第四百三十八話 桜舞う

 凛とした姿……そう例えるのが相応しいのではないでしょうか。ウロボロスよりも若干逞しくなってはいるけれど、変わらずスラリとした女性的な色気を漂わせるヤマタノオロチ。


 元の紅い機体に黄色の模様が入り、まるで燃えているかのようなその両の手には刀……雪月華と紅蓮と呼ぶらしい刀がそれぞれ握られている。


 ミシェルは以前の訓練でもこの機体でシャーシルと戦っていた。元々剣技に長けていたミシェルはそれなりにシャーシルに食いついていたけれど、それでも4本腕を前にしては攻撃を通すことが出来ず苦戦していたようだった。


 で、中々にいいタイミングで覚醒イベントのような物……、キリンの仕込み演出によってウロボロスはヤマタノオロチとして生まれ変わった。


 それは背中に6本のサブアームを備えた異色の機体で、そのアームは砲塔として使用することが出来た。


 6本のアームから放たれるフォトンは巧みにシャーシルを誘導し、逃げ場を無くした所で6本の砲台から収束フォトンで一撃……!


 なんて中々にエグい戦い方をしてたわけなんだけど。


 今目の前でシャーシル達と闘うヤマタノオロチは砲台を使う様子はなく、雪月華と紅蓮、その2刀を持って戦っている。


 元々一刀でシャーシルに切迫していたミシェル。それが2刀となり、4刀相手であっても押されること無く、立ち回れているのは流石だ。


「凄い……私も頑張ればあんな動きが出来るのかな……」


 ぽつりとレニーが言う。出来る……じゃあなくて、出来るようにならなければならないのだ。どういう意図があってレニーを噛ませ犬のように使ったのかはわからないが、レニーと同じ条件でミシェルを出したのには理由があるはず。


 1機のシャーシルが押され始めた頃、2機目のシャーシルが到着し、戦闘に加わった。8つの腕から放たれる8振りの刀。それを舞うようにひらりひらりと躱しては隙を伺いコツコツと攻撃を入れている。


 凄いな、元々剣の才能があると思っていたけど、ここまで動けるようになっているとは思わなかった。もっとも、私自信に剣の才能というものがあるわけじゃあないので、素人目から見た話なんだけどね。


 それでも……元の体、前世の自分であれば目で追うことが不可能であろう速度で斬り合うミシェルの凄さはわかる。ヤマタノオロチの補助を考慮しても……オートモードじゃない限りは結局ミシェルが操縦しているわけで。


 ……冷静に考えれば一体どんな反応速度なんだとドキドキしちゃうよね。この世界の人達はホント凄い。


「ああっ!? ミシェル!」


 レニーの声で我に返る。あまりにも凄すぎてぼんやりとしちゃってた。妖精体はどうも人間だった頃のように無駄な思考にハマりやすくて困るな。


 ……って、ついに1機対4機になっているじゃないか。


 流石のミシェルも相手が4機となれば苦戦なんてものじゃない。さっさと退場してしまった我々と比べると十分に善戦している……というか、有り得ないレベルなのだけれども。


 そしてとうとう……。


「わあ~! 囲まれちゃったよ! えっとえっと、避けるとすれば……上? でも……ヤマタノオロチは飛べないし……!」


 レニーが手に汗握りオロオロとしている……けど、同じく映像を見ているマシュー達は平然と……どころか、何かを期待している、そんな表情を浮かべている。


 そしてその理由は間もなく明らかになった。


「……ふふ……ふふふふ……なるほど、キリンが言っていた"その時"と言うのはまさにこの状況ですわね……」


 突如怪しげな笑い声を発したミシェル。モニタに映るその表情は何故か興奮し、喜びに満ちた顔をしていた。


 ……ミシェル?


 なぶるようにじわりじわりとミシェルとの距離を縮めるシャーシル……、だがその行動が仇となった。


「モード:羅刹。行きますわよ、ヤマタノオロチ。私達の力、見せてやりましょう……うふふ」


 何やら不穏なキーワードと共に機体に変化が現れる。ガチャリガシャリと音を立て背中に収納されていく6本の"首"。


 そして代わりに……いや、新たに現れたのは6本の腕。


 左右の腕の下にそれぞれ一組、そして背中から二組の腕が現れる。その手にはそれぞれ刀が握られていて、8刀流とでもいうのだろうか? なんてでたらめな姿だろう。


「でもかっこいいと思っているんですよね、カイザー」


「あったりまえじゃないの! 意味があるのか、まともに戦えるのか、そんなリアルな考察は野暮ってものだよ。ロマンだよ! 浪漫! 浪漫こそ正義! いやあ、男の子だなあ! あの姿、男の子だよ!」


