第四百四十六話 迎えを待ち
倉庫エリアに避難していたのは計203名。眷属達による"採取活動"が本格化し、街で暮らし続けることも、逃げることも難しいと判断した彼らは倉庫内で息を潜めて今日まで隠れ続けてきたらしい。
約一ヶ月もの間、倉庫に隠れ続けたにしては特に体調が悪化している様子も無い。それを不思議に思ったらしいマシューが住人に質問をしていたのだが、言われてみれば至極当然な条件がここには揃っていたようで……。
彼らにとって幸運だったのは、避難先に選んだ場所が倉庫だったという事だ。ここは帝都シュヴァルツバルトの港エリアで、ずらりと立ち並ぶ大きな倉庫には帝国領内各地から運び込まれた資材が山と積み込まれているそうだ、
この倉庫にもまた、帝国北部のスタンダーチから運び込まれた物資が大量に保管されていた。その物資というのは食料だ。帝国屈指の農業地帯であるスタンダーチから、麦やジャガイモ、人参などの野菜は勿論のこと、軍用に生産されている堅パンや、ベリージャム、そしてオマケとばかりに魚の干物や干しぶどう等も積み上げられていたのであった。
下手に火を使えない状況に置かれているため、戦闘糧食して製造された食料は非常に有り難かったという。しかし、それでも万全では無く、倉庫内でまかなうことが出来ない物もあった。
そう、食料よりも重要と言える水である。塩からい干物や、口がバサバサになる堅パン等を食べれば水分を欲するわけだ。
エールやワイン等の酒もいくらか積んであったらしいのだが、酒を飲んだら流石に水も欲しくなるわけで。そもそも、全員が等しくアルコールを摂取可能な体質というわけでも無いし、避難民の中には子供も居たのだ。アルコールだけで水分をまかなうというのは少々厳しい物が有った。
背に腹は代えられぬと、立ち上がった有志達が定期的に水を調達に出てくれたらしい……のだが、その生還率は非常に低く、これまでに少なくは無い人数が音信不通になっているそうだ。
「カイザーさん……あんたら、外で戦って来たんだろう? なあ、その中に……もしかしたら俺達の知り合いがさ……」
「消えた連中がおかしくなって人を攫うようになってるって噂になってんだ。これまであんたらがぶちのめした奴は……どうなったんだ?」
不安げな顔をする住人達。これまで交戦した
「君達が言うとおり、帝国を簒奪した邪悪な存在によって国民は拐かされ、洗脳されて奴らの兵力として良いように使われている。噂は間違いでは無く、真実だ」
「だったら……攫われた連中はもう……」
「いや、大丈夫だ。それを無力化し、正気に戻す秘策を俺達は持っている。これまでに交戦した相手は既に心身共に回復済みだ」
「お、おおお……それじゃあ、帝都は……この国は助かるんですか?」
「ああ、勿論だとも! 現在ナルスレイン陛下が率いる部隊が別働隊として帝都奪還のために動いている所だ。陛下の指揮の下で作戦にに当たっているのはステラと名を変え、搭乗機体も変わっては居るが、君達が良く知る黒騎士団の面々だ。あのジルコニスタもここに来ているんだ、俺達が負ける要素など何処にも無いぞ」
「そ、そうだ。カイザーさん達がここに来た時に殿下の演説が聞こえたんだった」
「ジルコニスタ様は無事だったんだな! それなら勝てるぞ!」
わあっと歓声が上がった。攫われた者達が一体どういう状態になっているのか分からなかった彼らにとって、被害者たちは既に死んだ者と等しい扱いになっていた。
家族や親しい友人が攫われた者も少なくはない。それが助かるのだと知らされて喜ばない筈が無い。
その喜びに水を差したくはなかったが、操られている状態で戦死してしまっている可能性も念の為話しておく。しかし、そうはさせないために作り出したのがマギアディスチャージだ。俺達の目が届かない所で起きた戦闘に対してはどうしようもないが……少なくとも、この帝都内での戦いにおいてはマギアディスチャージによって無力化され安全に保護をする事が可能だ。
「さて、今後の君達についてだが、ここを出て一時的に帝都から避難してもらおうと思っている」
「避難か……出来る事ならしてえが、ここ以上に安全な場所なんか……あるんですかい?」
「ああ、ある。それにいつまでもここが安全とは限らない。全ての元凶との戦いが始まればここも巻き込まれてしまう可能性があるからな」
「しかしなあ……移動中に奴らが来たらどうすればいい? あんたらは強いだろうが、俺達には機兵がないし、戦えない女子供も沢山居るんだ、囲まれてしまえばとても逃げ切れねえぞ?」
「それについては心配はいらない。迎えが来ることになっているからな」
「……迎え?」
現在こちらに向かっている大きな反応がひとつ。俺が呼んだ
◆
迎えを待つ間、引き続き避難民達と情報交換をしていると……通信が届いた。
