第四百五十六話 埋め込まれたもの

 検出された魔石――厳密に言うと魔獣が体内に備える魔石とは少し由来が別の物質なのだが、便宜上魔石と呼ばせて頂く――は、どうやら外部から外科手術的に埋め込まれたものというわけではなく、体内に存在する魔力と結合し結晶化する物質を取り込ませ、心臓付近で大きく成長させたものであることがわかった。


 言葉を選ばず乱暴に言ってしまえば結石のようなものなのだが、これもまた中々に厄介な存在だ。通りで先に解放された兵士達を見ていた医者から『思考能力や身体能力が元の状態に戻るまでに時間が掛かる患者がいた』と報告が上がってきていたわけだ……あんな物が自分の心臓を覆っている……なんて考えるとゾッとする。


 その厄介な魔石の説明をするために魔力についておさらいをしてみよう。


 この世界には様々な物質内に魔素というものが含まれていて、それを抽出・変換し、魔力とすることで魔力炉を可動させるエネルギーとなるわけだが、それは勿論大気中にも存在している。


 地球に生きる生物とこちらの生物達―魔獣も含め―の大きな違いは体内で魔素を変換し魔力に変えることが出来るか否かにある。


 動物や魔獣達は体内に備える魔石を魔素の吸収器官としていて、そこから魔力を得て生体エネルギーの一つとして使用している。


 人間の場合は魔石は備えないが、代わりに心臓の近くに魔素を吸収し、魔力として蓄えている器官が存在しているようだ。


 そこに溜め込まれた魔力は魔術や魔導具の使用により消費されていくが、使わなくとも自然と抜けるようになっている。


 ……が、その容量には個人差がある。


 古くはその器官が発達した者達が宮廷魔術師として活躍していたのだと、何処かで読み取った資料に記されていたが、魔術が途絶えつつ有る現在においては、それが役に立つのは魔力を使用し機体を動かすシュヴァルツヴァルトくらいのもので、それ以外の国では『身体が弱い者』扱いされてしまっているのが現状だった。


 なぜかといえば、面倒なことに魔力の貯蓄量と許容量が等しいわけではないからだ。


 雑に言ってしまえば、どれだけ胃袋が大きな大食らいでも、酒に強いというわけではなく、胃袋の容量いっぱいまで酒を飲んでしまえばとんでもないことになるわけで、魔力もまた無駄に溜め込んでしまうのは体調に影響がでてしまうのである。


 それを解消するのが吸魔草、マギアディスチャージの元となった薬草なのだ。先天的に魔力の貯蓄量が多い子供は、放出が追いつかなくなって体調に重篤な影響を及ぼしてしまう。なので、その兆候が出た際には早めに吸魔草で作った特効薬を飲み、強制的に魔力を散らしてしまうのだ。大人になれば放出量も増え、命の危険に及ぶほど重症になる事は珍しいため、ほぼ子供専用の薬と言って良いだろうな。


 かといって、その魔力も使いすぎてしまうとそれはそれで体調に影響を及ぼす事になる。どうやらこの世界に生きるもの全て、カロリーとはまた別のエネルギーとして身体を動かすのに魔力が必要らしいのだ。


 なので、調子に乗って魔力を使いすぎると魔力欠乏状態となってフラフラになり、枯渇させてしまえば気を失ってしまうのだ。


 魔力枯渇は直接命に関わるような事ではないが、戦闘中に枯渇させてしまえばとんでもない事になるだろうな。現在に於いてはロボット戦、大昔ならば魔術を用いた戦争等で枯渇してしまえば……これ幸いと敵兵に良いようにされてしまう事だろう。


 スレイブ被害者達の体内がどのような影響を受けているかといえば、魔力を貯め込む器官に集められた魔石が結晶化し、魔力量が多い者やスレイブ化してから時間が経ちすぎている者はそれが心臓にまで及んでいるという酷い状態になっている。


 その魔石は身体能力を低下させてしまうという大きなデメリットがあるが、本来の許容量を越えて魔力を蓄えることを可能とさせるメリットもある……メリットといっていいものかわからないがな。