「ヤマタノオロチは女性型の機体ですけどね」


 冷静なスミレの指摘は左から右に流し、改めてヤマタノオロチの姿に感動する。いやあ、いいなあ8本腕。この仄かに桜色に煌めく刀達にもそれぞれかっこいい銘があったりするのかな? やばい、興奮してきた。


 横を見ればレニーもまた目を輝かせ、ぎゅっと手を握ってモニタに釘付けだ。


「……天隠あまがくれ流奥義……乱れ華吹雪!」


 とても気になる技名と共にミシェルが動く。まるでそれぞれの腕が一つの生命体の様に刀を這わせ、また、ひらりひらりと舞い、鋭く穿つ。個性ある刀達が夫々煌めく様はまるで絢爛に咲き誇る桜の老木が風に揺れているような美しさだった。


 そしてその美しさに隠れた牙で確実に敵機を屠り……桜吹雪の幻影が見えたかと思えば、シャーシルたちは全て沈黙していた。


『……麗らかな桜にはご注意を……』


 若干照れたような顔で少々恥ずかしめの決め台詞を言っている。これはわかる、キリンに言わされたんだ……が、少し嬉しそうだな……ミシェルもこういうの好きだからな。


 しかし……凄まじい戦いだった。これがミシェルの、ヤマタノオロチの新技か。もう私達居なくて良いんじゃないかな?って思っちゃうレベルで凄かったんだけど、キリンがこれを見せた理由、それはなんとなく見えてきた。


 力のマシュー、高機動のシグレ、手数のミシェル、そして護りのキリン。これらを束ねるのは私達……。


 そう考えれば、自然とこの後の流れが想像できちゃうよなあ。

 


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おまけ:カイザーの考察について

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スミレ:ところでカイザー、ドヤ顔で『ミシェルの技に検討がついた』などといってましたが、どうでしたか?

カイザー:えっ? あ、ああ~……いやあ、ははは。

スミレ:きっとナギナタを用いた技になる筈だ、なんて言っていましたけど、大ハズレですよね。

カイザー:ぐっ……。で、でも考え方の方向性は間違えていなかったと思うぞ。

スミレ:聞きましょう。

カイザー:ミシェルが言っていた『天隠流奥義 乱れ華吹雪』それは雫がお母さんから伝授されたもので間違いないだろう。

スミレ:そうでしょうね。彼女の祖父は刀、祖母が薙刀をそれぞれ極めた武人で、雫の母親の楓が祖母……母親から引き継いで道場をやってましたからね。

カイザー:うむ。竜也は同じ敷地内にある祖父の道場に通って刀術を磨いたよね。竜也と雫は仲間であり友であり、ライバルであり……そして――

スミレ:それで、方向性とは?

カイザー:あ、ああ、多分だけどさ、竜也と雫の師匠であるあの爺さんはヤマタノオロチの特性を見て雫に刀を持たせる事にしたんじゃないかな。元々雫は刀も鍛錬していたからな。キリンはそこを拾って……

キリン:大ハズレだよカイザー

カイザー:ゲ、ゲエ! キリン!?

キリン:確かに雫くんも同様の技を修行によって身につけては居たけどね、使う武器は刀では無くてナギナタなんだよ。いや、マシュー君やシグレ君に関する考察は正解だった。そこは流石カイザーと私も感服せざる得ない。けれど、ミシェル君に関しては大ハズレ。いやね、私もはじめはナギナタでと思ったのだけれどもね、彼女の場合は刀で奥義を発現した方が結果として良いパフォーマンスを出すことが解ったんだよ。彼女自身は刀を苦手としてはいたけれど、何、そんな事は無いんだ。合わない鍛錬で勝手に苦手意識を持っていただけのこと。適切な鍛錬をしてやったらどうだ、もともと鋭かった彼女の太刀筋が雫君に勝るとも劣らない域に――

カイザー:まてまて、わかった、わかったから! 俺の負けだから!

キリン:む、せっかく解説してやろうと言うのに、なんだね君は。

カイザー:いくらVR空間といえども、時間がもったいないだろ!

キリン:それもそうか。いつの間にかスミレ君も向こうに行ってしまったし、仕方ない、続きはまたの機会という事でよろしいかね。

カイザー:あ、ああ……そうだな、またそのうち、いつか、うん……

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