第四百六十五話 城の秘密
妖精2体に怪しげなクマとキリンのぬいぐるみ。一見すれば非常にファンシーな空間なのだけれども、私以外の参加者達はどれもえげつない知識とスキルを持っているのだから恐ろしい。
目の前には多数のウインドウが投影されていて『ルクルァシア城』が映し出されているが、外観だけではなく内部構造までしっかりと丸裸にされているのだから凄まじい。普通は突入するまで相手の情勢はわからない事の方が多いはずなのに、これだもの。それもこれも、最早自重している場合では無いのと、フィアールカがキリンとスミレを煽って惜しむこと無く持てる力を注ぎ込んだ結果なのだ。元々大して自重してなかった? まあ、それはそうなのだけれども。
「カイザー、ここをみるの。すっかり変質してしまっているのだけれども、わかる?」
「あー……なるほど、これは酷いね……ナルスレインが見たらどんな顔をすることか……」
シュヴァルツヴァルト城は帝都から離れた避難エリアからも見える程に大きく、立派な建造物なのだが……ここに居るファンシーな姿をした者達は皆口を揃えて『ルクルァシア城』と呼んでいる。ルクルァシアに占領されてしまっているから? いいや、違う。もっとひどいぜ、あれは。投影された映像には
――城がね……侵蝕されているんだ。
黒龍グランシール。彼の龍はかつて小山の様な巨体を持つ生命体だった。しかし、休眠中にルクルァシアに侵食され、混じり合い、その身の支配権を奪われてしまった。
卵という姿に変わってしまってもルクルァシアは全ての力を失っていたわけでは無かった。その殻の内側から帝国の人間達をジワリジワリと隷属させ、帝国を影から動かして我が身を復活させるための糧を集めるよう、誘導していたのだ。
その糧となる魔素をより効率的に吸収出来る場は何処だろうか、はてと考えたルクルァシアはその答えを既に識っていることに気づく。ああ、なるほど戦争か、争いによって多くの魔素が消費され、大気中に放たれるのかと。
グランシールとしての記憶も持っているルクルァシアは、かつての大戦で数多くの魔素がこの地に溢れ出したことを識っていた。
そしてそれを利用すべく、我が身である卵をコアとして使用させた機体を戦地に送り出し……恐らくは先の戦闘、突如として皇帝機が再起動をしたあの時こそがルクルァシア孵化の瞬間だったのだろう。
殻を破り表に出たルクルァシアは、まだ未熟ながらも黒龍と邪神の力を併せ持つ化物だ。未強化前の私達等、赤子の手を捻るようなものだったに違いない……が、そこでやや計算が狂った。グランシールの身体がルクルァシアが吸収した魔素量に耐えきれなかったんだ。
いくら強大な力を持つ龍であっても、産まれたばかりの小さな身体は万能では無い。なのにルクルァシアが無茶をさせた結果……哀れグランシールの命は産まれて間もなく失われてしまうことになったんだ。
そのままルクルァシアも滅していれば良かったんだけど……恐らく奴は城に本体となる依り代を用意していたのだろうな。
私達が敗北を喫する事になった平原戦後、城内の汚染――騎士達の眷属化が進む速度が目に見えて上がっていたというのは、ナルスレインやジルコニスタ、それに白騎士団の面々からも聞いている。
彼らは気づいていなかったようだが、その汚染は城に住まう人々だけにとどまらなかったのだ。
それはルクルァシアが望んでそうしたのか、結果的にそうなってしまったのかはわからないけれど……見た目は立派な城のままなんだけど、その内側はくまなくルクルァシアの身体が入り込んでいる。
つまり、目に見える部分、石材や木材、鉱物等で構成される部分を外殻として、その内側に生体的……と言って良いのかわからないが――
――ルクルァシアの本体が密かに収まっているのである……。
「まさかこんな気持ちの悪いことになっているだなんて、すっかり騙されたよ。ああ、なんということだ、私達としたことが! ああ、ああ、悔しいねえ。そうだろう? フィアールカくん、スミレくん!」
