第四百八十六話 光 

 ルクルァシアの触手が縄のように編まれていき、その先端から高エネルギー反応が検知された。複数の触手を組み上げ、そこで収束させて放たれるのだろう魔導レーザーは、先程の物よりも出力が高く、威力もかなり上昇しているのだろうけれど、それを見て感情を揺らすものは誰ひとりと居なかった。


「ん! レーザー来るね! アイギス発動するよ!」

「着弾予測地点計算完了っと。腹部を中心に厚く張るぞ」


 冷静な声でアイギスの局所展開をするフィオラとラムレット。アイギスが展開されると同時に触手が妖しげに光り――一瞬の間もなく腹部の辺りへと着弾した。けれど、本体はもちろんアイギスへのダメージだって軽微なものだった。


 機体スペックと、背部ユニットからなみなみと注がれている輝力のおかげなのだろうな。動きも見える、攻撃も痛くない。今の私達にとって――


 ――目の前の巨体は最早脅威じゃあない。


「こんどはあたいの番だ! シャイィイイイン……ブラスタァアアアア!」


 機体の掌を前に突き出し、片方の手でその腕を掴む。突き出された掌からは先程放たれた魔導レーザーを上回る出力の光子レーザーが放たれ、ルクルァシアの半身に穴を開ける。


 これは流石のルクルァシアも痛かったようで、大きく身を捩り、呪いの言葉を撒き散らす。


【GrrrhhaaaaaaaaAAA!!! GrhhhaF Yaghshiiiiiaazaoo00oaaa!!!】


「また大きくなっているでござる。ミシェル、私が距離を詰めるので連携を頼みます」

「ええ、任せて頂戴」


「ゆくでござる! 輝力忍術! 光鳥蹴波撃ぃいいい!」


 背部ユニットが大きく煌めき、機体がさらに眩く輝くと、身体がぐるりと半回転。そのまま両腕を広げ、足からルクルァシアに向かって飛翔した。言ってしまえばドロップキックのような技なんだけど、光の残像が翼のようにゆらめいて、まるで光の鳥が滑空しているかのように見える……んじゃないかな。


 その足は、ルクルァシアの身体を貫くことこそなかったが、先ほどの攻撃でぱっくりと開いた傷口に突き刺さる。そのまま多量の輝力がその身体に流れ込んでいき、じわりじわりとルクルァシアの身体を癒やしていく……。


 通常、癒やしの効果はありがたいものだろうけど、ルクルァシアにとって輝力は毒にしかならないんだよね。プラス効果がマイナスに反転し、じわりじわりとその身体を白く侵食していく。


 続いて――


「この距離なら十全ですわ! いきますわよ! 光華繚乱! 絢爛の舞ぃいいいいいい!!」


 機体全体に纏った輝力のあちらこちらが光の刀に変わり、両の手のそれと共にキラリキラリと煌めきながら、まるで舞うかの様にルクルァシアの身体に一刀、また一刀と傷をつけていく。


 密着に近いその位置で、数百数千の斬撃が瞬く間に放たれれば、自壊とこれまでの攻撃で脆くなったその身体はひとたまりもない。


【UhgGaahhaaaaaaaDhaaaaaagooオノレオノレオノレ!!KonhoNochhhhチイイカラハ……ワタサンゾオオオオ!!!】


 呪いの言葉とともに傷口は修復され、それと合わせて多数の触手が振り払おうと飛び込んでくるけれど、斬撃の手は未だ止まらない。修復される以上の速度で身体を斬り刻み、触手が到達した瞬間に無に帰していく。


 そして――


「レニー! 見えたぞ! 黒龍のコアだ!」

「はい! カイザーさん! 今度こそ、掴んで見せます!」


「くれぐれも壊さないようにしてくださいね」

「わかってるよ、お姉ちゃん!」


「私が斬撃を止めたその一瞬が勝負ですわよ! 繋いで下さい! 今です! レニィイイイイイイ!」

「うおおおおおお!!! いくぞ! シャイィイイイン!! ナッッコォオオオオオオオ!」


 壊すな、確かにそう言ったよね? けれど……レニーが選んだ攻撃はシャインナックル。そう、ただひたすらに強いパンチだった。普段の私達だったらば、その行動に驚いてレニーを止めたかも知れない。だって、壊すなと言っているのに、コアにパンチを叩き込もうとしているのだから。


