第四百八十話 邪神覚醒

 眼下に聳えるシュヴァルツヴァルト城……いや、ルクルァシアを見下ろしながら滞空する。


 濃い紫色をした濃密な霧に覆われたその巨体は禍々しくも壮観であり、差し詰め魔王城と行った所だろうか。その様子にどうしても興奮してしまうのはオタク気質な俺の魂に拠る所なのでどうか許してもらいたい。


「遠目には不気味なただの城にしか見えませんでしたが……近づくとなんと言いますか、圧が凄いですわね……」


「ミシェルも感じるか。あたいもヤバイわ。強い魔獣と対峙してる時のような……よくわかんねーけどさ、ヤベー奴が居るな! って時のアレがすげー来てるんだよな」


 パイロット達が苦笑いをしながらモニタ越しに城を見つめている。


 この身体になってから、そういった『肌で感じるピリピリとしたプレッシャー』というものや『ゾッとして鳥肌が立つ』と言う感覚とは無縁になってしまったが(たまに錯覚することはあるけれど)データとして『こいつはやばい』というのは、アラートとして現れるために一応は体感することが出来る。


 これはまた人間とは違う感覚なので上手く伝えにくいのだが……ああ、あれだな。緊急地震速報等の緊急速報メール、けたたましく鳴り響くアレが体内を駆け巡るような感覚と言えばわかるだろうか。


 そんな感覚が今まさに俺の体内を駆け巡っているわけだが……テレビの中にいるそれとは違い、目の前でじっと佇む実物それは正しく畏怖の象徴として相応しいオーラを放っていて、こうしてまだ城の状態を保っているそれを見下ろしているだけでアラートはどんどん強くなっていく。


 その殻を脱ぎ捨てて、その正体を表したらどれだけの威圧を受けることだろうか。想像したくはないが……今からその中身と対面しなければいけないんだよな……よし、気合いを入れ直そう。奴は負の感情を好むのだ。この俺が怯えてしまってどうする。どっしり構えてやろうじゃないか。


「いいか、みんな。今から俺が奴の正体を暴き出す。城のフリをやめて本性を現したルクルァシアからは、現在とは比べ物にならん威圧を受けることとなるだろうが、どうか心をしっかり保ち、奴に飲み込まれないよう……どうか食いしばって耐えてくれ」


「ふふ……大丈夫ですよ、カイザーさん。今までさんざん予習してきたじゃないですか」

「そうだよルゥ! そりゃあ、お話の中のルクルァシアと実物は違うと思うけど……私には皆が、お姉ちゃんたちやルゥ達がついてるんだ。ひとりぼっちのルクルァシアなんかに負けないよ!」


 頼もしい子達だ。そうだな、俺にもまた、この子達が、僚機達が、心強い仲間達がついているんだ。ひとりだけじゃ無い、皆の力を合わせれば絶対に切り抜けられるんだ!


「スミレ、全チャンネルオープン。及び、外部スピーカーも最大出力で頼む」

「了解。全チャンネルオープン。外部スピーカー展開……完了。何時でもどうぞ」


 ルクルァシアをこちらの土俵に誘い込むにはどうすれば良いのだろうか? 答えは簡単で、舌戦で煽りに煽り抜いて怒らせてしまえば良いのである。


  奴の説明は設定資料集でも『異界から現れし邪神の様な存在』と言う具合で、詳細な解説はされていなかった。設定を考えるのが面倒だったのか、続編を作りそこで語る予定があったのか今となっては分からないが、どちらにせよ奴の詳しい情報はアニメで得られた物以上に俺は持っていない。


 しかし、アニメ作中で現れたルクルァシアは、その見た目と裏腹に実によく喋る奴で、竜也達の言葉に腹を立てるシーンもあって――何だか邪神のくせに小物感パネェ――等と掲示板で小馬鹿にされていたのを覚えて居る。


 そう、奴にはこちらの言葉が届くのだ。ならば俺も竜也に習ってルクルァシアを煽り、上手く作戦ポイントまで誘導してやろうというのがこの作戦だ。


 以上の理由から通信チャンネルを全部開け、更に外部スピーカーを展開して中からも外からもできる限りの範囲に言葉が届くようにしたのだが……当然、俺から通信機を貰っている者たち、全員の元に同じ言葉が届くことを意味する。


 ……あんまり恥ずかしいことを言うと後から弄られてしまうだろうな……。


 まあいいさ、俺の一世一代の名乗り口上、とくと御覧じろ!


