第四百八十三話 咆哮

 迫る触手を四の剣で斬り払い、降り注ぐ岩塊を五の刃で返し。覗く瞳を両の刀で斬り裂く。

 

 魔力充填中だからといって、懐に入れたからといって。ルクルァシアの攻撃が止まるということは無かった。無防備なルクルァシアを斬り刻んでいられたのは最初だけ。直ぐに奴は俺達の攻撃に順応し、嫌らしい反撃を開始した。


 その巨体のあちらこちらからランダムに生成される触手からは、様々な攻撃が嫌がらせのように放たれる。中でも奴が精製する岩塊は重く鋭くて、少々掠っただけでも局部フィールドを揺らがす程の威力を持っている。それが、近距離から放たれるものだから、魔力レーザーによる範囲攻撃が止まっているとは言え、中々厳しい状況であることには変わりは無い。


「これは……中々に……きついね!」

「キリンの訓練を思い出す辛さだ……な!」


 レニーとマシューが辛そうな声を出す。


 短期決着。それしかないと踏み、無茶を承知で飛び込んだのが功を奏してルクルァシアを構成する下部、約12m程の範囲に渡る触手群を塵に変えることに成功し、今も尚、ゆっくりではあるが、じわりじわりと奴の触手を削り続けている。


 しかし、パイロット達への負担もかなりのものだ。百華繚乱で使用している輝力は、その半分以上を輝力炉から賄っては居るが、当然パイロットからの供給もゼロではない。


 強力な技は対価がデカい。普段以上に多く吸われ続けている輝力、そして一瞬の油断が命取りとなるギリギリの戦いは、肉体的にも精神的にも多大な負担を強いているのだ。


「でも……キリンの訓練はこんなもんじゃないよね、お姉ちゃん」

「うう……こんな所であの訓練のありがたみを理解するのは嫌だな」


 ……もっともこんな時でも呑気な会話をしているのだから、ほんとこの子達には敵わない。


 手を休ませること無く、ルクルァシアの身をなます切りにする俺達。一見すると適当に目につく物を斬り刻んで居るだけにも見えるが、実はそうでは無い。俺達は奴の身体の中心部に存在するを狙って道を切り拓いているのである。


 スミレ達の解析により、奴の中心に強大な魔力を発する器官が存在することが確認された。それこそが現在の奴をその姿に繋ぎ止めている要石である巨大な魔石だ。


 ここでおさらいだが、ルクルァシアは俺や僚機達と同じく別世界の存在、もっと正確に言えば別世界である日本に住む人間たちが創作した物語の中から喚び出された存在だ。


 その物語というのは言わずもがな『真・勇者 シャインカイザー』だ。この作品は所謂ロボットアニメと呼ばれるものであり、ジャンル分けするならば『SF・ロボット作品』に分類されることだろう。


 そう、SF、サイエンスフィクションなのだ。いくら邪神と呼ばれる存在であっても、登場作品がSFである以上、その身を構成するルールはあくまでも実在する、もしくは実在していてもおかしくは無さそうな物に縛られることになる。


 ルクルァシアは『不定形のわけがわからない未知の存在』として解説されてはいたが、その体内に魔力を発生させる器官と言う物は存在していない。つまり、奴は本来魔石を持たないのだ。魔力やら魔石やらはファンタジー世界の管轄だ。サイエンスでフィクションな世界の住人には本来あり得ない存在なのである。


 その事から、現在奴の体内に存在し、奴の心臓部として稼働している魔石は、吸収した黒龍から奪ったものだと推測される。


 そう、黒龍グランシールを甘い言葉で籠絡し、我が身の糧として取り込んだ際に得たものなのだ。取り込む際にかなりの無理をしたらしく、ある程度成長するまで自我が薄くなっていたらしいのは我々にとって幸運だったが、こうして成長した今、奴は本来の知能と力を取り戻し、黒龍の魔力を合わせてさらなる強敵となっている……というわけだ。


 確かに奴は強大な力を手に入れて生まれ変わったのかも知れない。しかし、それも全て魔石の恩恵による物だ。魔石という、新たなエネルギー源を手に入れたからこそ、あの巨体を維持出来ていると言えよう。


 その魔石を取り払ってしまえば、どうなるのだろうか? 元の姿に戻る? いいや、それではすまないだろう。今やルクルァシアと言う存在は、完全にあの魔石に依存する形でその姿を保っているのだ。


