なんでもお悩み死霊術~元魔王軍幹部のネクロマンサーは、どんな悩みでも解決する、なんでも屋をはじめました~
もんざえもん
第1話 次の魔王
「なぜこの作戦に反対する、シュバルツ!」
暗黒大陸にある魔王城の会議室にて。
ここでは、魔王軍幹部による軍事会議が開かれていた。
会議の内容は「人間への侵攻作戦」を行うかどうかだ。
「お前は自分が人間だから、俺が計画したこの作戦に反対してるのだろ!」
「あのなグラント。仮に俺がお前のようなハイオークや亜人、さらに魔人だったとしても、俺は反対している」
「なにいいい!」
いつものように、俺はグラントが計画した侵攻作戦を反対していた。
もはや何回反対したか数えていない。
ここ数年、ほぼ週1でこのやり取りをしている気がする。
別に俺が人間だからという理由で、作戦を反対しているわけではない。
兵士に必要な武器防具の準備。
海を渡るための移動手段の確保。
携帯食料などの食料の調達。
侵攻後の町や村の統治などなど。
グラントが計画した作戦には、それらが全く考慮されていない。
相手を攻めることしか考えていない作戦など、賛成するつもりはない。
仮にこの作戦が成功しても、その先に明るい未来はない。
必ず抵抗勢力によって失敗する。
それでは侵攻するだけ無駄だ。
ちなみに、軍事会議には俺とグラントの他に、5人の幹部が参加している。
他の幹部地達はいつものように、俺達のやり取りを傍観している。
「グラント。ここで話しても平行線だし、魔王様に判断してもらおう」
侵攻作戦の最終判断は魔王が行う。
俺達は会議室か、魔王がいる玉座の間へと移動した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「魔王様。生意気にも、またシュバルツが侵攻作戦に反対しております。ですが今回の作戦は、俺が計画したどの作戦よりも優れていると自負しています。ぜひ作戦実行の許可を!」
グラントが玉座の間で座っている魔王様に、侵攻作戦の計画書を渡した。
「これがこたびの作戦か。どれどれ……」
魔王はグラントから渡された計画書を黙々と読みはじめる。
魔王カレン・クリッサ。
23という若さで暗黒大陸を統べる女王であり、亜人や魔人などの魔族の頂点に立つ魔王。さらに暗黒軍の総大将でもある。
頭には魔人の象徴である立派な角が左右に1本ずつ生えており、堂々としたその姿は魔王としての風格を思わせる。
といっても背丈は俺よりだいぶ小さく、時々少女に間違われるが、それは言わないほうが良いだろう。
魔王はグラントから渡された計画書を読み終えると、目を細めグラントを見つめる。
「グラントよ。1つ聞いてよいか?」
「はい。なんでしょうか?」
「この作戦は、お前とお前の部下が考えたのか?」
「は、はい! そうです!」
今まで強気な態度だったグラントが少し緊張している。
あいつ、まさか魔王の前で嘘ついたのか?
「所々にグラントが知りえない情報が書いておるが、これはなぜだ?」
「え、え~と……」
「察するに、シュバルツ以外の幹部達と考えたのであろう」
「……はい。そうです。すいません」
グラントが弱々しくなる。
嘘がバレて怒られているのだから、仕方がない。
俺以外の幹部たちも、どこか弱々しくなっている。
「嘘をついたのは問題だが、余からすれば些細なことだ。それから、他の幹部と共同で作戦を考えたのはダメではない。むしろいいことだ。だがな……この作戦を計画する時に、なぜシュバルツを含めなかった?」
細めていた魔王の目が、ぱっと開く。
その眼光は怒りに満ちている。
「そ、それは……シュバルツはネクロマンサーなので、幽霊馬車や幽霊船などの移動手段だけ、用意すればいいかと思いまして……」
「バカ者! ネクロマンサーをただの便利屋でも思っているのか! お前はネクロマンサーを、いや、シュバルツを舐めているだろ!」
「申し訳ございません!」
魔王の逆鱗に触れたグラントは綺麗に土下座をする。
筋肉自慢の巨漢のハイオークの男が、情けない姿を幹部たちの前に晒している。
俺以外の幹部達はグラントに同情のまなざしを送っている。
まぁ、俺はネクロマンサーのことをバカにしたグラントを同情するつもりはないが。
ネクロマンサーは死霊術でアンデットを召喚したり、幽霊を呼びだしたり、死んだ者の魂を使って自分を強化することができる。
