第3話 黒い屋敷

 クーデターが決行されてから2ヶ月が過ぎた。


 俺は魔王軍がいる暗黒大陸から、死霊術で作り出した幽霊船で、人間が住んでいる中央大陸に渡った。

 

 中央大陸は暗黒大陸と違い、日中には太陽が昇り、緑豊かな大陸だ。

 暗黒大陸は空が雲に覆われているせいで、日中でもごく僅かな太陽の光しかなく、荒れ果てた大陸だ。


 中央大陸に到着した後は、目的地も決めずに旅をしている。

 旅の道中いろんな人のお手伝いをしながら、それなりの旅人生活を送っていた。



 そんな生活を送っていたある日、赤い髪をした1人の老人から奇妙な話を聞いた。


 曰く、

 森の中に黒い屋敷がある。

 屋敷の主は既に死んでいるが、時折主の幽霊が見える。

 故に、その屋敷に近づく者は誰もいないと。


 用事が無かった俺は、興味本位で黒い屋敷に向かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ここが黒い屋敷か」


 森の中に入り、黒い屋敷の正門前に着いた。


 黒い屋敷と言われるように、屋敷の屋根から外壁まで黒一色だ。


 柵や門が所々崩れており、敷地内は雑草が生い茂っている。


 ただ、柵や門と比べて、屋根と外壁には傷が無かった。

 誰かが定期的に補修をしているのだろうか?


「あの老人の話が本当なら、ここに死んだ屋敷の主の幽霊が見えるんだよな?」


 正門前にいるが、幽霊の気配を感じない。


 怪しいと思いながらも正門を抜け、玄関扉を開ける。


「……いた!」


 奥から、貴族の服を着た男性の老人の幽霊が現れる。


 幽霊と目が合う。


「どうも」


 とりあえず挨拶だ。

 勝手に屋敷の中に入れば、幽霊とはいえ許すわけが無いだろう。


「死んだ屋敷の主の幽霊が見えると聞いたので、興味本位で勝手に中に入ってしまいました。申し訳ございません。それと失礼ですが、あなたはこの屋敷の主の幽霊でしょうか?」


 ……。


 反応がない。

 幽霊は驚いた表情で俺を見ているが、何も返してこない。


 もしかしたらこの幽霊は悪霊なのかもしれない。


 意思疎通ができない場合、悪霊の可能性が高い。


 悪霊はありとあらゆるモノに悪影響を及ぼす。

 そんな悪霊を倒すのも俺、いやネクロマンサーの仕事の1つだ。


 仕方がない。

 俺の魔法でこの世界から消えてもらう。


 幽霊を倒すために魔力をこみ上げる。


「ま、待ってください! あなたは私の姿が見えるのですか?」


 幽霊が慌てだす。


「バッチリ見えてますよ。貴族の服を着ていますよね?」

「ええ、そうです……ちょっと、その物騒な魔法を今すぐ止めてくださいますか? せっかく会話ができる人に会えたのに、今にも消えてしまいそうです」


 しまった。


 魔法の発動を止める。


「すいません。反応が無かったので、悪霊だと決めつけていました」

「かなり物騒な考えの持ち主ですね。……こちらは久々に人と会話ができて、反応がうまくできなかっただけですから」


 確かにそうだ。

 反応がないからといって、悪霊と決めつけて倒すのは良くない。


「重ね重ね申し訳ございません」

「いえ、こちらにも落ち度はありますし、ここはお互い様ということで。そうだ、せっかくの機会ですし、ここで立ち話をするより、座ってお話をしませんか?」

「いいですよ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「崩れた場所で申し訳ございません」


 屋敷の中は廃墟そのものだ。

 テーブルに椅子、階段までも壊れている。


 外からは分からなかったが、中はいつ崩れてもおかしくない。


「そこの椅子に座ってください」


 壊れているものの、人がギリギリ座れそうな椅子に座る。


「まず、お互いに自己紹介をしましょう。私の名前はパトリック・ペトラ。パトリックと呼んでください。この黒い屋敷の主で、昔は貴族だった男です。今はご覧のようにただの幽霊ですが」

