないことを。
大事なもの。本当の悩み。
そうか……そういうことか。
パトリックさんの本当の悩み、本当にしたいことが、分かった気がする。
「パトリックさん。本当はカーラちゃんに会いたいんじゃないですか?」
「!!」
パトリックさんが立ち上がり、俺をにらみつける。
「そ、そんなこと、そんなことができていたら、いや、できるわけがないだろ! もう孫娘は……カーラはこの世界にいない! もう彼女に会うことができない!」
この部屋にある、ありとあらゆる物が揺れだしている。
俺の言葉に動揺しているようだ。
「……会えますよ」
揺れが止まる。
「会える? 何をバカなことを言っている! ふざけるのもたいがいに……」
「俺はネクロマンサーです。なので死んだカーラちゃんの幽霊をあなたに会わせることができます」
「それは本当のなのか!?」
「本当です。それでどうします? ……カーラちゃんに会いたいですか?」
「ああ、会う。会えるものなら会ってやる。ただし会えなかったその時は……」
「ええ、俺を殺しても構いません」
彼の願いを聞き入れた俺は、ある魔法を発動するために外に出る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷の裏庭に行き、地面に大きな魔法陣を書いている。
魔法陣が書き終わるまで、パトリックさんは俺の作業を見ている。
「こんなものか」
魔法陣を書き上げ、ミスがないか確認をする。
円と円がちゃんと結ばれているし、これなら失敗することは無いだろう。
「終わりましたよ」
「この魔方陣は?」
「今から発動する魔法に必要なものです」
「その魔法はどういうものかね?」
「魔方陣の中に、この屋敷に憑依した幽霊を召喚する魔法です」
「屋敷に憑依した幽霊を召喚する? この屋敷に誰か憑いているのか?」
「憑いてますよ。だから魔法で召喚するんです」
パトリックさんは俺の説明を疑っている。
無理もない。パトリックさんは長年この屋敷に住んでいた幽霊だ。
そんなパトリックですら見たことない幽霊を俺が召喚するのだから。
「その幽霊は誰だ?」
「この屋敷の外を守っている幽霊です」
この屋敷を訪れた時、廃墟ではなく寂れた印象を受けた。
柵や門は所々崩れていたが、屋根と外壁には傷が無かったからだ。
しかし中に入った時、この屋敷はいつ壊れてもおかしくなという印象を受けた。
屋敷の崩れ具合が外と中で違いすぎる。
その理由は分からなかったが、パトリックさんの話を聞いた後、ある一つの可能性に気づく。
カーラちゃんの幽霊が、この屋敷を守っているかもしれないと。
パトリックさんが言ったように、一般的に幽霊とは「未練を残したり、悩みを抱えを抱えて死んだ者が成り果てた存在」だと言われている。
だがネクロマンサーでは、幽霊とは「死んだ者の魂と魔力が合わさり、その者が最も輝いていた姿かたちになる存在」だと言われている。
故に、死んだ時に魂と魔力があれば誰でも幽霊になれるのだ。
逆に言えば、魂と魔力、どちらかが欠けていれば完全な幽霊になれず、近くの物……例えば屋敷などの建物に憑依する。
パトリックさんを遺してこの世を去ったカーラちゃんは、幽霊になったのではないだろうか?
自分を愛しているおじいさんの傍にいれずに、未練や悩みがあったのではないだろうか?
だが幼い彼女には、幽霊になるための魔力が欠けていた。
だから屋敷に憑依したのではないだろうか。
「カーラが、この屋敷を守っていた?」
「俺はそう思っています」
パトリックさんはゆっくり目を閉じた。
きっと、カーラちゃんと遊んでいた時のことを思い出しているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パトリックさんを魔法陣の中心の位置に立たせる。
「この場所で目を閉じればいいのか?」
「はい、目を閉じてください。そしてカーラちゃんを想ってください。そうすれば彼女は絶対に、あなたに会ってくれます」
「分かった」
「魔法を発動します!」
魔法陣に魔力を込める。
パトリックさんにカーラちゃんを会わせるために。
「コーリング・レイス」
魔法陣の中が白い光に包まれる。
魔法は無事発動したみたいだ。
これ以上俺ができることはない。
あとはパトリックさんの番だ。
◇◇◇
「ここは……」
真っ白い空間。
先程までいた屋敷の裏庭ではないことは確かだった。
「この姿は!」
パトリックの体は、幽霊特有の透けているものではかった。
生前と同じような体になっている。
だがこの空間に、カーラの姿はなかった。
「シュバルツさんに騙され、天界か魔界に行ったかもな」
この世界で死んだ者は、天界か魔界かのどちらかに行くと言われている。
白い空間はその線引をするための場所だろうと、パトリックは思った。
「おじいちゃん!」
パトリックの背後から、少女の声が聞こえる。
どんな時が経っても決して忘れることのない声。
自分以上の悲しみを背負いながらも、自分を励まし、元気づける少女。
愛情を注ぎ、育てていた少女。
そして、死んでしまった少女。
そんな少女の――カーラの声だ。
パトリックは後ろを振り返る。
そこにはカーラがいた。
パトリックはカーラを抱きしめた。
「カーラ! ずっと傍にいたのか!」
「うん! だっておじいちゃん、私がいなくなったら悲しむでしょ。だからずっと傍にいたんだよ!」
「ああ、そうだな。私は悲しんでいたよ。でもこうしてカーラに会えたんだ。もう悲しいことはないよ」
パトリックは涙を流した。
「ああ、カーラ。これからずっと傍にいておくれ」
「もう何言ってるのおじいちゃん。これからもでしょ?」
「そうだな……。これからも、傍にいておくれ」
「うん!」
そしてパトリックとカーラの幽霊はこの世界を旅たった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光が収まる。
魔法陣の中心にパトリックさんはいない。
無事カーラちゃんに会えたのだろう。
幽霊を無理やり召喚するこの魔法が、誰かの役に立つとは思わなかった。
もしかしたら死霊術というのは、生命や魂を弄ぶだけでなく、どんなの悩みでも解決できる、そんな魔法なのかもしれない。
……いいかもな。
死霊術による、どんな悩みでも解決する、なんでも屋をはじめるのは。
旅人生活を続けるのもいいが、どこかの町で店をはじめるもいいかもしれない。
魔王軍幹部よりも断然面白そうだし。
正直、魔王を目指すため、魔王軍に喧嘩を売るのもありと言えばありだ。
グラントに対する復讐心が無いと言えば嘘になる。
しかし、カレンならきっと「そんなバカなことを考えているより、自由の身になったのだから好きなように生きろ」と言ってくるだろう。
なら、やることは1つ!
なんでも屋……はじめてみるか!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少し先の未来の話だが、黒い屋敷のその後について。
黒い屋敷の出来事からしばらくし経った後、パトリックさんの兄弟の子孫が屋敷に乗り込んだ。
「幽霊なき今、この屋敷を自由に使える」と思っていたそうだ。
屋敷に乗り込んだ時、突然屋敷が崩壊し、多くの者が巻き込まれ死んだ。
あの屋敷が今まで崩壊しなかったのは、おじいさん想いの少女のおかげだ。
だがその事実は、死んだ彼らに伝わることはないだろう。
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