第四百四十七話 触手を絶つには

「キリン! シールド展開だ! 範囲は倉庫全域、そっくりぐるりと覆ってくれ!」

「ああ、任せてくれたまえ!」


 さて、これでひとまずの安全は確保された。思わぬ足止めを喰らってしまうことになったが、今はこうするほか無いだろう。少人数であれば、隙を見て脱出も不可能では無いが、連れて行く避難民の数は二百名を超えている。


 外では触手達が次々に暴走を始めている。仮に運良くそこをくぐり抜け港湾エリアから出られたとしても、きっとその先には騒ぎを聞きつけた敵機が駆けつけていることだろうさ。


 別働隊ステラに協力を頼むという手が無いわけでは無いが、彼らは彼らで救助活動を行っているはずだ。彼らの現在地は俺達の脱出経路からやや離れている。下手に呼ぶのは今後の作戦に支障を来すだろうな。


 なので、ここはこのまま倉庫でじっと隠れていて貰うしかない。シールドに保護されている以上、倉庫は触手から身を守る何より安全なシェルターとなるからな。


 キリンのイージスを使う以上、彼女やフィオラ達がこの場から動けなくなると言うデメリットはあるが、触手を掃討する程度ならキリンの護りが無くともなんとかなるだろう。


 ああ、そうさ。俺達までじっと中で耐え忍ぶ必要は無いのだ。


 ――俺達は打って出る!


「キリン達はこのまま倉庫の防衛を頼む! 残りのメンバーは俺に続け! 触手を無力化するぞ!」


「「「はい!」」」


 城の地下から地中を通って港湾エリアに抜けた触手は、そのまま海中へと潜り込み、頭を海底に突き刺してムシャムシャと資源を喰らっている。


 その頭をポカリとやったのがフィアールカだ。彼女はこの触手は潰さねばならぬと判断し、グランシャイナーの兵装にて次々と頭部の破壊をして回っている……らしいのだが、結果として地上はこの大騒ぎだ。


 俺たちが居る港湾エリアに露出し、大暴れしているのは胴体部分だ。頭と尻尾がそれぞれ海中と地中に潜り込んでいるたせいか、触手の中には巨大な縄跳びのようにバッタンドッタンと跳ね回っている物あってなかなかに厄介だ


 おそらく、この騒ぎはここだけに留まらないだろうな。きっと城の地下でも大暴れをしている事だろう。このまま放っておけばかなり面白いことになるだろうとは思うが、そうも言っては居られない。そもそも、あの城は不法占拠されているだけであり、この戦いが終わった暁には、きちんとナルスレイン返還されるわけなので、あんまり派手に破壊されるのも困ってしまう。


 さっさと大人しくさせないと……まずいよな!


 見た目から『触手』と呼んでは居るが、厳密に言えば内側が空洞になっている配水管型のロボットだ。フィアールカから送られてきたデータを見てなるほどよく出来ているなと唸ってしまった。頭部は掘削機となっていて、海底に眠る鉱物資源をガリガリボリボリとかみ砕き、体内に向けて飲み込んでいく。飲み込まれた先、同体部分にはコンベア状の可動部が有り、城の地下までガタゴトと長い道のりを運ばれていくようだ。


 まるでミミズの様なその機体ならば、地中は元より海中だって自在に動き回り、目当ての鉱物をもりもりと採掘出来る事だろう。気持ちが悪い姿をしているが……採掘ロボとして見れば中々優秀だ。うちの基地にも数機欲しいなと思ってしまった。

 

『ひゃー、いっぱいいるなあ。なあ、カイザー、こいつどうやって倒せば良い?』

『地表部分だけ切り落しても、また地中から這い出てきそうですわね……』

「む……たしかにな」

「カイザーはちょいちょい、こうやって無計画に飛び出すきらいがありますね」

「くっ……少し時間をくれ。直ぐに作戦を立てるから!」


『では私はフェニックスと共に周囲の警戒にあたってますね』

『うっし、あたいとミシェルは取りあえず出てる部分を潰して置くわ』

『ええ、そうしましょうか。切った側から這い出てこようとも、今居る分を潰しておけば被害は抑えられますものね』


「じゃあ、あたしもマシュー達を手伝いますね! カイザーさんはじっくり考えてて下さいね、身体はあたしにお任せです!」

「ああ、すまんが頼むぞ、みんな」

「頼りになるパイロット達で良かったですね、カイザー」

「くっ……」

  

 さて、無力化させるならば、そこはやはり動力炉を潰すのが早いだろうな。しかし、その動力炉はどこにあるのだろう? 頭部から胴体部分は内側が空洞になっているため、そんな物を置けるようなスペースは無い。ならば何処だろうと、考えた時に城の地下にやたらと大きな反応を見つけた事を思い出す。当初、それに気付いたときはルクルァシアの反応かと思ったのだが、じっくりと調べてみればどうも違う。