更に幽霊馬車や幽霊船などの移動手段を用意することもできる。
故に魔王軍の中には「ネクロマンサーは便利屋」と思っている者は少なくない。
「この際、お前たちにハッキリ言おう」
座っていた魔王様が立ち上がり、俺達を見渡す。
「シュバルツは人間だが、余も認める死霊術と、圧倒的な魔力で、17という若さで魔王軍幹部になったネクロマンサーだ。この男が幹部になって早6年。我々魔王軍の軍備は着実に拡張し、暗黒大陸の食糧問題も解決し、人口増加につながっている」
魔王の言葉に心の中で感動する。
なんだかんだで、ちゃんと俺のことを評価しているんだな、あいつ。
「そのシュバルツが反対している理由をなぜお前たちは分かろうとしない! お前たちの頭の中には、侵攻以外の文字はないのか!」
俺以外の幹部たちがビクッとした。
魔王に、ここまで怒られたことがないのだろう。
「シュバルツ以外は、今すぐこの玉座の間から出ていけ!」
俺以外の幹部たちが玉座の間から退出していく。
グラントが去り際に俺を睨んできたが、お返しに満面の笑みで手を振った。
「ハァ~」
他の幹部が玉座の間から出たのを確認すると、魔王はため息をつき椅子に座る。
魔王はオンとオフを切り替える。
今からオフモードだろう。
「あのバカどもは、いつになったら賢くなるのだ」
「……それは無理じゃない?」
「無理だな……だがら余は諦めて、腹いせにシュバルツに仕事を押し付けている」
「お前が諦めるな。それから自分の仕事を俺に押し付けるな」
「仕方ないだろ。部下に仕事を任せて、余は自由な時間を過ごしたいのだ」
「その自由な時間を過ごすために、どこぞの部下の仕事が増えているんだが」
「細かいことは気にするな!」
高笑いするカレン。
オンの時は、威厳のあるザ・魔王。
オフの時は、俺の幼馴染のカレン、という感じだ。
カレンとはもう23年間、一緒にいる。
23年前、暗黒大陸の浜辺に打ち上がっていた赤ん坊の俺を先代の魔王、つまりカレンの親父さんが拾ってくれた。
同時期にカレンが生まれたため、親父さんは俺とカレンを分け隔てなく大事に育ててくれた。
どちらかといえば俺とカレンは兄妹みたいな感じだが、カレン曰く「兄妹は絶対に嫌だ。幼馴染の方が良い!」らしい。
そんな幼馴染に、最近はよく仕事を押し付けられている。
「次のボーナス……期待してるからな」
「分かっておる。シュバルツのおかげで最近は景気が良いからな。期待しておくれ」
本当に調子のいい奴だ。
景気を良くするように、俺に指示したくせに。
「ところでシュバルツ。あの話は考えてくれたか?」
「……次の魔王……か」
10年前、この世を去った親父さんの代わりに、カレンは代理で魔王になった。
今の彼女は正式な魔王ではない。
だから次の魔王を誰にするのか、彼女が正式な魔王になるのか、それとも違う人を魔王にするのか、そろそろ決めなくてはならない。
数年前から「次の魔王にならないか」と打診されることが多くなった。
最初は遠慮していたが、この打診が本気だということは理解しているつもりだ。
カレンに仕事を押し付けられているのは、これが理由だろう。
覚悟を決める時だな。
「カレンの親父さんや、カレンみたいな立派な魔王になれるかは分からない。だけど……なってみるよ。魔王に」
「よくぞ言ったシュバルツ!」
椅子から立ち上がり、勢いよく俺に抱きつくカレン。
嬉しいことがあれば、いつだってカレンは俺に抱きついてくる。
「今宵は沢山飲むぞ!」
「ああ。今日は沢山飲むぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻。
とある部屋にて。
シュバルツと魔王のやり取りを2人の幹部が盗聴魔法で聞いていた。
「……やはりそうか。魔王様、いやカレン・クリッサは、シュバルツを次の魔王にするつもりだった。だから俺達の作戦に反対していた!」
「そのようだね、グラント」
「ロキ。アレを決行するぞ」
「分かった。他の幹部達も了承済みさ」
ロキと言ったヴァンパイアの男は部屋から姿を消した。
「シュバルツ。覚悟しておけ!」
廊下まで響くような、大きな声で笑うグラント。
――クーデター発生まで、残り1週間。
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