 けれど……今、私達は一つに繋がっているんだ。一見するとチグハグなその行動の意味が、どのような結果に繋がるのかをのかを理解できている。


 だからこそ、信じて待てる。だからこそ、安心できるんだ。

 

「いっけええええええ! レニィイイイイイイイイ!」」

「うおおおおおおおおおおお!!! 突き抜けろおおおおおおおお!!!」


 突き出された右手がルクルァシアの身体に突き刺さる。体表に到達してもその拳は止まらず、体内に到達する。それでもなお、止まらない。


「ブースタァアアアアアアア!!! 全出力だあぁああああああ!!!」


 背部ユニットが一際大きく煌めき、機体速度が上昇する。そして――


「うおおおおおお!! とったぁあああああああああ! 掴んだぞおおお! このまま! 抜けるううううう!!」


 レニーの拳が黒龍の魔石に到達し、そのままそれを両の手で包み込んだ。


「アイギス展開するよ!」

「ああ、大切な荷物を壊すわけにはいかないからね」


「ありがとう! 助かるよ!」


 機体前方にアイギスが展開され、そのままルクルァシアの体内をえぐりながら進んでいく。護りの光に包まれた私達は、さらに速度を上げながらその体内を突き進む。


 最早、地球と等しい程に巨大化したその巨体の中を光の矢となり突き進む。


 無理な強化で脆くなっている上、先程からの攻撃で体内にかなりの輝力が注ぎ込まれている。その上、輝力を纏ったこの機体はルクルァシアの身体にとって身を焼き溶かす猛毒の鏃のようなものだ。


 輝力の侵食で回復速度が大幅に落ちている今、私達を止められるはずがない。


「「「「「「抜けたあああああああぁぁぁ!!」」」」」」


 両の手に有るのははちきれんばかりに膨れた黒龍の魔石。ゆっくりとこちらを振り向いたルクルァシアは忌々しげにそれを見つめていたけれど……――


「GrrrrrhhhaaaaaAAAAAAAAA!!力ガ力ガ……アアア…アア…抜ケル抜ケテイク……AAAAAWOOOOOOOOO......KaaaaaizaaAAaaaaa......キサマキサマァアアアAAaaaaghaaa!! wareaaaaaaAAaaaahaaaAaaa!!!」


 ルクルァシアの頭部……いや、頭部に見えていた黒龍の頭がボロボロと崩壊し、塵となって消えていく。魔石を抜いたことによってグランシールの残滓がルクルァシアの支配から解き放たれ、その姿を維持できなくなったようだ。


 どうやらまだ動けるみたいだけれども、長くは持たないだろう。


 さて、この魔石をどうしようか、ほいっと置いといたら、またアイツに拾われかねないよねえ……そんな事になったら目も当てられない……そうだ、一度ストレージに入れてしまおうか、なんて考えていると、私にとってはそれなりに聞き慣れた、皆にとっては初めて聞くであろう声が機内に響き渡った。


『カイザー、ブレイブシャインの皆さん。ありがとう。本当にありがとう……それはこちらで預かります』

「そのうち来るかと思ったけど、いやに早かったね」


『その子を一刻も早く癒やしてあげたかったんだ……お礼やお詫びなら後から幾らでもするよ。だから、頼むよ、カイザー、どうかその子をこちらに』


「カイザーさん……この声って……?」

「一体誰なんだ?」


「端的に言えば神様っぽい何かだね」

『っぽいなにかって……まあ、そういうものです』


「神様ですの!? なっ!?」

「本人自ら神託でござるか」


「神託っていうか、なんっていうか……」

「あわわわわ」


『っと、邪魔をしてすまなかったね。ああ、ありがとう。この子は私が責任を持って連れて帰るよ。さあ、カイザー、みんな。あっちの子も還してあげて。

 あの子はもう限界を迎えようとしている。でも、そのまま消滅させてしまってはいけないんだ。最後は、きちんと君達の手で――』


「そうだね……うん、じゃあ神様。私達はいくよ。後でたーっぷりとお話を聞かせて貰うから待っててね?」

『ああ、覚悟しておくよ。では、君達に神の加護があらんことを。なんちゃって』


 ……おいおい、ここは一番盛り上げないといけないところだろう? 症も無い言葉で腰を折っちゃって、まったくなんて事をしてくれるんだ。もう、酷い神だな、ほんと!


