第四百七十六話 戦場に舞う花

◆SIDE:キリン◆


 待たせたね、諸君。満を持して私の出番が来たのだよ。うん? ここはミシェルくんが語るんじゃないのかって? 確かに、パターンからすればそうなのかも知れないが、私がいるんだよ? この、キリンが居るんだ。これほどまで解説役として的確なものはいないと思わないかね? カイザーも良くやってくれては居るが、やはりこう言うのは解説者ポジションである私の役割なのさ。


 と、言うわけで現在の戦況だが……中々に愉快なことになっているね。


 開幕早々、MODE:羅刹を使って短期決着を目指そうと提案するミシェル君に待ったをかけた。なんでって、まあ、待ちたまえよ、話には順序があるのだよ。いいかい? まず前提としてだね、幹部連中は此方の世界に召喚されていない。これはカイザー君が説明してくれたとおりだね。しかしどうだ、それが今、目の前に居るわけだ。しかし、しかしだよ。連中は明らかに良くない物をじわりじわりと機体から溢れさせているわけだ。 これはもう、真っ当なものでは無いと。我々が知るシャーシルそのものだと思って掛かるのは危険だろうと判断したのさ。


 そこで、私がアイギスを使ってタンクをしつつ、ミシェル君には輝力を温存しながら少しずつ削ってもらうことにしたんだ。なぜかって、そりゃここまで面白い研究対象が居るんだよ? この私、キリンが解析しないわけがないだろう!


 スミレやカイザーだってどうせ解析するんだ、専門家の私がしないでどうするんだね。


「ブツブツと偉そうに語ってるけどさ! 盾があっても何時までも持つようなもんじゃないでしょ!」

「アタイは輝力があんましねえんだからな! そのへんもちゃんと考慮してくれ! アタイはアタイで消耗すんだからね!」


「ああ、わかってるわかってる。私は医者でも有るんだよ? 医者である私に乗り込んでいる、これ以上安心なことがあるかね? 何かあったら直ぐに治してあげるから、どうか大船に乗ったつもりで居てくれたまえ」


「その大船が耐えきれずに沈んだらどうしようもないから怒ってるんだよ!」

「いくら医者でもアタイの輝力は増やせないだろ! 何かあってからじゃ遅いんだよ!」


 やれやれ、うるさいパイロット達だ。とは言え、確かにパイロットの輝力切れは問題だ。自前の輝力ジェネレーターがあるにしても、パイロットからの供給がなければ戦力は大幅にダウンするからね。


 しょうがない、勿体無いが急いで解析をすることにしよう。


 ……


 ……なるほどね。まあ、分かっていた通り、これらのコピー品にはパイロットが搭乗していない。これらのコピー機体はカイザーの身体を侵食した際にハッキングし、盗み出したデータを元に作られたということで間違いないね。


 私が持っているシャーシルのデータは2種類存在している。元々自分が持っていたデータと、カイザーから貰ったデータだ。私が居た世界はカイザーから言わせると『劇場版の世界』ということで、同じ登場人物でも性格や技能に若干の違いが生じていたり、同じく機体でも細やかな所で機体性能や装備が異なっているんだ。


 どうやら眼の前に居るコピー機体は98%がカイザーから貰ったデータと一致しているようだ。つまりはカイザーが知る世界のシャーシルという事か。一致しない残りの部分、独自に改変したらしい部分はコクピット周りだね。パイロット不在ということで、細やかな操縦システムは再現する必要がないと判断したようで、何やらそこから高濃度の魔力反応が感知できる。恐らく、AI同様の存在がその動力と共に内包されているのだろうね。


 カイザー風に言う所の『地上波版』シャーシルだという事は、だ。とうぜん私の情報は知り得ていないだろうし、ヤマタノオロチとフォームチェンジを遂げたミシェルくんの力を識ることはないだろう。カイザーの記憶が盗まれたのが私と出逢う前の事で本当に良かったよ。もっとも、あの場に私が居たのであれば、そんな真似はさせなかったがね。


 パイロットが居ない分、随分と無茶な機動が出来るようになっているみたいだが、機体の節々から悲鳴が上がっているのに気づけ無いものかね? 気づけないだろうね、あんな粗末なAIもどきでは。


 スミレやカイザーに言うと怒られそうだが、いっそ私がルクルァシアにハッキングされていれば、もっと面白いコピー機体が生み出されていたかも知れないな。ある程度ブラックボックスに踏み込んだ知識を持つ私のデータが有れば、眷属と化したブラックカイザーとか、ダークケルベロスなんてのも生み出せるのではなかろうか。


 AIだってこんな紛い物ではなく、もっと人格を持った賢いものを実装できていたかも知れないねえ……なんて、あくまでも冗談さ。あんな奴らに寝返るなんて考えたくもない


 パイロットを考慮しなくて良い分、私 が持っているVR用データよりは機動力が高いようだが、逆に言えばそれだけだ。みたまえよ、智将スミレくんがついているカイザー達はまっさきにバラメシオンを片付けているし、マシュー達ですら今しがたラタニスクを片付けてしまった。機動力に騙されなければ、そう難しい相手ではないのだから。


「キリン……! 解……析は、終わったの……?」

「もうすぐ……アタイ、ぶっ倒れちまうぞぉ!」

『キリン? わたくしはいつまで待っていればよろしいのですか!?』 


「すまないすまない。こういうレアな敵機は直ぐ始末するのももったいなくてね。というわけで、おまたせだよ、ミシェルくん。今の君なら敵ではなかろう。私が踏み込んだタイミングで思う存分やりたまえ」