 強大なエネルギー源と、その受け口を同時に失ったルクルァシアは我が身を維持することが叶わなくなり、自壊してしまうだろうと推測されている。

 

 つまり、我々の勝利条件はルクルァシアの体内から黒龍の魔石をことだ。


 開幕からラッシュをかけているのは、奴にその事を悟られる前にケリを付けてしまえと考えたからだ。


 現在、残存輝力値は安全圏をやや超え、アラートが点灯し始めている。しかし、厳しいのはこちらだけではない。きっとルクルァシアの身体もアラートを鳴らしていることだろう。


「もう少しです、みんな! 頑張って下さい!」

「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」


 機体から放たれる斬撃が速度を上げる。

 魔石まであと僅か。


 まるで巨山を掘削している重機のように、ルクルァシアの巨体を斬り刻んでいく。


『GhhoAaaaAaaaアアアア!!! ヤメロヤメロ! ヤメロオオオオ!!!』


 ルクルァシアが焦る声が機内に響く。

 キン、と、誰かが薄皮一枚斬った所で紫色の光が漏れ出してくる。


「見えたぞ、みんな! 黒龍の魔石だ!」

「このまま周囲を掘削し取り出して下さい。何が起きるかわからないので、なるべく魔石は傷つけないように」


「GhrRrrrauaaaaaAAアアアアアア!!!」


 紫色の光が徐々に徐々に強くなり、魔石が露出していく。我々の勝利は目前だ――そう確信した時であった。


「RrrrrrrrrraaaaAAAAaaaaaAAAAA!!!! ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!!! GhaaaaarrRrrrrrrrr!!! GhaaarrRrrrrr!!!ユルサヌユルサヌユルサヌ!!!GhaAaaAAAAAA!!!」


 ルクルァシアの咆哮が機内に響き、強烈な負の感情が辺りを埋め尽くす。あまりにも凄まじいその感情エネルギーはパイロット達の心を揺さぶって――


 ――コントロール停止……攻撃の手が止まってしまった。


「ああ……あ……ああ……」

「ひいい……あああ……」

「うわあああああああ……」

「ひっぐ……うう……」   


 パイロット達は青ざめた顔で身体を震わせている。パイロット達の怯えがシステムを通じて俺にも流れ込む。暗く、寂しく、悲しく、恐ろしく。心の底までが凍えてしまうような恐怖の感情。そんな物を6人分受け取ってしまったためか、流石の俺も一瞬思考が止まってしまった。


 黒く、深く、果てしない闇。そんなものの中に、ドロドロとした先が見えない泥濘の中に身体がズブリズブリと沈み込んでいく感覚、中に潜む何者か達に身体を弄られ、奪われていくような感覚……ああ、これは……だめ……だ……――


 


「だめ! カイザー! みんな! しっかりしなさい! 直ぐにその場を離れて!」


――凛とした声が闇を打ち払った。払われた闇の向こう側には、今まさに止めをささんとしているルクルァシアの姿……この反応は、まずいぞ!


「なっ!? くっ! レニー! マシュー! おい、しっかりしろ!」

「えっ……ああ……?」


「ミシェルゥ! シグレェ! 俺の声を聞け! フィオラ! ラムレットォ!」

「ああ……ああ! か、カイザー……さん?」

「あたいは……うう……ああ……」

「ううう……カイザ……殿……」


「説明は後だ! シグレ! 精密駆動モード解除! 速やかにサブウィングを展開! ブースト全開だ! 下がれえええええええええ!!!!」

「あ……ああ! りょ、了解でござる! フェニックスゥウウウ!」


 ルクルァシアに向いていた身を翻し、ブーストを点火した瞬間、コアを中心として多大なエネルギーが放出されるのが観測された。


「黒龍コアの魔力値急速に上昇中……いえ、それだけではありません! カイザー!」

「くっ! 出力全開! 残りの輝力を全部回して飛べええええええ!!!」 


 足元に見える惑星から、それに重なるように浮いているルクルァシアから離れるべく、残存輝力を全てブースターに回して全速力で離脱する。


 しかし、その速度に劣らず、ルクルァシアの身体が見る間に膨れ上がっていく。その質量は既に計り知れない……それはそれまで見えていた地上の惑星を覆い、こちらからはその姿が見られなくなるほどだ。


