第四百四十五話 拐かし

 フィアールカとの通信を終えた我々はレーダー反応を頼りに住人達を捜索した。建物に隠れる人々の位置がわかるとはいえ、ばらけている人達を1人ずつ拾っていくのは中々に骨が折れるだろう。しかし、今回の場合はそう面倒な事にはならなかった。


 なぜならば、港湾エリアに居た住人達が、港の倉庫奥深くに避難していたからである。常日頃から何か避難訓練でもしていたのだろうか? なんにせよ、ありがたいとさっそく救助に向かったのだが、扉越しに声をかけても返事は無く、扉は固く閉ざされたままだ。


 レーダー反応を見るからに、どうも倉庫の奥から動いていないようだ。もしかすれば衰弱しているのではないかと、緊急処置として俺が力任せに扉を開き、降機して備えていたパイロット達を中に入れたのだが……。


「ヒイイイイ……とうとう俺達の元にもお迎えが来やがった……」

「頼む! 子供だけは助けてやってくれ!」

「おしまいだよ! こいつらには言葉なんて通じねえ。魔獣のがまだ話がわかるよ!」


 突入したレニー達パイロットは特にヘルメットをかぶっているというわけではなく、素顔をそのままさらけ出しているのだが……メリメリと扉をこじ開けたのが不味かったのだろう、連鎖的に恐慌状態になってしまったようで、誰一人として冷静な判断をする者は居ない。


「お待ちください、違いますわ! わたくし達は貴方達の救助に……!」

「ひゃあああ! 甘い言葉で俺達を誘う悪魔め! あっち行けえええ!!!」


 一体彼らはどれだけ怖い思いをしたのだろう。優しい声で近づくミシェルを怖がり、蜘蛛の子を散らすようにフラフラと逃げていく。


「こらー! あたい達は悪魔じゃないぞ! 助けに来たんだって言ってるだろう!」

「ひいい……悪魔が怒ったぞ……もうおしまいだあ!」

「マシュー……怒っちゃだめだよ、悪化しちゃったじゃないの!」

「お団子をあげますから、どうか落ち着くでござるよ」

「妙な語尾だ……きっとその団子とやらは俺達を使って作る気なんだ……」


 もう、誰が何を言っても同じ反応しか返ってこない。まずいな、このままでは救助どころではないぞ、収拾がつかない! これはほんと、どうすれば良いんだ? 頼みの綱のスミレ先生も眉間を指で揉みほぐしながら渋い顔をしているし……やばいな、誰でも良いからなんとかしてくれ!


 ――と、天のアレにすら祈る気持ちで念じた時、救世主の声が倉庫に響き渡った。


『狼狽えるな! 帝国の民達よ! そこの者達は我らのために帝都奪還に立ち上がってくれた連合軍の者達だ! 彼女達の顔をよく見るが良い。どうだ、これが人を食らう悪魔に見えるか? いいや、きっと慈愛に満ちた女神の様な顔に見えるのでは無いだろうか。

 彼女達こそが帝都を……いや、帝国を救いに降り立った救世主だ! 特にそこの白い機兵、カイザーは機神である。白き機兵は神に等しい存在、機神である。どうだ、落ち着いてくれただろうか。うむ、良かろう。ならばこれよりカイザーの言葉を神の言葉と思って従いたまえ。良いな!』


 ナルスレインの声が、演説が怯えてパニックを起こしていた民衆を包み込んだ。彼はしばしば国民に顔を見せ、声をかけては国の様子を聞いていたのだという。つまり、帝国民にとってナルスレインの声は聞き慣れた物。


 いつ眷属にやられてしまうか……という状態で聞き慣れた王子様の声が聞こえたら、それも助けに来たのだと言われたらどうだろう。呆気にとられた顔で声に耳を傾けていた人々は、徐々に現状を受け入れ始めて。演説が終わり、5分もする頃には避難民たちに落ち着きが戻り始めたのだが……うん、ちょっとまって欲しい。


 ナルスレインとは現在別行動中で、まだ港湾地帯こちらの状況を報告していない筈だ。それに、あまりにも良すぎるタイミング……まるでこの場で見ているかのような正確さだではないか。


 というかだな……俺を持ち上げ過ぎだっていうか、最後辺りなんだかとっても雑になってないか?