『ブレイブシャイン及び、連合軍総司令官のカイザーだ。いや……黒森重工防衛隊所属、炎来竜也の搭乗機体、カイザーと言ったほうがお前には覚えが良いか?

 カイザーという名を知るお前だというのであれば、久しぶりだなと言っておこうか、ルクルァシアよ。何の因果か俺達は世界を超えてしまったが、こちらの世界でもどうやら相容れない関係のようだな。さあ、城に籠もらず、姿を現せルクルァシア! 塵も残さず葬り去ってやろう!』


 我ながらあまりスマートなセリフとは思えなかったが……毎度の事ながら気の利いたスピーチはほんと苦手なんだ! どうかそこは勘弁してほしい!


 もしも俺が生身であれば、恥ずかしさで全身真っ赤に染まっていたであろう渾身のスピーチ。このやけっぱちな名乗り向上は果たして奴に届いたのだろうか?


 ……いや、どうやら届いたようだ。

 間もなくして、帝都周辺に大きな揺れが観測された。


「地震……いえ、シュヴァルツヴァルツ城、隆起! どうやら貴方のラブコールはルクルァシアのハートに届いたようですね」


「妙な言い方をするのは辞めろ! ブレイブシャイン一同! ルクルァシアが姿を現すぞ! 魔力波動に備えろ! 心を強く持て! 飲み込まれるなよ!」


「「「「了解!」」」」


「フィアールカ! 君は次の作戦に備えて移動を開始してくれ!」

『了解なの! カイザー、がんばってねなの!』

「ああ!」


 低く重い音と、盛大な砂煙を立てながら、シュヴァルツヴァルツ城だったものは隆起を続け、外郭として纏っていた石材等がボロボロとこぼれ落ちていく。


 元々40m程の高さを持っていたシュヴァルツヴァルト城よりもさらに高く伸びるその身体は今もなお隆起を続けている。


「い、いったいどんだけでけーんだよ!」

「まるで山みたいだね……」


 全長60mを少し過ぎた頃、隆起が止まり魔力霧が晴れ……いや、城であったもの、ルクルァシアが体内に取り込んでいるようだ。


 ――そして、霧の中から禍々しくも荘厳な畏怖の象徴、邪神ルクルァシアが姿を現す。


『Ghrfaaaa......ア…‥アア……オボエテイル……オボエテイルゾ……忌々シキ白銀ノ光……』


 その姿は触手と龍が混ざり合った超巨大な何かよくわからないもの……と言った風貌ではあったが、そのセリフからかつてカイザーと戦ったルクルァシアと同じ存在である事は間違いない。


『グウ……何故……我ガコノ地ニ堕サレタノカハワカラヌ……ガ、コノ身ニ宿ル憎シミが……コノ地ヲ焼ケト我ニ云ウ。ソシテ、白銀ノ光……貴様ラヲ……今度コソ深淵ニ堕トセト我ノ本能ガ叫ブ……コノ地ニ生キル全テト共ニ滅ボシテクレヨウ……』


この言い振りからすれば、このルクルァシアはある意味転生者と呼べる存在なのかもしれない。作中で竜也達に倒され、消滅した筈のルクルァシアは、その記憶を備えたままこちらの世界へと転生した……しかし、それと同時に取り込んだグランシールが抱えていた心の闇の影響も見え隠れしている。


 グランシールは今も尚、奴の中に在り続け、その主導権を争っているのかも知れない。

 