 帝国式の機兵に乗っている割には随分と長く稼働させている物だと不思議に思っていたが、魔石というモバイルバッテリーのような物を内蔵していたとなれば納得がいく。


 しかし、本来体内を循環し、エネルギーとして使われるはずの魔力は全て魔石に吸収されてしまう。先に言ったとおり、こちらの世界の人間はカロリーだけではなく魔力も行動エネルギーとして消費するのだ。体内に魔力がありながらも、身体としては魔力が欠乏しているのと近い状態になってしまい、気絶までせずとも、意識が朦朧とし、正常な判断が取りにくくなってしまう。


 人間としては致命的な状態だが、スレイブとして操るには、これ以上無いほどに適した状態……というわけだな。


 どういう仕組なのかは分からないが、ルクルァシアはその魔石に干渉し、操る能力を持っている。それは天然の魔石を持つ魔獣にも有効であり、使役可能であることは以前の戦いからも明らかだ。

 

 知能が高い人間であればそれに抗い使役化を避けることも出来そうなのだが、魔力が枯渇して朦朧としている状態ではそれも叶わない。


 しかしこの魔石もそう万能なものでは無さそうだ。一定期間ルクルァシアの干渉から離れることにより自然と崩壊するのではないかと推測される。


 その根拠となるのは以前救出した帝国兵達だ。


 彼らはルクルァシアの干渉波が出ていたと思われるコクピットから離すことにより、眷属化が解除され、直ぐに目を覚ます者も僅かではあったが存在していた。暫くの間経過を見守っていると、個人差はあれど、やがて元の状態に近いまで回復し、通常の生活を送れるまでになったと担当医から報告を受けている。


 おそらくは体内で心臓を圧迫し、魔力の吸収を阻害していた魔石が消滅したのがその理由ではないだろうか。先に述べたとおり、意識や身体能力の低下が長く続く者も居たが、彼らですら現在は身体に何不自由なく、元の生活に戻れているそうだからな。


 しかし、おそらくはそれは仮初めの平和というやつでは無かろうか。


 干渉波を発生させている装置を破壊したとしよう。その影響下にあったスレイブ達は解放され、自我を取り戻すことだろうし、やがて体調も元の状態に戻って元の生活に戻れる事だろう。


 しかし、それをルクルァシアが知ればどういう行動に出るだろうか? 子供向けに若干甘い行動を取っているルクルァシアだが、逆に言えば子供向けロボットアニメはしばしば『上げて落とす』と言う事をやらかすのだ。


 やったぞ! 俺達の勝利だ! と、ボロボロになりながらも、なんとか強敵を討ち滅ぼして油断をして喜んでいると『なにを喜んでいる? まだ終わってはおらぬぞ』とばかりにやらかしてくれるのだ。


『な、なんだって……! さっき倒したやつが5体も!?』

『貴様らにとっては強敵だったのかも知れぬが、たかが量産機、遊び足りぬのであればいくらでもくれてやろう』


 ……と、苦労して倒した強敵が実は雑魚でした! と、ワラワラと現れ、なすすべも無く撤退――という展開はアニメに於いて良くあることだ。


 おそらくルクルァシアは第2第3の策を用意していることだろう。


 必ずしも装置を使って眷属化を維持するというわけでもあるまい。いざとなればルクルァシア自体がその干渉波を放つことだってありうる。奴が本気を出せば、大陸全土を覆うほどに強烈な干渉派だって放てるのでは無かろうか。そうなってしまえば、既に回復し、日常生活に戻っている元被害者達の体内に残留していた魔石生成体と反応し、再び魔石を生成して再使役……と言う事も十分にあり得る。


 魔石生成体をどうにかしない限り、彼らを真に救った事にはならないだろう。


 となれば……だ。


「スミレ、これまでのデータで作れそうか?」

「私を誰だと思っているのですか。少々オーバーテクノロジーな物質を服用して貰う事になりますが、それもやがて排泄されるように出来ますからね、何も問題ありません」

「流石俺のパートナーだな。よし、ではたのむぞ!」 

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