最終章 B Part Resolve

第四百六十四話 決戦前日

 明日の決戦に備えて各自思い思いに身体を休め――とはいかず。昨日拾いきれなかった住人達を救うべく救出部隊は今日も忙しく西へ東へと駆けずり回っている。


 今のところは眷属共のおかわりも無く平和な物だ。グランシャイナーのレーダーによって要救助者の位置は把握できているため、避難誘導は順調に進んでいる。


 そして、我々ブレイブシャインはと言えば、避難所にて各所のお手伝いに精を出している。


 既に最終決戦に向けての支度が完了している以上、パイロット達のメンタルに気を配った方が結果としては良いと判断し、無理に休養をさせるよりはと、彼女達が望むままに普段通り、好きなように行動させているのだ。


 子供達の世話をするレニー、食料調達ハンティングに出掛けたフィオラとラムレット。マシューは機兵のメンテを手伝いに行き、ミシェルは食堂で腕を振るう。そしてシグレは笛で鳥を呼び寄せ、豆のような物を与えているようだ。


「それって連絡用の鳥だっけ」


 シグレに声を掛けると、少々驚いたような表情を向けたが、声をかけたのが私だと気づくと直ぐに笑顔に変わった。


「ええ。ヘビラド半島に居る仲間達へ現況報告をしていました」


 リーンバイルには『草』と呼ばれる諜報員が存在している。私も時代小説等で同様の存在を見かけたことが有るけれど、日本の雰囲気をそのまま神によって移植されてしまったような土地がリーンバイルなので、その『草』という存在もそのままその影響を受けて同様の意味合いを持つ存在として産まれたのだろうと勝手に思っている。


 草というのは、敵国等にその土地の住人として代々住み着きながら、本国へ情報を流したり、情報操作や扇動をしたりして撹乱するという、中々に恐ろしい存在だ。

 

 世代を超えて任務を引き継ぎながら、普通の顔をして生活をし続けているわけなので、まさか昔から居るお隣さんが敵国の人間だとは思わない。下手をすれば自分たちより古くから住んでいる様な人間がスパイだなんて誰が思うだろうか。


 かつて鎖国を決めたリーンバイルは、その際に大陸各国に草を放った。島国であるリーンバイルにとって、陸続きでは無い各国の情勢は何より重要な物だったからだ。しかし、それはあくまでも世間の様子を知っておこう程度の物で、敵国として情報を集めているというわけでは無い。


 が、シュヴァルツヴァルトだけは別だった。


 そう神託だ。直接世界を弄くる事が出来ない神が、地上の人々を上手く使って流れを誘導しようと頑張っていたあれ。


 神によってシュヴァルツヴァルトの危険性を識る事になったリーンバイルは、元々放たれて居た草に連絡をし、より厳しい目で見張らせていたのである。なにしろ、何やら良からぬ事を企てて居ると来た物だ。長らく平和だった大陸に再び混乱を招き入れようとして居るとなれば見逃せない。


 その『良からぬこと』とは勿論、黒龍――いや、ルクルァシアの事である。


 しかし、その草達の能力を持ってしてもルクルァシアという核心には触れることは出来なかった。帝国の上層部がなにやらキナ臭い動きをしているとか、妙な実験を行っているとか、怪しげな遺物を集めているとか……埃は鬼のように出てきたけれど、黒幕であるルクルァシアの存在にまではたどり着けなかった。

 

 その辺りは腐ってもラスボスさん。以外と上手に隠れてましたねー……と、いうわけなんだけど……それはさておきだ。


 今や監視対象であったシュヴァルツヴァルトと同盟を結び、大陸各国とも堂々と交流をするようになった。この戦いが終わった後……って言うとフラグみたいでアレだけど、全てが終わった暁には、リーンバイルとルナーサ間を結ぶ連絡船が運航開始予定である。


 リーンバイルが鎖国を解き、人や荷物が大陸各国と互いに往来するようになってしまえば、鎖国中に各国の情報を集めるという草の任務はひとまず終りを迎える事となる。


 なので、シグレはここの所、半島内で帝都以外の場所に暮らす草達と密に連絡を取り、今後について話し合いを続けていたらしい。


「彼らはリーンバイルの国民ですが、同時にシュヴァルツヴァルトの国民でもあります。当家としては彼らが戻ってくるというのであれば、当然喜んで迎え入れます。ですので、彼らと連絡を取りつつ、その支度を進めていたのですが、住めば都という言葉の通り、長年ヘビラド半島で暮らしている内に、この地に愛着が湧いてしまった一族も少なくは無いようでしてな」