「……キリン……お前だろう? お前がやったんだな?」


『ふふふ……良くぞ見破った。どうだい、七色の声を持つ私の秘技は』


 何が七色の声だ。大方これまでに収集していた音声データを元にセリフを合成したんだろうさ。しかし恐ろしい技を持ってるな、コイツ。最後辺りボロが出てしまっては居た者の、声や喋り方の違和感は殆ど感じられなかったからな。


 キリンがもう少し真面目にやっていれば、疑うような条件下でなければ俺だって騙されていただろうな。声を聞いて偽物だと見破れるのは、幼い頃から彼を世話しているようなメイドやら執事、それにジルコニスタくらいのものでは無かろうか。


 中々に恐ろしいネタを披露してくれたキリンだったが、今回に限って言えば助かった。怯える子供を安心させられるのは、優しき親の声では無かろうか。帝国民たちにとってナルスレインは親も同然だ。


倉庫のあちらこちらに散らばってしまっていた人々が、ゆっくりとこちらに戻ってくる。心を落ち着け、冷静になったのだろう、なんだかばつが悪そうな顔をしているが、俺のやり方も悪かったのだ、そう申し訳なさそうにしないで欲しい。

 

「外の様子からして大方予想はついているが……何があったのか、君達が話せる範囲で教えてくれないか」


 怯えさせないよう、優しい声で帝国民達に尋ねてみると、ぽつりぽつりと急激に変貌してしまった帝都について教えてくれた。


 彼らの口からリレーのように語られたのは、俺達が知ることが出来なかった空白の一ヶ月間を埋める重要な情報だった。


 帝都を脱したナルスレインは秘密裏に我々のもとに辿り着き、俺達と共に帝都奪還の準備をしていたのだが、その大きな助けとなっていたのが帝都に残した諜報部隊から届けられる報告だった。


 とは言っても、流石にルクルァシアに近い場所の情報を探ることは難しい。なので街の様子や軍の動きなど、帝都に現れる僅かな変化について定期的に報告を入れてくれていたのだ。しかし、その情報もバカには出来ない。見えない物が見えるというのはそれだけで有りがたいものだ。得られた情報を元にして、こちらへの進軍の予想日時を割り出してみたり、帝都内に残存する帝国民の数をざっくり把握出来たりと、それはそれで作戦立案の力になってくれていた……のだが、ある時からプッツリとその情報が途絶えてしまった。


 それが大体ひと月前の事だ。


 その頃、俺達はと言えば、グレンシャ村での用を済ませ、連合軍本拠地である神の山に向かったり着陸出来なかったりと……していたあたりだな。


 そしてアラートが鳴り響き、我々が帝都に向かう事になった日が12月8日、12日前のことだ。


 倉庫に逃げ込んでいた人々の話しによれば、ある時から街を歩く機兵の数が増えたのだという。それも、兵士が乗るクーゲルでは無く、騎士団が乗るシュヴァルツだ。帝国民にとって憧れの象徴でもあるシュヴァルツだ、街の人々は好意的な目を向けていたのだが、それも最初だけだった。


 そのシュヴァルツは騎士団が乗り込んでいるとは思えぬほど乱雑な行動が目立った。路上に置かれた屋台や樽などを破壊してみたり、馬車が通る道にはみ出して衝突してしまったり。挙げ句の果てに市街地の家屋を破壊してみたりと……それを1機2機ではなく、少なくは無い数がやらかしていたのだと言うからたまらない。


 その事について、直接苦情を入れられるような肝が据わった人は居ない。相手は騎士様なのだ、いくら皇太子殿下の人柄が良くとも、貴族連中皆がそうだというわけではないのである。平民が騎士に苦情を入れるなど、首を切って下さいと言うに等しい。その辺り、前時代的なのがシュヴァルツバルトなのだ。。


 しかし、それでもこのままではたまらないと、街を護る兵士にそれとなく、何とかならないものかと相談をしてみたらしいのだが……彼らもまた、この状況に頭を悩ませていたらしい。


 帝国は軍と騎士団、そして黒騎士団と、3つの組織が国家防衛に努めている。軍に所属する兵士というのは、勿論他国との戦争が始まった際に国家を護るために戦うのが仕事なのだが、長らく戦争という物が起きていなかったため、軍の2/3程の人員は、地球で言うところの警察のような役割、主に治安維持の仕事に回され、帝都内は勿論のこと、帝国内の村や街などに派兵されているのである。一応は帝国直属の組織では有るのだが、長きにわたって勅令が飛んでくることが無かったため、完全に治安維持のための組織になっていて、指揮系統もほぼ独立した半民営組織の様な具合になっているそうだ。


 それに対して騎士と言う存在は完全に帝国直属の組織だ。勿論、彼らも戦争となれば軍と共に戦地へと向かう事になっているのだが、軍と同じく、長らく戦争が発生していなかったために、現在は各地を回って魔獣の討伐をするという、それはそれで重要な任務にあたっていた。トリバやルナーサと比べて魔獣が少ないとは言え、それでも各地で被害が発生してしまう。北へ南へ東へ西へと、討伐部隊は日々忙しく帝国領内を駆けずり回っているのである。


 しかし、あくまでも彼らの配属先は帝都なのだ。地域に根ざして年単位で任務に当たる軍とは違い、任務が終われば帝都に戻る。帝都で暮らし、任務があれば各地へと出張する、それが騎士という存在なのである。


 未だ貴族という物が生き残っている帝国である。騎士という時点で最低でも騎士爵を得ている。そのためいくら騎士の下っ端と言っても平民である兵士よりは当然身分が高く、いくら軍のお偉いさんであっても、爵位を持って居ない限りは命令系統で負けてしまうらしい。