 気を取り直して――


「今こそ最後の一撃を、必殺剣を放つ時だ! ゆくぞ皆! 私達の物語を終わらせる最高の一撃を見せてやろう!」


「「「「「はい!」」」」」


 皆の意識が一つにまとまり、六人の輝力が光の奔流となって背部ユニットに向かって行く。ユニットは激しい光を放ち、闇に覆われた蒼き惑星に神々しい光が差し込んでいく。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 背部ユニットが排出され、巨大な剣の柄の様な形に変形して機体の前に現れる。


 それを両の手でしっかりと握り、頭上に掲げると、どこまでも伸びているとも思えるほど長く巨大な光の柱が柄から伸び上がる。光の柱は月を越え、遠くへ、遠くへと伸び続けていく。そして、やがて光は剣の形を取り、が完了したことを告げる。


「「「「「「いっっけええええええ!!!輝神剣シヤインゴツドブレイドォオオオオオオオオ!!!」」」」」


 パイロット達と機体達、地上で見守る仲間達――その全ての思いを乗せた光の剣がルクルァシアに降り注ぐ。

 

 最早斬撃ではなく、その身を包み込む光の波動とも言えるそれに包まれたルクルァシアは、その身を浄化されていき、みるまに身体を縮小させていく。


「「「「「はあああああああああああ!!!!!!!」」」」」


「Grhaaaaaaaaa……aaaAaaAaa……ニクイニクイニクイ……ニク……ニクイノニ……アタタカナ……光ガ……アア……ソウカ……我ノ……役目ハ……本来ノ役目ガ……コレデ……カイ……ザ……ヨク……ヤ……」


 光の奔流に飲まれたルクルァシアはどこか満足げなセリフを残し、ひとかけらも残さずに消滅した。


 ……瞬間、ルクルァシアの記憶の一部が私の中に飛び込んできた。そうか、そうだったんだね、ルクルァシア。


 ……思えばルクルァシアも不憫な存在だ。元はと言えば神の気まぐれにより、私と戦うだけのためにこの世界に転生させられたんだから。それでも、ルクルァシアにはカイザーを迎え撃つ最大の敵としての矜持があった。どういうわけか、再びカイザーと戦う機会が出来た。どうやら自分はその役割を果たすためだけに蘇らせられたらしい。ああ、それも良いだろう。奴と、カイザーと再び戦えると言うのであれば、こちらも持ちうる最大の力を持って迎え撃ってやろうと、その日を待ちわびた。


 しかし、召喚されたルクルァシアには私と満足に戦える力は残っていなかった。それはいずれ、時を見て神が与える手はずだった……らしいのだけれども、そんな事を知らないルクルァシアはこのままではつまらぬと、役目を果たせぬと力を求め、外に抜け出してしまった。


 そこで見つけた黒龍という力。これならばと、喜び勇んで取込んで。後は長い長い時間をかけてその力と変えるはずだった。


 しかし、黒龍が抱え込む心の闇は、人間に対する憎しみは深く重くてルクルァシアが飲み込みきれるものでは無かった。結果として、ルクルァシアはその憎しみに囚われ、意識や舞台装置として行動する本能は残ってはいたけれど、その行動原理の殆どを黒龍に引っ張られていて、本来ルクルァシアが想定していた物よりも大げさな物になっていってしまったと……。


 ルクルァシアが最後に残した「本来の役目」それは物語の幕引き。紆余曲折在ったというか、ありすぎたけれど、君は十分にその役目を果たせたよ。


 ごめんね、ルクルァシア。そしてありがとう。これでの物語は無事に完結を迎えることが出来るよ。


 私達の……俺達の戦いは……終わったんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る