第四百五十三話 爆弾投下は唐突に

 スミレのナビに従いながらマシュー達が待つ兵舎付近に向かう。

 

 移動中、倒壊した建造物や怪我をして動けなくなっている住民、残念ながら助けることが出来なかった人々……等、多くの痛ましい光景をいくつか目にすることになり、自分がこの状態を作り出した一つのきっかけであろうと自己嫌悪に陥る。


 俺がこの世界に妙な技術を持ち込まねば、いや、俺という存在がこの世界に来なければ今もこの世界は平和なまま穏やかな時間が流れていたのではなかろうか。


 先の大戦だってそうだ。俺とスミレが眠っている間に起きたとされている大戦ではより多くの命が失われた事だろう。過ぎた力は毒となる。誰がどのようにしてこの世界に技術を広めてしまったのだとしても、その責任の元は全て俺に有るのだ。


 前向きな考えで誤魔化して来たけれど、やはりこうして実際に被害を目にする度、後悔するばかり。


 そもそも、ルクルァシアだって俺のオマケでこの世界に来てしまったのだろう? 俺のわがままで災厄も連れてきてしまったのだとなれば、俺はとんだ邪神だ。俺こそが真の邪神だよな……。


『それは違いますよ、カイザー』


 スミレが声に出さず、秘匿通信で話す。


『また君は俺の思考を……いや、それはいい。いいんだ、フォローなんてやめてくれ。これは本当に俺が悪いんだから。……かと言って、俺は腐ったりしないぞ。責任は責任としてきちんと果たす。それも含めて俺の役割なのだろうからな。だから何も心配は要らないさ。自分のしたことにはきちんとけじめを付けてやるさ』


 何度か自己嫌悪に押しつぶされ、腐りかけたこともあった。しかし、俺が腐ってしまったらどうなる。きっとこの世界は滅んでしまうことだろうさ。その不始末はきちんと片付けるのが筋だろう? だから最後まで責任を持って戦い抜いて、その後は潔く――


『いえ、ですから違うのですよカイザー。確かに貴方の……いえ、我々の介入がきっかけとなり、この世界は予定されていた流れから変異してしまいました。しかし、それはこの世界にとって必要なことだったのです』


『スミレ……? 待て、君は一体何を言っているんだ……?』


 スミレという存在は俺という存在を構築するOSにインストールされているアプリのようなもの……だと思っている。設定資料にそう書かれていたからな。


 スミレは独立した意思を持つ存在ではあるけれど、その記憶とも言えるデータは俺のストレージに記録されるようになっていて、俺の記憶とスミレの記憶はひとつ壁を隔てて同居……いや、隣の部屋にスミレが住んでいると言った方がしっくりくるな。


 俺もスミレも、互いの部屋に行き交う仲で、見られても問題が無い物は無防備に部屋の中に置いてあるわけだ。なので、時折スミレが俺の心を読んだような発現をしてみたり、面倒な説明抜きで意思が伝わったりするわけだ。


 ただし、真にプライベートな物に感しては、流石に俺もスミレも金庫の中にそれぞれしまっているわけで、そういった情報に関しては互いに見られないというか、存在すら気づかない、そう思って貰えばわかりやすいだろうな。


 俺に関して言えば、前世の記憶やうじうじと考えて居たような事がそれに該当するのだが、今となってはそれも全てスミレに筒抜けになっていて、秘密にしている事はもう殆ど無いと思う。


 スミレはどうだろうな。どうせいたずらの計画や、俺を驚かせるサプライズとか、そういう可愛らしい物が金庫にしまわれているんじゃないかな、そう思っているし、彼女の性格上、世界に関わる重要な秘密なんて物を知っていたら、金庫になんてしまい込まないで俺に打ち明けている筈なんだ。


 だからスミレが俺の知らない確信めいたことを黙っていたということはあり得ない。空気を読まず、唐突にそんな大事な事を言い出すのはあの神様的な存在……だけであるはずなんだ。だからこれはアイツがスミレの身体を借りて――


『いえ、ですから私ですよカイザー。あんな偉そうな者にシステムからだを貸すという悍ましい事は考えられませんし、もし強引にやろうものならその前に自らデータを抹消します』


