第四百四十四話 港にて

 先行して港湾地区に入っているフェニックスより映像が届いたが……これは中々に酷い有様だ……。


 本来であれば港の床面が見えているだろう場所を多数のどす黒い触手が、人間などすっぽり収まるくらいに太い触手が所狭しと這っているのである。同じ映像を見たパイロット達も絶句し、言葉を出せなくなっている。いやあ、中々にSAN値をえぐられるぞ、これは……。


 この禍々しい触手はどうやら海中に向かって伸びているようだが……念のためのフィアールカに調べてもらうとしよう。


「カイザーだ。フィアールカ、頼みたいことがあるんだが、リソースに余裕はあるか?」

『フィアールカなの。下の方は落ち着いてきたから平気なの。どうしたの?」

「それは良かった。実はな…………」


 と、事情を説明すると『ちょっとだけ……20分くらい待って欲しいの』と、通信を切られてしまった。これから触手に向かってがっつりとスキャンをかけるそうで、少しでも余分なリソースを減らしたいとの事だ。


 本来のフィアールカであれば通信をしながらのスキャン程度なら軽くこなせてしまうのだが、ご存じの通り、現在フィアールカは2体に分離しているわけだ。おまけにグランシャイナー側のフィアールカの方に集中してリソースを割いているため、ポーラ側は絶えずリソースがカツカツで、ちょっとした仕事を熟そうとすれば、マルチタスクが不可能になってしまうらしい。


 パソコンで例えれば、メモリ32GBのうち、地上で使っているのが24GB、宇宙側が8GBと言った具合だな。しかし、地上側は他のPC(キリン)があるため、普通に考えればそこまでメモリを割く必要が無いはずだ。


 ならば、なぜアンバランスなリソースの割り振りをしているのか気になり、フィアールカに聞いてみようと思ったことがあったのだが、なんとなく彼女が素直に話してくれないのではと言う、予感が走り、ならばと口が軽そうなキリンからその理由を探った事があったのだが……。


 それは特に戦略的に有利だとか、運用上の問題であるとか、そういうお堅い理由では無かったのだ。どうやら義体を動かすリソースを割けば割くほど人間的な五感をより繊細に感じやすいらしく、美味しいものを食べたり、楽しく遊んだりした時のデータ思い出をしっかりと残したいのでは無いかと言う事であった。


 長年ソラで寂しい思いをしていたわけだからな。人と触れ合い、美味い食事を摂り、本を読んだり、フィールドワークをしたりと、フィアールカにとって地上は天国のような場所なのだろう。それを思う存分味わいたいという気持ちは理解出来る。俺もルゥを手に入れた際には天にも昇るような気持ちだったし、作戦行動時以外は……ルゥで居ることの方が多いからな……折角ロボに転生したというのにこれだもの。やはり食事という楽しみはかけがえの無い物なのである。


 しかし……それとこれとは話が別だ。やっぱりこういう時に不便なので、せめて緊急時にはリソースを少し上に返して貰いたいよなあ……。


 足を止め、フィアールカからの通信を待っていると……なんと5分もしないうちにフィアールカから通信が入ったではないか。随分と早いなと思ったが、これはフィアールカ違い、地上のフィアールカからの通信であった。


『ポーラのフィアールカじゃ無くて残念だったの。グランシャイナーのフィアールカなの』

『……なんだかややこしいが……どうした? 何か問題でも起きたか?』

『あっちのフィアールカとは並列化しているから事情はわかってるの。上のフィアールカから改めて連絡が入ると思うけど、ここが終わったらそっちに向かうの! お手伝いが必要なの』


「ちょっと待ってくれ、一体何が見つかったんだ? と言うか並列化してるなら君が話してくれてもいいだろう?」

『だめなの。上のフィアールカのお仕事を取るのは可愛そうなの。じゃあ、そういうわけなの!』


 有無を言わさず通信を切られてしまった……というか、わざわざわけて連絡する意味が本当にあるのだろうか? なんだか上のフィアールカに気を遣っているかのような態度を取っていたが、どっちにしろ自分だろうに……。