 そして帝国軍に所属し、爵位を持っている者となれば本当の上層部に居る存在であり、街で国民の声を聞くような機会など殆どないわけだ。


 つまり、泣き付かれた兵士というのは平も平、なんの権力も持たない平民である。騎士様達が妙な事になっているのは当然承知していたが、だからといって現場に居合わせたとしても文句を言えるはずもなく。上に報告を上げてはいるが、なしのつぶてで頭が痛いのだと、こぼしていたそうだ。


 ちなみに黒騎士団は皇帝直属の部隊であり、彼らであれば騎士達に制裁を加えることも可能なのだが、洗脳の影響を受けずにすんだ黒騎士達は、そんな事になっているとは知らずに連合軍の基地に控えていたわけだ。叱る者が居ない悪ガキ共はこれ幸いと大暴れしていたわけで、どうしようも無かったとは言え、なんだか申し訳無い気持ちでいっぱいだ。


 とはいえだ、おそらくはその暴走まがいの怪しげな動きをしていた騎士団機というのは眷属、もしくは眷属化した機体で間違いないだろう。もしかすれば中には周りの雰囲気に流されて素行が悪くなったアホも居たのかも知れないが……動きが怪しいシュヴァルツは日に日に数を増していったらしいからな。


「……妙な騎士さん達が好き勝手やらかしたせいで街はひでえもんでしたけどね、それでもまだ今よりだいぶマシだったんだ。店も当たり前に開いてましたから、その日も仕事帰りに行きつけの店にいっぱい飲みに行ったんでさあ。そしたら……――」


 思い出すのも嫌だという表情で語られた話によると、その日は『飲み仲間の男が店に現れなくなった』という話題がでたそうだ。居ない方がおかしい程に通い詰めていた男がもう五日は現れない。珍しい事もあるものだなと、軽く心配をしてみたものの、どうせ酔っ払って怪我でもしたか、とうとう奥方様から禁止令がでたんじゃねえのか、なんて具合に話は流れ、その日はそれで終わったらしいのだが。


 翌日、今度は別の常連の姿が消えた。先に現れなくなった男を含め、その店にいるのは『何時も居るメンバー』と馬鹿にされるレベルで通い詰めている連中だ。普通であれば、一日くらい顔を出さない程度なら別に気にもされない。けれど、昨日の今日である、彼はなんだか不気味に思ったそうだ。


 そしてどうやらそれは男の身内だけの話では無かった。気のせいだと思っていたが、どうも街の住人たちが数を減らしている様に感じる。先の戦争の関係だろうか? ルナーサに攻め込まれるのを畏れた人達が田舎に引っ込んだのだろうか? もしかすれば飲み仲間の連中も田舎に逃げたのだろうか、だったら挨拶も無しに水くさい連中だぜと、思っていたらしいのだが、ある日その予想が誤りであったと解らせる出来事が、住民失踪の真相となるモノを目撃してしまった。


「忘れもしねえ……あの日俺はアホみたいに飲んじまいましてね……いや、いっつも飲んでは居るんですが、その日はもう、むしゃくしゃしてしこたま飲んだんでさあ。

 店のオヤジに『いい加減出て行け』と怒鳴られ、なんだこの野郎と目を開けてみれば……まあ、深夜です。とっくに店はしまっていて、オヤジも片付けが済んで帰るところだったんですわ……で、オヤジと別れて家に向かっていたんですがね……そこで妙な物音を聞いちまって……」


 男によれば最初は酔いからくる幻聴や幻覚ではないかと思ったらしい。というのも、騎士団が乗るシュヴァルツが道を歩く街の人間を捕獲し、何やら箱に入れて居るところを目撃してしまったからだ。そしてまずいことに、そうこうしているうちに、さっき別れた店のオヤジが攫われているのも見てしまった。


「わりぃ夢だと思ったし、それなら良いなと思って店に行ったんですがねえ」 


 ……翌日、いくら待っても開かない酒場を見てそれが事実だったと察したそうだ。


 そして騎士団が人さらいをしているという噂と、攫われた者達も機兵に乗って人攫いをするようになるという噂が帝都に流れ……。


 やがて遠慮がなくなった『騎士団』達が昼夜問わずに人攫いを始めたことから噂は完全に真実となり、帝都の住人達はこの倉庫の連中のように身を隠す様になった。何しろ脱出しようにも街にはうようよとシュバルツが彷徨いているのだ。下手に逃げようとしたらたちまち使ってしまうため、こうしてじっと息を潜めていたのだという。


 何故わざわざ各地を回って人さらいをしているのかと思っていたが……帝都ではもう楽に攫うことが出来ないから、そういう理由だったか……。


 しかし、てっきり兵士や騎士だけを攫っているのかと思っていたが、無差別に攫っていたとはな……パイロットに適合しないような人間までさらってどうするつもりなのだろうか。


 ルクルァシアが何をしたいのかはどうもさっぱり分からないが、この状況を考えるにほっておくとろくでもないことになりそうだな。

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