 もしも、奴の心がそれに負けてしまっていたら、ルクルァシアは俺との戦闘よりもこの大陸の蹂躙を優先してしまったかも知れない。もし、そうなっていれば俺が立てていた作戦は無駄になっていたと思うし、そもそもこの場で対決する以前にケリを付けられてしまっていたかも知れないな。


 しかし、そうはならなかった。奴は俺の事を、カイザーや竜也達と戦い、敗北した記憶をきちんと覚えていてくれた。その主導権はルクルァシアにあり、正しく俺の好敵手として待っていてくれたのだ。ルクルァシアと対面するなど、本来であればあまり喜ばしい話ではないのだが、今回ばかりは最高だ! 最高だぞルクルァシア! お前がお前のまま待っていてくれて本当に嬉しいよ!


 ……けどね、これ以上私の好きな場所を荒らされちゃ困るんだ。皆が帰る場所を、これから皆が育んでいく場所を……好き勝手されるわけにはいかないよ。


『ルクルァシア、どうしてお前が全てを憎んでいるのかも、これから何をしようと企んでいるのかも、には微塵もわからないけどさぁ……が好きなこの世界をどうにかしようというのなら、絶対に許すわけにはいかない。さあ、始めようよ、ルクルァシア。こちらはいつでも良いよ? さあ、かかってきなよ、ルクルァシア。今度は……が叩きのめしてやるからさぁ!』


『GhrfaaaaaaaaaAAAAA!! キサマキサマキサマ! 舐メタ口ヲォオオオaaaaKhaaayZaaaaAAaa!!』


「スミレ、 耐熱フィールド及び対Gフィールド展開」

「……了解 耐熱及び対Gフィールド展開します」


「シグレ、ブースト出力最大。目的地は真上、宇宙ソラに向け飛翔する」

「了解! シャインカイザー出力を飛行ユニット及び脚部ブースターに集中! ではみんな、飛びますよ! 舌を噛まないよう気をつけるでござる!」


「じゃあ、いくよ皆! シャインカイザー発進!」


 怒り狂うルクルァシアを地上に置き去りにし、宇宙に向け飛び立つ我々。傍目からすれば煽るだけ煽って逃げているように見えるかも知れない……いや、そうは見えないか。


 我々が飛び立って間もなく、地上からルクルァシアが飛び上がる姿が捉えられた。余程頭に来ているらしく、凄まじい勢いで飛び立っているな……衝撃で地上は酷いことになってそうだが……それを考えるのはまた後だ。


「カイザー、ルクルァシアの反応、急激に接近中」

「ああ、あれだけデカいとレーダーを見るまでもないな……」


「しかし、カイザー。貴方気づいていましたか?」

「む?」

「途中から声はそのままで、口調がルゥちゃんになっていましたよ」

「!」


「そうそう、ルゥちゃんが怒ってるみたいな感じだったけど、声がカイザーさんだからおかしくって」

「今頃じっちゃん達、腹抱えて笑ってんじゃねえかな」

「お父様達は唖然としてそうですわね」

「いや、しかし。あれはあれで良かったでござるよ?」

「ねえ、ルゥ。やっぱり貴方はカイザーじゃなくてルゥのがいいんだって!」

「すまん、カイザーさん! アタイはちょっと面白かった!」


「ぬおおおおお! 忘れてくれえ!」


 どうやら、アイツの言葉に少々キレてしまった瞬間、中の人が顔を出してしまったようだな……。あれが……皆に聞かれてしまったのか……くっ! ここ最近で一番のやらかしだな!

  

 そうこうしているうち、俺達は大気圏を飛び出して、先程まで居た惑星の姿を球体で捉えられる位置まで移動を遂げていた。ここまでくればアレだけの巨体相手に思いっきりやったとしても周囲に影響を及ぼすことはないだろうな。


 シャインカイザー原作の最終決戦の場は宇宙なんだ。戦いの場として、これ以上相応しい場所はないだろう?

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