「俺の名前はシュバルツ。ネクロ……ではなく、ただの旅人です」


 危ない危ない。

 いつもの癖でネクロマンサーだと話すところだった。


 人間にとって、ネクロマンサーは「忌み嫌われる存在」だと旅の道中で知った。

 幽霊ならなおさらだろう。

 なぜならネクロマンサーは、幽霊を使役することができるのだから。


「シュバルツさんというのですね。早速本題に入りますが、あなたはこの屋敷のことをどうやって知ったのですか?」


 俺はこの屋敷を訪れるまでの経緯を話した。


「そういうことでしたか。……ちなみに、その老人の髪の色は赤色ですか?」

「赤色ですね。なにか関係があるのですか?」

「やはりそうか……その老人は、私の兄弟の子孫です」

「パトリックさんの兄弟の子孫?」

「そうです。兄弟の子孫といっても、私の憎むべきものですが」


 先程まで穏やかだったパトリックさんから、怒りの空気を感じる。

 それに合わせるように、周りの椅子や机など、あらゆる物が揺れだしている。


「落ち着いてくださいパトリックさん。物が揺れてますよ」

「これは失礼しました」


 注意を受けたパトリックさんは落ち着きを取り戻し、揺れも収まる。


 紳士的な印象だったパトリックさんが、ここまで怒る理由を俺は知らない。


「ここまで怒るには何か理由があるのでしょう。失礼ですが、その理由を教えてくれませんか?」

「分かりました。私の怒りの理由をお話しましょう――」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私には愛する妻と、娘夫婦と、そして幼い孫娘がいました。

 この屋敷で仲睦まじく暮らしていたました。


 しかし、私の妻と娘夫婦は、流行病によってこの世を去りました。


 愛するものを亡くし、私はひどく悲しみました。


 私には兄弟がいましたが、兄弟仲はあまり良くなかったです。

 心無い言葉で私を励ます彼らの姿に、私は怒りすら覚えました。


 そんな時、孫娘のカーラが私を励ましてくれました。


「私がずっと、おじいちゃんの傍にいるよ」と。

 

 私以上に悲しんでいるはずのカーラが、私を励ましてくれている。


 それなのに、私はずっと悲しんだままでいいのだろうか。 

 懸命に励ますカーラの姿を見て、己を恥じました。


 そして誓ったのです。

 この子に愛情を注ぐことを。


 私は悲しみを乗り越え、カーラと幸せな日々を送っていました。


 だがその幸せは、長く続かなかった。


 ある日、カーラは私の兄弟の孫達によって、この世を去りました。


 彼らは日常的にカーラをいじめていた。

 カーラが死んだその日、彼らは彼女を魔法の的にしたそうです。


 カーラは、いじめられていることを私に一切話さなかった。

 きっと「いじめられていることを話せば、おじいちゃんが悲しむ」そう思ったのでしょう。


 だから彼女が死ぬまで、私はいじめに気づくことができなかった。


 どれだけ悲しんだか分かりません。


 己の無力さ。

 愛する者を二度も失った悲しみ。

 そして兄弟の孫達、いや兄弟に対する恨み。


 それらの思いを胸に宿し、私は死ぬまで、誰にもこの屋敷に近寄らせないようにしました。



 気がついた時には、私は死んで幽霊になっていました。


 幽霊になって数年後、兄弟たちがこの屋敷を訪れました。

 誰も住んでいないこの屋敷を、自分たちのモノにするために。


 なので私は幽霊という特徴を活かし、彼らを屋敷から追い出しました。

 

 私の妻や娘夫婦、そしてカーラとの思い出がつまったこの屋敷だけは、彼らに指一本触れさせるつもりはなかったから。



 シュバルツさん。

 未練を残したり、悩みを抱えた者が死ねば、幽霊になると言われてますよね?


 私の悩みは、兄弟の子孫が未だに生き続けていることです。


 そしていつか悪霊となって、私は自分の悩みを解決するために……彼らの子孫を全員殺すでしょう。

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