『こちらフィアールカなの。そっちの事情は把握しているけど、お片付けが先なの』
そう、迎えというのはグランシャイナーの事だ。二百名という大人数では有るが、ただ乗るだけであれば十分に可能……詰めればもう三百名くらいは搭乗可能……いや、そこまでぎゅうぎゅうに詰め込もうとは思わんがね。あくまでも出来るとという話だな。
「お片付け……ああ、海底の"ゴミ拾い"か……」
『そうなの。アレはほっとくとダルいことになるの……帝都の敵影は皆ステラに夢中だから、カイザーたちはもう暫くそこで遊んでるといいの』
「遊んでろって……まあ、わかったよ。フィアールカ、気をつけてな」
『カイザーこそ気をつけるの。ではまたなの』
と、通信を切って間もなくフィアールカの"作戦"が始まったらしい。
フィアールカの位置は俺のレーダーでも補足できる。帝都からおよそ5km沖合に居るようだ。此方に向かっていると思っていたが、その道中もちょろちょろと移動しながらゴミ拾いとやらをしていたようだ。
流石にここからでは様子はわからないし、フィアールカが実況をしてくれるわけでもない。とりあえず周囲に注意を払いつつ、集めた避難民達に温かいスープを配るレニー達を眺めていた。
食べ物と水はあったとは言え、倉庫内で煮炊きをする事は出来ない。魔導具なんてものが都合良くあるわけでもなく、煮炊きをしようとすれば焚き火をする必要があった。
しかし、焚き火となると火災の心配があるし、なにより閉め切った倉庫内で煙を上げれば酷い事になるのは目に見えている。それに、外に煙が流れれば流れたで敵に見つかる心配もあった。なので、今日まで彼らは携帯食と水でなんとか凌いできたわけで。
そんな状彼らの前に突如として暖かなスープが現れたらどんな反応をするだろうか。脈絡無く、唐突に鍋に、しかも暖かな湯気を立てるそれに驚く……事は無かった。突然大鍋が洗われるという、異常に気づく前にスープの香りにやられてしまったからである。
「たっぷりありますからねー、まずはスープを食べて元気出しましょー!」
「メシを食わねーと元気でねーからな! も少し元気出たら肉とか肉もだしてやるからな!」
「なぜ肉と2回いったでござる!?」
レニー達から配膳されたそれを受け取った人々は涙を流しながら食べていた。
「なんだか……こうして温かいものを食べていると本当に助かりそうな気がしてくるねえ」
「気がするじゃなくて、助かるって俺は信じてるぜ!」
「そうだな、カイザーさんも殿下も黒騎士だっているんだ、それにこの女の子達もSランクハンターらしいじゃねえか!」
「マジかよ!? 久しく他国に行ってねえが、余所の国は今どうなってやがんだ!? 喋る機兵に強い女の子って……最高じゃねえかよ!」
「みーんな私達が助けるからね。もう少し我慢してね」
避難民達の言葉に顔を赤くし、壁の方を向いたレニーが小さな小さな声でぽつりと言った。
……と、暫くの間、子供達にお菓子を配ったり、今まで寄った街の思い出を語ったりと、穏やかな時間が流れていたのだが――
ズズズズズン……と、突如として周囲から大きな音が聞こえ、それと共に大きな振動が倉庫を揺らした。
「キャーーー!」
「なんだ? 奴らが、や、奴らが来たのか!?」
「これは……いや、違うな。迎えが来たというわけでは無さそうだ。フェニックス、状況を報告してくれ!」
シグレをおろし、単独で警備にあたっていたフェニックスから報告とともに映像が届く。
『すまぬカイザー殿! 目を離した隙に大変な事になっていたでござる! これは一体何事でござろうか!』
「大変なのはこれを見れば俺もわかるが……」
音と振動の正体は巨大な触手。港湾エリアを所狭しと這っていた黒く巨大な触手達が、ビタンビタンとのたうち回っているのがその原因だった。なぜ、触手がこんなに暴れ回っているのか? その犯人の見当はついている……!
「フィアールカ! おい、フィアールカ応答しろ! 一体何をやらかした!? こっちは大騒ぎだぞ! おい、応答してくれ! フィアールカ!」
『うるさいのよ……むー? 状況を確認……ああ、なるほどなの。頭を潰したから痛がって暴れているのね。ほっとけばおとなしくなるの……けど、危ないようならそっちからも叩けばもっと早くおとなしくなるの』
「お前な……先にいっておいてくれよ……」
『ごめんなの、カイザー。私もこんな事になるとは思わなかったの』
「くっ……あざとい仕草で誤魔化しても……いや、そんな場合じゃない!」
倉庫付近にも勿論多数の触手達が蠢いている。このままでは避難が始まる前にここが潰されてしまうぞ!
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