「カイザーで言うところの子馬のような物ではないでしょうか。子馬は貴方とリンクしてはいますが、自立行動を取って貴方の意思と関係なく動く事がしばしばありますからね」


「むう……。いや、ルゥに独立した意思を持つ第二の俺が入っていると考えれば……わからんでもないか。並列化によって記憶が共有されているとは言え、ルゥはルゥ、カイザーはカイザーという状態になっていれば……まあ、確かにルゥの口から聞いてやれと言うかもしれんな」


 なんだか頭がゴチャゴチャしてきた……。人間の体であればまずあり得ない話しだからな。かといって、この体であっても魂的な物は入っていると思うんだ。となれば……だ。実際に自我が芽生えてしまっている馬の俺は一体どういう存在なのか……ああ、これはだめだ考えれば考えるほどドツボにはまる奴だ……。

 

 クラクラしてきた所でポーラから連絡が入る。


『お待たせしたの。下のフィアールカが思わせぶりな事を言ってごめんなの。でも、これはカイザー達だけの手には負えないの……』

「だから一体何が見つかったんだ? お前まで思わせぶりなセリフだけで終わらせないでくれよ」

『下のフィアールカと一緒にしないで欲しいの! 甘味につられた愚かなフィアールカと……それは今はいいの。それより……――』


 ――フィアールカからの説明により俺の疑問は融解した。なるほどそういう事か……いや、ある程度予想してはいたけどな、まさかここまで大事になっているとは思いもしなかった……。


 フィアールカは構造スキャンだけではなく、地上を這い海に垂れ下がっている触手の出所と行き先の調査もしてくれたそうだ。それによると、触手の出所は城の地下に存在する大空洞。流石に地下まではハッキリとスキャンすることは出来なかったらしいのだが、それでも場所を特定出来たことは大きいな。そもそも、そこで何をしているのかという疑問は海側のスキャン結果で大方検討がつくのだから。


 海に伸びた触手の行き先、それは海底だ。


 ポーラのフィアールカの依頼を受け、地上のフィアールカは周囲の海中を探るため、予めグランシャイナーから投下していた自立センサーを使用して海底の綿密な地質調査をしたそうな。


 僅かな時間でよくもまあと驚いたが、元々周辺海域の調査をしていた関係でデータを揃えるのが容易かったのと、既に此方に向けて移動中だったため、海上まで急行出来たとのことだ。


 そして出てきた分析結果をみれば……なるほど納得だ。シュヴァルツヴァルト近海の海底には広大な鉱脈が広がっているようで、どうやら触手はそれをせっせと集めているらしい。


『ドローンの映像を見て寒気がしたの! 触手が……ムシャムシャと鉱石を食べているの! き、きっと触手の内側を通って城の地下まで運ばれていくのよ……悍ましいの……気持ちが悪いの……』


 大量生産されている機体はどこから来たのだろう、その疑問の鍵は恐らくこれが正解だろうな。海底で素材を集め、城の地下に運び込む。城の地下にはルクルァシアか、製造特化型の眷属なんか居て、集められた素材を元にシュヴァルツの模倣品を製造するのだ。


 鹵獲した眷属機を調べてみたが、得体の知れない物質から作り出された様なまがい物では無く、模倣品とは言えきちんと鋼材等を使って作られた物だったからな。


『これを潰せば大打撃を与えられると思うけど、思った以上に規模が大きいの……。ここまでの物は流石にカイザー達の手には余るの、だからここはグランシャイナーのフィアールカに丸投げしてやるといいの。幸い、港は触手がある以外には静か、敵機の存在は確認できないの。カイザー達はグランシャイナーが到着するまでに住民を集めて避難準備をしておくの』


「ああ、わかった。では、また後でな、フィアールカ」

『うん、またなのよ、カイザー』

 

 どうやらこの周辺に隠れているのは逃げ遅れた作業員達のようだ。敵機が居ないのは幸いだったな、鬼の居ぬ間のなんとやらだ。今のうちに急いで救助しよう。

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