『……君も大概だよね……もし、その時が来てもデリートは辞めてね。それで、どういう事なんだい? 俺達の介入が大切な事? 取りあえず詳しく聞かせてくれないかな』


『ええ、勿論ですとも。正直に申し上げますが、私も困惑しています。どうやらその偉そうな存在がいつの間にかストレージに仕込んで居たらしい隠しデータ……それがアンロックされた様なのです』


『隠しデータ……? 待ってくれ、俺はそんな物知らないぞ』


『アンロックされるまで巧みに秘匿されていたのですから当然でしょう。迂闊なカイザーならともかく、冴え渡っている私でも異物の存在に気付きすらしなかったのですから。

 まったく腹立たしいですね、こう言う事情があるならば、はじめから全てカイザーに明かしておけば良かったのに……。しかもそれを伝える役目を私に押し付けて逃げるだなんて、ほんと偉そうなだけでろくでもない存在です。まったく、意気地が無い……』


『待って待って! ひとりで怒ってないで俺にも詳しく話してくれよ。未だその隠しデータとやらが把握できない状況からして、俺にはアクセス不能な場所に有るんだろう?』


『ごめんなさい、カイザー。そうなんです! カイザーに直接読ませても良いだろうに、わざわざ私の口を通して説明しろと言わんばかりに……まったく、自分の口から言わないばかりか、私に説明をさせればカイザーも落ち着いて聞くだろうなんて浅はかな事を……――ごほん。失礼しました。単刀直入に申し上げますと、貴方がこちらの世界に来てから起きたことは……どうやら全て仕組まれていた事……のようですよ』


『全て……仕組まれていた……? ま、待ってくれ……なんだかめまいが……いやロボだからしないけどさ。数秒待ってくれ……今、私は冷静さを欠こうとしている』

『その台詞が言えるなら大丈夫そうですね。それで――』

  

 そしてマシュー達のもとに到着するまでの間、淡々とスミレが隠されていた神の目的を語ってくれている。異常に静かな俺とスミレにレニーが首を傾げているが……すまん、レニー、この話はまた後で……今夜皆が揃ってから改めて説明させてくれ……。俺にも事実を飲み込む時間が必要なんだ。


 俺という存在がこの世界に来たのは偶然といえば偶然で、あの神がわざわざ俺を指名して連れてきたわけでは無かったようだ。しかし、この世界に"招待"される者にはある程度の条件が必要だった。


 その条件を持つ者だけが、この世界に救いの手を差し伸べる事が出来者であり、滅びゆく定めの世界を癒やす特効薬となり得る存在なのだから。


 スミレの口からすべてを明かされた今、神に対する漠然としたイライラ感は若干収まった。これまでの事について少し怒っては居るし、納得がいかない部分もある。当然、俺がもたらしたことに対する責任もきちんと感じたままだ。


 けれど、事情がわかった今、真にやるべきことがわかった今。ストンと何かが心にハマる感覚がして、地に足がついたような気分――今までふわふわとしていた俺という存在がこの世界に受け入れられた――そんな気分になったんだ。


「カイザーさん! お姉ちゃん! もー、さっきからぼんやりとしてるけど大丈夫なんですか? ほら、もう着きますよ! 途中からお姉ちゃんのナビも無くなっちゃって大変だったんですからね! なんとか迷わず来れましたけど、ほんと美味し物、約束ですからね!」


「お、ああ、ごめんごめんレニー! ちょっとスミレとデータ分析に夢中になっていてな。肉でもパンケーキでも何でも奢ってやるから許してくれ」

「ごめんなさい、レニー。私としたことが少々夢中になってしまいました」

「ほんとにもう! 私じゃ無いんだからしっかりして下さいね?」

「ああ、善処するとも」

「次からは気をつけますよ、レニー」


 なんだか唐突にとんでもない事実を知る事になってしまったが、レニーと共に、仲間と共に戦って世界を守る。全てを知った今でもそれは決して変わらない大切な事だ。


 さあ、さっさと無力化作戦を終わらせて皆に打ち明けなければな。少々気が重いが……、前世の存在を受け入れてくれた彼女たちならきっと、きっと――

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