第四百六十六話 決意 

 現在私の前に座り、なんとも難しい顔をしているのは元黒騎士団団長であり、現白騎士団ステラ団長のジルコニスタ・ヴェンドラン、自称『森の魔女』元帝国軍魔力研究所所長【鋼鉄の魔女】リナバール・ラムトレイン……リンばあちゃん。


 そして今までに見たどんな渓谷よりも深い谷を眉間に形成しているのが……シュヴァルツヴァルト皇帝、ナルスレイン・シュヴァルツヴァルト。


 彼らが何故そこまでの表情をしているのか、それは深く語るまでもない。私が城を破壊するしかないと打ち明けたからだ。


「確かに私が現役時代、不可思議な魔力反応が検出されることはあったけれどねえ……城と一体化している……? そりゃ本当なのかい?」


「お前達が言うことだ、嘘は吐いていないと信じては居るが……」


「仇が城にいる以上、我が城の被害は避けられぬと覚悟はしていた……していたのだが、お前の説明によれば、その仇が城と一体化していると言う。つまりは……城はもう、どうにもならぬというのだな……?」


 分っているが、理解わからない、どうにか穏便に事は済まないのだろうか? そんな具合の何処か縋るような視線も感じるんだけれども……事情が事情だけにこれはもう、どうしようもない。


「君達の言うことはもっともだよ。私だってあんな立派なお城を壊すのは……壊さなければならないというのはしのびないし……何よりこの目で見てもまだ信じたくない……ああ、君達にも見せよう。今のあの城を。見ればきっと、君達だって納得してくれるはずだから……」


 データを持っているのを忘れていたわけでは無い。まずは話しをしてから、少しでもショックを和らげる形で見てもらおうと思ったのであって、決して忘れていたわけでは無い。


 ……本当だよ。


 幸いな事にスミレは今同行していない。もしかすれば、私の行動データから後々私の間抜けさがバレて弄られるかも知れないが、今この場で空気を引っかき回されるよりずっとマシだよ。


「では……映像を投影するけど……、どうか落ち着いて見るように……。特にリン婆ちゃんは心を強く持って倒れないようにね」


「フン。馬鹿にするんじゃないよ。私だって色んな修羅場はくぐってきたんだ。今更何を見ても動じることは無いね」


 自信満々なリン婆ちゃんと、若干気が重そうなイケメン二人。そこまで構えられると逆に見せにくいのだが……。


「これは今現在の城の様子。仲間に頼んで写して貰っているリアルタイム映像――現地の様子をそのままここで見られるようにしているものだよ」


 と、テーブルの上に若干大きめに城の様子を投影する。


「俺の目には普段と何ら変わらん様にしか見えんのだが」

「ああ、慣れ親しんだ我が城そのものだな」


 なんだ、こんなものかと、涼しい顔をするジルコニスタとナルスレインそりゃそうさ。今表示しているのはあくまで外殻だ。本題はここからさ。


「外から見て解るほどに酷いなら、君達だって気づくだろう? 問題は外から見えない部分、内側なんだよ。じゃ、表示階層を切替えるけど……覚悟しなよ?」


 表示レイヤーを操作して外殻部分を非表示に。すると自然にその内側が、侵蝕されし真の姿が露わとなった。


「んな……ッ!?」

「こんな……物の中に俺達は……!?」


 驚く男達。そりゃそうだ。驚かない方がおかしいよ。彼らの目の前に聳える物体は、ドス黒くうねうねとしたよくわからない触手の様な何かの塊。それが外殻に支えられて城のような形状を保っているのだから余計に気持ちが悪い。


「なん……なんと……これほどまでに悍ましい物が……」


 そしてリン婆ちゃんもまた、ルクルァシアの姿を見て……いやまて、これは畏れている顔じゃ無いな……寧ろ……これは……。


「悍ましい、悍ましいが。しかし、この巨大な魔石には驚いたね。これがかつてこの地を守護していたグランシールとやらの魔石か……なるほどのう……神が遣わした存在……聖獣だけあってかなりの量の魔素を保持できるようじゃのう……ふうむ、かつて世界に存在していたというドラゴンはどうなのじゃろうな? 聖獣だからこそ、このような魔石を持つのか、ドラゴンだからこそなのか。ううむ、興味は尽きぬ……」


 ああ、研究者、研究者よ……研究者というのは等しくこの様な生態なのだろうか……いや、ショックで倒れられるよりは大分良いけれど……なるほどこう来たかあと言う感想しか出ない……。