 勿論、リーンバイルに帰ることを選んだ者達もいくらかは居て、彼らは既に帰還を果たしたらしいのだけど、多くの草達はこのままシュヴァルツヴァルトに残る事を決めたそうだ。


「いえ、別に無理矢理帰るように説得をしているわけではありませぬ。皆、帝都から離れた土地に根を下ろしては居ますが、何が起こるかわかりませんからな。念の為、備えるように連絡をしていたのですよ」


「そうだね。被害は最小限に抑えたいけど……何が起こるかは解らないからなあ」

「ええ。同胞に伝えておけば、何かあっても各地で救助活動に動いて貰えますから」

「ナルスレインも一応は各地に指示を送っているようだけど、それも万全ではないだろうしね。ありがとう、シグレ」

「なんのなんの。私はただ、自分が成すべきことをしているだけですので」


 どこか照れくさそうな顔をして何でも無い様に言うけれど、彼女がコツコツと連絡を取り続けていたのは知っているし、毎日欠かさず中継役を務めるというのはそう簡単に出来ることじゃあない。


 戦闘においてもシグレは縁の下の力持ちだ。彼女の索敵にどれだけ助けられていることか。グランシャイナー? だめだめ。あれの索敵能力は確かに凄いけれど、隠密行動に全く向かないからな。


 ま、目立っても良いという状況であれば大いに戦力となるし、役に立ってもらうけどね。


 一通り皆の様子を見たので、私達に割り当てられているテントに戻ると、スミレとフィアールカ、そして……何やら怪しげな……見たことが無い動く縫いぐるみが、わいやわいやと何やら話し合っていた……いや、まあ、あからさまな見た目だから中身が誰なのかはバレバレなのだけれども。


「ただいま……っていうか、その縫いぐるみ……麒麟だろ?」


 私が声をかけたのはキリンの縫いぐるみ。麒麟ではなく、キリン。動物園に居るあのキリンさんだ。


「おお! よくわかったね! そうさ、これも私さ。どうだね、カイザー。妖精体は怒られると思ったんでね、自重してまずは縫いぐるみから始めてみたのだが」

「……いや別に怒りはしないけど……なんでまたキリンに……」


「麒麟の縫いぐるみなんてかわいくないからに決まっているだろう? まあ、そんな事はどうでもいい。わざわざこの身体を用意したのは会議のためさ。やはり直に顔を合わせたほうがやりやすいからね。どうだね、このボディ。見た目は可愛いが、コイツは意外と――」


 どうやら麒麟はテント内で会議をするためだけにこの姿を取ったようだ。まあ確実に建前だろうな。顔を合わせて会議をしたいのであれば、わざわざこんな事をしなくともグランシャイナーの格納庫でも使えば、ロボの麒麟であっても悠々と参加することは出来るからね。彼処は人払いもしやすいし、防音機能もバッチリで内緒話だって問題ないのだから。


 あの言いぶりだ、きっと既に妖精体も創っちまってるんだろうな。ティターニアを装備したときから予感はしていたんだ。いくらスミレが優秀だとは言え、彼女に彼処までの兵装を短期間で作れるスキルは無いはずだからね。


 ティターニアの開発には確実に麒麟とフィアールカの協力があったはず。そして、麒麟が対価として妖精体の技術提供を望まないわけはない。


 ま、今となっちゃ別にいいんだ。麒麟に妖精体を作らせたくなかったのは、自由自在に動けるようになると付きまとわれて大変そうだって言うのが理由だったし。今となれば、麒麟の話し相手は沢山居るし、縫いぐるみを作った時点で、もうどこにでも潜り込めちゃうわけだからね。エンジニア諸君には大いに頑張って貰いたいところだね、麒麟の相手を。


 ……しかし、妖精とクマ、キリンとの会議か……なかなかに混沌とした風景だなあ。

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