第四百五十八話 治療

 ティターニア装備により得られた機動力は恐ろしい物だった。もしも私が人間の体だったら、乗りこなせなかっただろうなと思う……。


 高速演算による状況判断は勿論の事、メカ故の動体視力や反応速度に助けられてなんとか動けている状態だ。前世の自分が同じ様な装備をしてしまったら……きっと秒で壁の染みになっているだろうな……。

 

 このとっても素敵な妖精体専用装備、ティターニアの感想を率直に述べるならば『この任務にはオーバースペック過ぎる』これに尽きる……。

 

 確かにふよふよと飛ぶ事しか出来ない妖精体には難しい任務だけれども、だからといってツバメのようにビュンビュンと飛び回りたかったわけじゃあないんだよ……。


 と、あまりぼやく暇も無く最初の患者のところに到着だ。いやあほんとこれ、恐ろしい装備だな……。


『自分用に作っていたのですが』


 なんて言っていたけれど、こんなおっかないもん、一体どんな用途に使おうと思って作っていたの……スミレ……。


 現在地は兵舎であろう建物から200m程離れた訓練場にほど近い場所だ。倒れている三名は恐らく歩哨に立たされていたであろう兵士達なんだろうな。


 念のため簡易的なメディカルスキャンをして見たけれど、例の魔石以外には特に問題は無さそうだ。キリンの話しがくどすぎてパラライザーの仕様についてきちんと把握できていなかった聞いていなかつたから、被弾による火傷や打撲傷などの危惧もあったんだけど、きちんと対策されているようでほっとしたよ。外傷と言えば倒れたときに打ったり擦ったりと、自重によるダメージくらいの物だ。これくらいの傷なら今のところはほっといても良さそうだ。


 ほんとはそう言うのも直してあげられたら良いんだけど、私は医療用ロボットじゃあないから残念ながらそこまでの装備はしていないんだ。ごめんよ。SSCのタンクと注射装置でこの小さな身体はいっぱいいっぱい所か、重量オーバーも良い所なんだよなあ……。まあ、見た目ほど重くはないみたいで、ご覧の通りスイスイ過ぎるほどにギュンギュンと飛べるわけだけれども。


「はーいチクッとしますよー……なんてね」


 服の上から患者の二の腕に注射装置の銃口的な部分を当て、トリガを引く。これだけでおしまいだ。


 この装置の素晴らしいところは直接肌に当てなくとも良いと言うところだね。なんでそうなるって詳しい話をきちんと聞いていないのは私の悪いくせだけど、こればかりはスミレも面倒くさがってきちんと話してくれなかったので私は悪くは無い。


 まあ、スミレとデータを共有しているおかげで『先端のスキャン装置が速やかに血管の位置を捉え、座標をロック。超短距離トランスポートエリアとして指定後、注射装置内の転送区域にチャージされた薬液を超短距離転移させる――』……とか、そういう事らしい、って感じのフワフワとした情報だけは知っている。


 その転移をどうやってやってるのかなんてわかんないし、考えるだけで頭が痛くなる。とにかく、なんだか知らんが出鱈目で滅茶苦茶な事をしているらしい、という事だけは……知っているんだ!


「ま、理屈はどうでもいいよね。直れば良いんだよ、直れば」


 取りあえず3人への注射を済ませ、魔石の様子をチェックする。投与したからと言って、魔石がそんな直ぐ直ぐ目に見えてどうにかなるものでは無いのだけれども、周辺に及ぼす数値上の微弱な変化は確認出来るからね。


 この場合チェックするのは魔石への干渉波及び魔素の供給阻害状況だ。5分ほど経過観察をした結果、魔石への魔力供給量が大幅に低下。魔石製生体がどうなっているかは今のところ解らないけれど、この分ならきちんと効果を発揮できているんじゃないかな……いやほんとごめん、こういうのは私の専門外だからさ……。


 とりあえず、あとでフィアールカに回収してもらうためにマーカーをつけて、次の患者たちの元へ――


 ――といった具合に、あっちへこっちへ飛び回ったけれど、外だけでも38名がシュヴァルツに搭乗していたパイロットを含めて昏倒していた。


 兵舎の中にも居るわけだし、帝都全体で考えればまだまだ患者は居るだろうし……ほんと要らないことをしてくれたもんだよ、あいつはさ。


「おじゃましまーす」


 ティターニアを装備して唯一『良いなこれ』と感じたことが自分でドアを開けられるということだね。いつもの妖精体だと、どう頑張ってもドアを開けることが出来ない。


 ドアノブ付きの扉ならノブを回すことがまず出来ないし、そうじゃない普通の押戸でも力が足りずに開けることが出来ないんだ。


 グランシャイナーは自動ドアだし、基地みたいに私達が技術介入をして作らせた建物もそうなっているので、普段の生活で困ることはないけれど、一般的なこの世界の建物達の建物となるとお手上げだ。


 なので普段はレニーなりフィオラなりにくっついて行動してるわけなんだけど、このティターニアのパワードアームであればドアノブを回すことが出来るし、スラスターの推進力を使えば押戸だって楽々だ。


 なので、つい嬉しくなって『おじゃましまーす』なんて言葉が出ちゃったんだけど……、開けた先にマシューとレニーが居て目を点にされてしまった。


「あれ……カイザーさん……? なにそれかっこいい……?」

「おじゃましまーすって、なんだよ! っていうか、なんだいその格好は! あははははは!」


 興奮するレニーに笑い転げるマシュー。何も笑うことはないだろうと思ったけど、その余裕と、二人揃っている辺り、この施設の制圧は済んだようだね。


「詳細は省くけど、患者の……スレイブの治療のためにつけられた新装備だよ。ほら、これみて。治療のために注射して回ってるんだ」


 なんて、注射器を見せながら言うと、レニーとマシューが身を縮こまらせて嫌そうに眉をハの字にする。ああ、そうだったね過去にウロボロスが知識チートをやらかしているため、この世界にも『注射』の概念が存在するんだった……。


 日本の医療みたいにぽんぽんと打つものじゃあ無いらしいけど、それでも病気や怪我をした際に打たれることは有るようで、その嫌そうな反応からして……レニーもマシューも経験者のようだね。


「そんな怯えなくても君たちにはしないから……」


 そこまで言ってもまだ怯えた表情は戻らず、距離は保ったままだ。まったくそこまで怖がらなくてもいいだろ……。

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