『こちらアズベルト! カイザー、一体何がどうなっているんだ? 君達は無事なのか?空が……闇に覆われて……カイザー……カイザー!』

『ナルスレインだ! 何が起きている? カイザー! お前達は無事なのか!? まだ戦っているのか! カイザー!』

『レニーちゃん? 大丈夫なの? レニーちゃん! フィオラちゃん!』


 地上から次々に届く通信。どうやらルクルァシアが日光を遮り日蝕の様な現象が起きているらしいな……。


 流石に今回ばかりは余裕が無い。それぞれに『無事である』と返すのがやっとだ……。まさかここに来てこんな隠し玉を出してくるなんてな。


「カイザー、輝力タンクの残存輝力値……10%を切りました……これより暫くの間はパイロット達の輝力頼りになります……」


 こうなることは分かっていた……理解した上で用意はしてあった。しかし、想定外の事が起きてしまった。これは……不味い……不味いぞ……。


「はぁ……はぁ……か、カイザーさん……一体何が? 寒くて悲しくて悔しくて辛くて……何だか、そんな感情でぐちゃぐちゃになって……」

「あれが……ルクルァシアの精神攻撃……なんですのね……?」


「ああ、ルクルァシアが負の感情を魔力に乗せて爆発させたんだ……」

「どうり……で……しんどいわけだよ……はぁ……」 

 

 パイロット達も残存輝力は兎も角、精神攻撃による余波で普段以上に心身ともに疲労していて、これ以上無理をかけるのはまずい……。


 となれば、輝力が戻ったとしても再度の百華繚乱発動は不可能……何より、ルクルァシアは回復をした上でその身体を何十倍にも巨大化させている……あれではもう……。


 ああ、正直に言おう、手詰まりだ。予定では太陽光にて輝力の充填をしていたポーラよりその供給が始まり、一気に勝負をつけるはずだったのだが……ルクルァシアが自ら吐き出した負の感情をエネルギーに変えるなど全くの想定外。


 これはそこまで予想出来ていなかった俺の責任だ……。


 機内の空気は重く沈み込んでいる……が、パイロット達の目にはまだ闘志が残っている。まったく俺には勿体無い立派な子達だ。出来るならばこの子達と共に勝利のポーズを決めたかったのだが……どうシミュレーションをしてもここから逆転するのは難しい……いや、不可能だよ……。


 出来れば言いたくなかった、けれど現実をキチンと見つめ、言わなくてはならない……このセリフは俺が言わなくてはならないんだ。


「すまん、皆……俺の作戦ミスだ……。奴の力を侮っていた。言いたくはないが、このまま行くと俺達は――」


 ――敗北する、その言葉が俺の口から放たれようとした瞬間、それは遮られる事となった。重く沈みかけていた俺の気力が浮上する思わぬ援軍が到着したのである。


『こんな事もあろうかとー! なの!』

『なんとか間に合ったのー!』


「カイザー、当機に向け2機のエネルギー反応……グランシャイナーとポーラです」


「何…!? ポーラは……兎も角、グランシャイナー……だと?」


 城までは護衛としてつけてはいたが、あの船は地上に置いてきたはずだ。今頃同盟軍と合流して何かしらの作業をしているのだろうと思っていたのだが。


 ……一体何がどうなっているのだ?


『わたしとキリンが居れば不可能は無いの!』

『わたし達ががんばった成果を見せる時が来たの!』

『万が一のための保険というやつだよ、カイザー』


 何を言っているか解らない、というか、理解が全く追いついていないのだが……この状況を打開してくれるのならば、なんでもいい。ああ、なんでもいいさ! 一度諦めかけた勝利の道を照らしてくれるなら大歓迎!


「よし! この際お前達が何をやらかそうとも歓迎してやる! フィアールカ! キリン! 良くわからんが頼むぞ!」


『『まかされたの!』』

『後悔しないでくれよ ふふ……いや、後悔させるもんか。私はいつだって君を喜ばせるために居るのだからね』


 彼女達が何を成そうとこの場に現れたのかはわからない。しかし、この状況での援軍は何より心強く、消えかけていた俺達の未来は再び明るく光り始めた。


 宇宙まで駆けつけてくれた援軍達の力……ともに勝利へと向かう光は何より嬉しかった。

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