第2話 クーデター

 魔王になると決心してから一週間。

 魔王軍によるクーデターが発生した。


「シュバルツ! 魔王カレン・クリッサが亡き今、残ったのはお前だけだ! おとなしく死ね!」


 クーデターによって魔王城が陥落し、カレンは幹部達によって殺された。


 そして現在、自分の書斎にて、俺はグラントが指揮するハイオークのエリート部隊に囲まれている。


 エリート部隊といっても魔法が使えれば簡単に殺すことができるが、今の俺は使


 時間稼ぎもここまでか。

 焦っている俺の顔を見て、ハイオークたちが笑い出す。


「魔王軍幹部とはいえ所詮人の子。魔法が使えなければただの雑魚だ!」

「「「そうだそうだ!」」」


 かなりまずい状況だ。


 今の魔王城は魔法障壁に囲まれている。


 障壁の中では、人間は魔法を使うことができない。


 この魔法障壁は人間、主に対勇者用に軍が開発した兵器だ。

 それを俺に向けるとは……想像以上に軍は本気のようだ。


 死霊術が使えれば、この状況を解決することはできる。

 だが死霊術が使えない今の俺は、ただの人間に過ぎない。


 エリート部隊との距離が徐々につまってくる。

 その時、書斎の扉が勢いよく開く。


 現れたのは、グラントだ。


「お前たち、いつまで時間をかけている! さっさとシュバルツを殺せ!」

「すいません、グラント様!」

「せっかく、シュバルツを殺す名誉をお前たちに与えてやろうと思ったのに。……仕方ない。おまえたちは下がっていろ。おれがシュバルツを殺す」

「「「「はっ!」」」」


 どこかグラントの顔が嬉しげだ。

 俺を殺せることが嬉しいのだろう。


「グラント。脳筋でバカだと思っていたけど、クーデターを決行する今日まで、隠しごとができる程度の知能があったとはな。ちょっと見直したよ」


 俺の挑発にグラントの顔が真っ赤になる。


「貴様舐めているのか? まぁいいだろう……俺はな、今は怒りよりも喜びの方が勝っている。なぜだと思うシュバルツ?」

「なぜだろうな……俺を殺せるからか?」

「ああ、そうだ! 生意気にも俺たちの作戦に反対し続けたお前を! 遂に俺の手で殺すことができる!」

「あのなグラント。バカなお前のために、わざわざ俺が、お前達が考えたお粗末な作戦を反対してあげたんだからな。恨むのはおかしいし、逆に感謝してほしい」

「よくもそんなことを!」


 更に顔が真っ赤に染まるグラント。

 完全にキレている。


 もう1回挑発したら、怒り出して俺を殺すだろう。

 もう少し時間を稼ぎたかったが、そろそろ潮時だな。

 は、ここまでか。


「グラント。これを俺の遺言として聞いておけ。お前は俺が魔法が使えないというハンデがなければ、俺を殺すことができなかった、ただのハイオークだ。何が魔王軍幹部だ。笑わせるな。笑わせるのは、お粗末な作戦を提案した時だけにしておけ」

「殺す!」


 グラントは部下から強引に剣を奪い、俺の首を切り落とす。


「最期まで鬱陶しいやつだったなシュバルツ! だがな、遂に、遂にこの手でシュバルツを殺したぞ! これで俺、いや、俺たちの新しい時代がはじまる!」

「「「「うおおおおおお!」」」」



 薄れゆく意識の中、最期に聞いたのは、そんな彼らの心からの叫びだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 同時刻。

 魔王城からかなり離れた森の中。


 俺は生きている。


 なぜ生きているかって?


 事前にクーデターを察知して、身代わりを用意したからだ。


 魔王になると決めた翌日。

 兵士たちが、どこかそわそわしていた。

 声をかけても慌てて逃げるし、はっきり言って怪しかった。


 軍が俺に黙って、何か計画を立てているかもしれない。

 そう思った俺は偵察用の幽霊を召喚し、軍内部を調べてもらった。


 すると出るわ出るわ、クーデターの計画が。

 

 侵攻作戦に反対し続けた俺や、俺を全面的に支持するカレンに対して、不満が溜まっていたのだろう。


 調べた時には、ほとんどの兵士がクーデターに参加する予定だった。



 調査を終えた俺は、クーデター決行数日前の深夜、カレンに報告した。


「呆れた。元々バカな奴らだと思っていたが、まさかここまでとはな。余のことを影でバカにしていたのだろう。ここは一度死んで、新たな人生を歩むとするか」

「クーデターがあると分かってて、わざわざ決行させるのか?」

「そうだ。バカどもを支えるのも疲れた……シュバルツ、転生魔法を余に仕込んでくれ」


 俺の転生魔法は、魔法を仕込まれた者が死ぬことで発動する。

 死んだ肉体から出てきた魂を、死霊術で魂がない別の肉体に定着させる。


 オリジナルの転生魔法とは性質が異なるが、こちらのほうが強力な魔法だと俺は思っている。


「……本当にいいんだな?」

「ああ、構わん。そうだな……人間の農民にでも転生するか」

「カレンだったら、賢者あたりが似合っていると思うけど」

「何を言っておる! 杖の代わりに、クワを握って農作物を育てたいのだ!」


 カレンは自然を愛している。

 無論、無益な殺生を好まない。


 だから俺の意見を支持してくれたし、暗黒大陸と魔王軍の未来を考えていた。


 でも、それを知っているのは俺だけだ。

 そのことを誰にも知られずに、魔王として殺されるのは正直悲しい。


「ところでシュバルツはどうする? 転生魔法で生まれ変わるのか?」

「分身魔法で分身体を作り、そいつに身代わりになってもらう予定だ」

「相変わらず無茶な魔法が使えるのだな。本当にネクロマンサーか、ますます怪しくなったぞ」

「何を言ってるんだカレン。俺はただのネクロマンサーだ」

「ただのネクロマンサーが、転生魔法や分身魔法を使えるわけがないだろ」


 やれやれといった表情だったカレンが、真剣な顔になる。


「シュバルツ。今日が最期の別れとは言わん。必ずまた会おう」

「……ああ、絶対にまた会おう。カレン」



 カレンに報告した後、俺は分身魔法で分身体を作り、誰にも見つかれないように魔王城から抜け出した。


 分身体は本体の俺と意識が繋がっているが、体を維持するために、常に一定の魔力を消費する。

 故に分身体は魔法を使うことができない。


 それとグラント達は勘違いしているが、俺には魔法障壁が通用しない。

 

 なぜなら魔法障壁の開発に、俺が携わっていたからだ。

 もしもの時を考え、俺に対して障壁が無効化するように設計している。

 それは分身体も例外ではない。


 グラント及び、魔王軍よ。

 俺の分身体を殺したことに気がつかないまま、一生喜んでほしい。



 そして森の中で、カレンと俺の分身体が死んだことを知ったのだ。

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