「アレほど分かりやすい反応を見せていましたし、本来ルクルァシアと言うのはスキだらけの存在ですからね。それに甘えてまんまと騙されてしまったのは否めません」
「中心でふんぞり返るあの大きな反応こそがルクルァシアだと思ったの……間違いではなかったけれどアレは……」
今までじっと城の中央でおとなしくしているように見えたルクルァシア。観察を始めてから一歩も動かないのは少々おかしいとは思っていたけれど、奴は人間じゃなければ魔物でもない。普通の生命体では無いのだから、そういう事も有るのだろうくらいに思われていた。
けれど、そうじゃあなかった。動かないのではなく、動けない……いや、動く必要がなかったんだ。
我々がルクルァシアだと思っていたものは……確かにルクルァシアには違いはなかったのだけれども、それはルクルァシアのコア、巨大な魔石だったのだ。
黒龍はこの大陸で魔素のバランスを保つため、神によって地上に降ろされた存在だ。その役目を果たすためには大量の魔素を貯め込むことが出来る大きな魔石が必要となる。
幼いその身は耐えきれずに滅んでしまったけれど、魔石はその場に残された。それを回収したルクルァシアは我が身に取り込んでしまったのだろうね。
ルクルァシアが産みだした新たな身体を手に入れた魔石は、再び遠慮無く魔素を吸収し始める。そして貯蔵量が一定量を超えると魔石は強力な魔力を周囲に放つ様になる。我々が捉えていたルクルァシアの反応、それは大量に魔素を溜め込んだ
「まさかあの大きな城と一体化してるなんて思わなかったよ……アレが動きだしてみなよ、帝都にどれだけの被害が出ることか……」
「アレが動けるのかは不明ですが、念の為に住人達を避難させておいて正解でしたね……」
「異変に気づいて逃げていた人々が多かったというのも幸いだったね。あの規模の都市だ。もし今日まで何も起きていなかったら皇帝直々の令であっても混乱は間違いないし、2日3日で終わるような事にはならなかっただろうねえ」
「その避難も今日でめどがつく予定なの。問題は戦闘開始にあたって一応許可を取る必要がある、ということなの」
「許可?」
「あの城は誰のものなの?」
「帝国の……ううん、皇帝の、ナルスレインの所有物ってことになるのかな?」
「よく出来ましたなの。お城がルクルァシアになっているということは、この後カイザーがアレをボッコボコに壊してしまうということになるの」
「……あっ」
「城だけで住めばいいけどねえ。あんだけ大きな質量を持つものが暴れたら……周囲は酷いことになるだろうねえ」
「城と街が近い街づくりと言うのはこういう時に考えものですね」
「下手をすれば辺り一面更地になるの」
「え、ええ……? あ、ああー……それも含めて……ナルスレインに話せと言うことなんだよね……私が……」
「その通りなの」
「勿論です」
「当然だね」
ファンシーな生き物たちがみな揃って首を縦にふる。そうか……そうだよなあ。巨大ロボが本気で市街戦をしたら周囲はとんでもない事になるよなあ……。
まして、敵は超巨大なラスボスだからなあ……どう考えても綺麗さっぱり更地になる未来しか見えないぞ……どうすんのこれ、どうすんのこれー!
はぁ……アニメみたいに謎空間に転移して戦えればいいのに……謎空間……?
そうか、その手があったか。
私は一つの案を皆に説明をする。上手く行けば帝都が被ることになる被害を最小限に抑えられるかも知れない作戦案だ。
この作戦における最大の欠点はナルスレイン達、ステラの面々が参戦不可能なところだ。我が身内のことはこの手で! と、言っていたナルスレインの想いを叶えられなくなることになるわけだ。
……それも含めて、城を破壊するということ、もしかすれば帝都にも少なくはない被害が及ぶということ……それらをナルスレインやジルコニスタ、リンばあちゃんに話すのは私の役目。
気が重いけれど、これは避けて通れないよね……。
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