 ではなんなのだろうかと思って居たのだが、ここまで情報が揃えば間違いないだろう。その反応は触手達の本体、その内部にある巨大な魔力炉の反応だ。


 つまり、例の触手はミミズ型ロボでわけではなく、イソギンチャクのような物、巨大な本体から無数に触手を伸ばす採掘特化型のロボだと言うことになる。


 となると、だ。この触手達を完全に沈黙させようと思えば、城の地下に乗り込んで本体を破壊する必要があるのだが……そこまで向かうルートの確保は勿論のこと、今この状態で向かえるとは思えない。


 そもそもの話、城ではルクルァシアが待ち受けているんだ。奴と戦うにはまだ早い。まずは帝都の住民を避難させなくてはいけないからな。それが終わる前に奴が待つ城に行くというのは……まずいだろうな。


 ではどうすれば良いのだろうか、少々頭が痛くなりかけた時、ふっと妙案を思いついてしまった。


「待たせたな、みんな! これより作戦を伝える。マシューとミシェルはそのまま倉庫に近づく触手を牽制していてくれ! シグレは上空からの映像を送りつつ、俺の援護を頼む」


僚機達には引き続き触手の除去と周囲の警戒をしてもらう。俺はちょっとやることがあるんでな、彼女達に俺が作業をする時間を作って貰うのだ。


 触手をなぎ倒すマシュー達を横目に見ながら俺達は一時倉庫前まで待避。この様子なら暫くの間は邪魔をされずに済みそうだ。

 

「スミレ、ちょっと作って貰いたい物が有るんだが、今の君はどの程度まで可能だろうか」

「精製や大規模な装置の作成は出来ませんが、簡単な組み立て作業やちょっとした合成であればストレージ内で作業可能です」


「それは心強いな。これなんだけど……どうだい、作れるか?」


 採掘特化ロボを無力化するためのちょっとした兵器の図面をスミレに見せる……と言っても、俺とスミレは一心同体だ。データを共有領域に送り出すだけで相手に伝わるのだから便利な物だな。


。……もっとも、油断すると要らない情報までぬるりと共有されちゃってて、後からとんでもない辱めをうける羽目になるが。


 スミレはデータを難しい顔をして眺めていたが、どうやらなんとかお眼鏡にかなったようだ。


「なるほど……これを使いますか。いえ、幸い、サンプルとして確保しておいた素材は残っていますし、私のスペック的にも、カイザーの設備的にも、この程度であれば十分製造可能です」


「よし! それじゃあ悪いけど直ぐ取りかかってくれるかい」


「はい。お急ぎとのことですので、リソースを限界までつかいます。よって予定完了時刻は10分後となりますので、その間はくれぐれも油断せぬよう、周囲の警戒に勤めて下さい。レニーもレーダーに頼らず、きちんと目視で見張っているんですよ?」


「……善処する」

「う、うん! がんばるよ、お姉ちゃん!」


 カイザーという機体が本来行う作業ではない生産作業だ、通常動作と比べて多くのリソースを消費する。そのリソースを回せば回すほど作業効率は上がり、結果として兵器の完成は早くなる。


 逆に言えば作業中に戦闘行為等で動き回るとその分作業効率が下がり、予定完了時刻より余分に時間が掛かる羽目になるし、レーダーなんてもってのほかだ。幸いな事に俺には心強いパイロットと、僚機達が居る。機内からはレニーの目で、空からはシグレとフェニックスにそれぞれ周囲の警戒をして貰う事が出来る。


 もしもこちらに近づく脅威が発見されてもミシェルとマシューが居る――


 ――触手達に知能があるとは思えないのだが、家電やパソコンのような無機物であっても、時に空気を読むことがある。


 触手共が3つ、此方に向かっているのをレニーが発見した。触手はこちらを判別して動いているわけではなく、ただ出鱈目に動いているだけだ。よって、跳躍して躱し、反撃でもすれば容易く対処出来るのだが……今この状態でそんな真似をしてしまえば予定完了時刻は倍以上膨れ上がってしまう。

 

 このままじっとしていれば、間違いなく触手の攻撃を食らってしまう。ただの触手とは言え、中々に巨大なものだ。あの質量の鞭打ちというのは流石に受けたくは無い。


 かといって、俺は動くことが出来ない。しかし、先ほども述べたように、俺には頼もしい味方がいるのだ。さあ、触手が接触するぞと言う直前でそれらが派手な音を立てて殴り飛ばされていった。


『すまねえカイザー! レニー! ちょっと漏らしてしまったわ!』

『私も気付くのが遅れました! カイザー殿、スミレ殿も申し訳ない!』

『カイザーさん、なるべく援護しますのでもう少し耐えて下さいな』


「ありがとう、助かった! 余分に負担をかけることになるが……あと少しだけ手伝ってくれ!」


 完成予定時刻まであと7分。短いようで長い時間だな……。


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