「その魔石から発せられている反応をずっとルクルァシアだと思っていたんだけれども、それが奴を構成するコアであり、城自体がその本体だと気づいたのはつい先程なんだ。

 それと……あの状態にまでなったのは少なくともここ数ヶ月の事だと思う。ナルスレイン達が居る内はまだこんな気味が悪い状態にはなっていなかったと思うから……その、元気だして?」


 慰めにならない慰めをの言葉をかけるが、彼らの表情は暗く沈んだままだ。城が無くなってしまうというショックよりも下手をすればあの気色の悪い物の中に居たのだという事のほうがショックだったようだね……。


「というわけで……、ああなってしまっている以上、城の全壊は避けて通れないだろう。上手くルクルァシアだけを倒せたとしても、奴が滅んだ瞬間、城は自重で崩壊してしまうだろうからね」


「うむ……理屈はわからんが、内側がああなっている以上、それは仕方が無い事だろうな……」

  

「それとね。あれだけの存在と戦うとなれば、当初予定していたように君達と共に戦うことは……出来ないと思う。君達が足手まといだからと言うわけではないんだ。相手が……悪すぎるんだ」


「我が城は……最早護るべき城ではなく斃すべき敵となってしまった。故に攻撃によって倒壊してしまうのは残念だが……仕方がないことだと思う。しかしな……、俺もジルコニスタも……騎士団も仇を取りたいという気持ちはある。そう簡単に割り切れることではないのだ」


 自らの力不足はわかっている、わかっているのだがと、なおも『共に戦う』と食い下がる男達。その気持はわかるし、彼らの力量だってかなりのものだ。決して足手まといだとは思っていないし、心強い仲間だと思っている。


 しかし、今回の場合は相手が悪い。


「ジルコニスタ、ナルスレイン。君達の気持ちは分かっている。だけど、アレは、アレだけはだめなんだ。ルクルァシアは私達でなければ刃を通す事すら出来ない強大な敵だ。決して君達を侮っているわけではない……けれど、行けば恐らく……無駄死にとなる……から……」


「しかしだな、カイザー! それでも俺達は……!」


「だめだ。君達には国を護るという大切な役割が有るだろう? 国を創るために大切なものはなんだい? そうだ民だ。その民は今何処にいる? ここに集まっているじゃないか。

 安全な場所としてここに集まってもらっては居るけれど、ルクルァシアとの戦いが始まれば何が起こるかわからない。ここに残り、民を護れる存在は君達を置いて他にない」


「ぬ……」


「それに……全てが終わり、国を取り戻した後。君達が居なければどうなる? 国を創る民とそれを纏める皇帝とそれを護る騎士団。どれが欠けても国のためにはならないだろう? だからどうか……私達に任せてくれないか」


 ついまくしたててしまったが……、ナルスレインは何かを断ち切るように顔を振り、穏やかな笑顔をうかべる。そして――


「いや……うむ、そうだな。相手は邪神と呼ばれる存在だ。その相手となれば機神であるカイザー達でなければ務まらないだろうな。要らぬ矜持で国を護るという役割を果たせぬことになるところであった。頼む……父と……我が城の仇を……どうか、頼む」


 ナルスレイン、そしてジルコニスタが揃って頭を下げる。


「頭を上げてくださいよ。アレを斃すのは我らの使命。私がこの世界で生きる理由そのものなのだから……ほら、頭をあげてくれよ……」


 言っても聞かず、私に頭を下げ続ける2人。何だか申し訳無いやら、なんやらで困っていると、それまで静かにデータを眺めていたリンばあちゃんが立ち上がりこちらにやってきた。


「カイザー、受け入れてやりな。ルッコもナルの坊主もそれを踏まえた上で頭を下げているのさ。それはそれ、これはこれなんだ。私からも頼むよ。どうか、この国を、この大陸を護っておくれ」


 私の身体を両手で優しく包み込み、優しくそんな言葉をかけるリンばあちゃん。勿論そのつもりには違いはないのだけれども、改めて言われるとこみ上げてくるものが有るな。


「ああ、任せてよ。そのために……私は、今日まで、この世界に生きてきたんだからね。しっかりと幕引きをしてくるさ」


 そして3人と改めて討伐を誓い、決意新たにテントを出る。


 子供達と楽しげに遊ぶレニー、大きな鹿を担ぎ、得意げにキャンプを歩くラムレットとフィオラ。包丁片手に忙しなく動くミシェル。そして荷運びを手伝うシグレとマシュー。


 私は彼女達も護らなければならない。彼女達が笑って過ごせる日々を、この大陸を護らなければならないんだ。


 さあ、もうひと踏ん張りだ。神様……のような存在よ。貴方の尻拭いはしてあげる。だから、どうかうまくいくように……見守っててね……。

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