 というわけで……ゆくぞ、パイロット達よ。


「フィオラくん、ラムレットくん! もうひと踏ん張りだ! 敵の懐に飛び込み、出力全開でアイギスを使いたまえ! 遠慮することは無い、持ちうる輝力を全て吐き出してしまっていい!」


「キリンが言うなら大丈夫なんだろうけどさ!」

「ぶっ倒れた後の責任……ちゃんと取ってくれよ! 絶対スミレが怒るからな! スミレー! 聞いてるよなー! アタイ達は悪くないからなー! ぜーんぶこのキリンってバカが悪いんだ!」


 やれやれ、やられる心配よりも怒られる心配をしているのか。信頼されてるのかなんなのか……まったく可愛いパイロット達だ。


「うおおおおおお!!!!!」

「いくぞおおおお!! もう、どうにでもなりやがれえええええ!!」


 パイロット達が雄叫びを上げ、シャーシルの懐に飛び込む。ああ、驚いているね、驚いているねえ! 防戦一方だった我々が、しかも、データにない機体だ。その粗末なAIでは想定外の機体が想定外の動きをすれば対応しきれないことだろうさ。


「「モードアイギス!!」」


 シャーシルに肉薄した状態で2人の掛け声とともにフォトンシールドが展開されていく。出力を全てシールドに回しているため、大きく、そして厚くシールドが展開される。シールドは全ての攻撃を弾き、機体を護る物だ。そしてそれに今まさに触れたシャーシルはシールドによってグイグイと押し出されていく。


 よくわからないものに押されたシャーシルは本能からそれを攻撃と判断し、何とか切り刻んでやろうと多数の腕で剣を振るうが……ああ、正直頭に来るなこれは。


 カイザーの持っていたデータをキチンと解析し、もっとまともにコピーをしていればこんな間抜けな行動は取らないはずだ。何より、リムワースが今のシャーシルを見たら嘆くことだろう。これは私にとっても、リムワースにとっても非常に失礼極まりない行為だよ、ルクルァシア。君は本当に本当に酷い事をしてくれたね……流石の私もこれは許しておけないよ。


「ミシェルくん……。もういい、やってしまってくれ。もうコイツと戦うのは3度目だろう? しかもこれは劣化コピー品だ。私から改めてお願いする。どうか、このゴミをなます切りにしてくれたまえ……出来るならば、かけらひとつ残さず、切刻んでくれたら嬉しいねえ……」


『……なにがもういいのかはわかりませんが、キリンが激怒しているのはわかりましたわ。ええ、言われなくとも斬り刻んでやりますわよ! この、わたくしを! ここまで! 待たせたのですから! この剣、すべて味わって貰いますわ!』


 ミシェルくんを待たせていたのはこの紛い物のゴミクズではなく、私なのだが、今言うことではないので黙っておいた。


『行きますわよ……MODE:羅刹……今宵の剣は少々苦くってよ!』


 以前、あれほど恥ずかしそうにしていたというのに、すっかりセリフをものにしている。これも訓練の賜物だね。……おっと、紛い物。何処へ行くというのだね? 逃がすわけが無いだろう? お前はもう少しだけ……おとなしくしていたまえ! 直ぐにミシェル君が調理してくれるからねえ!


 輝力炉の出力を上げ、さらにシールドを強化する。シールドの発動にはパイロットの輝力が必要とされるが、発動してしまえば私の輝力で手伝うことは可能だ。さらに厚く、範囲を広げたシールドを張り、逃げようともがく紛い物の退路を塞ぐ。


 ああ、遅いんだ。もう遅いんだよ、紛い物。潔くチリとなりたまえ。


『天隠流奥義……乱れ華吹雪……』


 スゥっと音もなくシャーシルの背後に現れるミシェル。慌ててそれに応戦しようと振り向き、剣を上げているが……だから、もう遅いんだよ。


 ヤマタノオロチから伸びる8本の腕がギラギラと大蛇の牙の様に煌めく。その煌めきはシャーシルの機体を削り、削られた破片が日光を反射してキラリキラリとまるで花吹雪のように舞っている。


 何も知らぬものが見れば、うっとりと見惚れることだろうね。


 そして、花吹雪に包まれた空間から『キン』と、刀を鞘に収める音が鳴り、それを合図にするようにひときわ大きな風が吹き抜けて――それが晴れていく。


『麗らかな桜の下でお眠りなさいな……永久に……』


 念の為、あちらのコクピット内もモニタリングしているんだけどね、なんとも良い表情で決め台詞を言っているじゃないか。ここまで出来ればもう何も言うことはないね。完全に照れが消えている。パイロットとして百点満点をあげようじゃないか。


 そして、ミシェルくんが決め台詞を言い終わると同時に紛い物の劣化品はバラバラに崩れ落ち、前哨戦にしては中々にヘビーな時間が終わりを告げる事となった。


「はあ……防御型の辛いところだよね……トドメは大体誰かがもってくんだもん。あたしもかっこいい台詞言ってみたいなー」

「だなあ……まあ、アタイはやり切った感でいっぱいだけど……な……あー! 疲れたー!」


「うんうん、ご苦労だよ。いやタンクだって立派な戦力だからね。タンクが居るからこそ成り立つ戦術はたくさんあるんだ。君達は誇っていい。ああ、は私に任せて君達はゆっくり休養をとるといい。君達はそれだけの事を成し遂げたのだからね!」


 こちらの戦闘が終了した事を確認したらしく、カイザーがゆっくりとこちらに飛んでくるのが見えた。


 通信ではなく、わざわざこちらに向かってきているということは、さっさと倒さず、遊んでいた我々にスミレくんがチクりと文句を言いに来たということだろうね。


 さて、最後の仕事……スミレくんを上手く言いくるめる仕事に励むとするか。正直紛い物との戦いよりも骨が折れそうだよ。


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