第四百三十六話 実践訓練

 現れたシャーシルはその全てが惜しみなくサブアームを展開しており、それぞれがそれぞれの腕全てに剣を装備している。その数実に16本。数だけみれば、なるほど確かにこれは厄介だ。問題はそのコンビネーションなのだが……相手はキリンだからな。その辺もそつなく仕込んでいるに違いない。


 しかし、開幕からサブアームを展開済みとは、情緒も何もあったものでは無いな。俺が知っているシャーシル……いや、そのパイロットである敵幹部リムワースはギリギリまでサブアームの存在を隠していた。


 元々2刀流の使い手として、ただでさえ厄介な強敵で、それにソードで挑む竜也は中々に苦戦を強いられていた。彼が劇場版で二刀流となったのは、もしかすればシャーシルとの戦いから影響を受けたのかも知れないな。


 竜也とシャーシルの戦いは一進一退。いや、僅かにシャーシルが押していたんだ。しかし、竜也も負けては居ない。どこまでも、どこまでも食らいつき、シャーシルが僅かに見せた隙をくぐり抜けるように渾身の一撃をシャーシルの首元に叩き込む。

 シャーシルの首はフリー、これは決まっただろうと誰しもが思ったのだが、そうでは無いとキィンと、剣が剣を弾く音で否定する。


 あり得ない状況に目を見開いた竜也が見た物は、2本の剣で受け止めるシャーシルの姿。しかし、その剣は元の腕では無く、背中から展開されたサブアームに握られていた物だったのだ。予感を感じた竜也は慌てて背後へ飛び退いた。


 先ほどまで竜也が乗るカイザーが居た場所に4つの腕による剣劇が叩き込まれる。危なかった、命拾いをしたぜと落ち着いている暇は無かった。


 避けられたと気づいたリムワースは素早くシャーシルを駆ると、一瞬でカイザーの元に辿り着き、4つの腕をしなやかに動かし剣を振る。それはまるで剣舞を見ているかのように美しい剣捌きで、作画スタッフすげえがんばったなあ! なんてしみじみと思ったもんだ……と、ちがくてだな。そこまでされると流石のカイザーチームもなすすべ無く、防戦一方になってしまうわけだ。


 じわりじわりと耐久を削られ、緩やかに追い詰められていく中、竜也の頭の中に剣の師匠の声が聞こえるんだ。超常的なテレパシーとかそういうアレではなくて、いわゆる心の声と言うやつだな。


『不甲斐ないぞ竜也。儂との鍛錬、忘れたとは言わせぬぞ。思い出せ竜也。紫雷流剣術、参の剣……今のお前なら使えるのではないかな』


 参の剣、刀流技『滝昇タキノボリ』幾度となく竜也が挑み、未だ習得できていなかった紫雷流剣術3番目の技。……確か設定上では5つまであるんだけど、作中では4番目『轟雷斬』までしか明らかにならなかったんだよな。設定資料集に何か書いてあった気もするのだが……。


 その滝昇は龍が滝を昇る様子を現しているという技で、一度見を低くし、そのまま跳ねるように飛び上がり身体を捻りながら剣で切り刻みながら敵の体を昇るという……見た目だけは中々に派手な技だったのを覚えているな。


 そしてそこはそれ、アニメなので見た目通りにかなりの効果があり、見事シャーシルを打ち破ることが叶ったのだ。


 敵でありながら剣の道に生きるリムワースは竜也の剣を認め、散る間際に朗らかに笑いながら言うんだ。


『異星の剣術も素晴らしき物だな。下らぬ連中に雇われ、良いように使われてはいたが、竜也、お前と戦わせてくれた、それだけで己は満足だ。ふふ、また別の出会い方をしていれば……我らは良き友として……いや、それでも……我らは……斬り合っていたかも……しれぬな……』


 そして、ええとなんだっけな、確か……そうそう、竜也もニヤリと笑って


『リムワース、あんたの剣筋、見事だったぜ。二刀流ですら驚いたのに四刀流たぁね。なあ、俺もいつかその二刀流って奴をモノにしてみせるからよ……とっとと生まれ変わってまた俺を斬りに来いよ……待ってるぜ』


 なんて言うんだよな。あれ、おまえそこまで剣士キャラだっけ? そらちょいちょい修行シーンで道場が登場しては居たけどさあ、と大きなお友達が掲示板で突っ込みをいれてはいたけれど、中々良いシーンで俺は好きなんだよね。ああ、やっぱりそうか。リムワースとのやりとりの中で確かに二刀流について伏線はってたんだな……。


 それを回収するのが劇場版とは、見られなかったからするとなんとも腹立たしい限りだけれども、まあ? これはこれで? 熱い展開だから許してやろうじゃないか。 

  

 ううむ、しかしとしたことが……どうも終盤の展開はうろ覚えになってしまっているな……。印象深いシーンが多くてどうも覚えきれないと言うか……印象深ければ記憶に残りやすいと思うのだが、それが多くなってしまうとなあ。こうして何か切っ掛けがあればゆっくりと思い出せるにな。


 そのリムワースが乗っていたシャーシル……達はその全てがはじめからサブアームを展開しているわけで……全く本当に戦いの情緒というモノが欠如してはいるけれど、まあ、俺もレニーもスミレだってコイツがサブアームを持っていることは知っているからな。


 しっかし、4本かける4体って……なかなかに面倒くさいな!


「むー。4本腕が4体ってずるくないですか!」


 レニーが口をとがらせ抗議の声を上げる……が、ゴネている暇はないようだ。シャーシル達がこちらに向かい移動を始めている。


 カチャリ、カチャリと剣をぶつける音が迫りくる。


「さてレニー。君ならどう闘う? 1機なら機動力のゴリ押しでいけるが……流石に4機ではそうもいくまい」


「うーん……例え、それで勝てるとしても、だったらわざわざこんな訓練をしないんじゃないかなって思うんです。相手はキリンですもん」


「それには同意だ。そうだな、アイツのことだ。不利な状況の中で閃くアニメ的な流れを期待しているんじゃないか?」


「そ、それですよカイザーさん! うん、だから……まずは……ああして!」


 と、なにか思いついたのかレニーが爪をシャキリと鳴らしながら地を蹴った。スミレは何か考えがあるのか、特に意見を述べることはなく、怪しげな微笑を浮かべてそれを見守っている。


 バラバラにこちらに向かってくるシャーシル、先頭の機体まで距離500。依然としてレニーは速度を落とそうとしない。


 距離400……300……現在の速度で行けば間もなく双方の間合いに……


「うおおおおおおおおおお!!!!」


 可愛らしい声に似合わぬ男らしい咆哮を上げ、レニーが両爪を振り上げ跳躍する。これは……――


「取り敢えずううううう!!!! 先制攻撃だあああああ!!!」


 ――……何も考えていない……ってやつだったかぁ。レニーなのでもしやと予想はしていたが、まさか本当に無策のまま突入するとはな。


 キィンと音がして、無計画な先制攻撃が防がれる。


「そんな気は……してた! してたけど! こっちだって負けないぞおおおおお!!」


 初めて使う武器だと言うのに、感覚をうまく掴み4刀流と上手くやりあっている。左右、右右左。しゃがんで躱し、跳ねながら右に払い。時折僅かに飛び上がりつつ、上下左右に立体的な攻撃を加えていく。


 なるほど……この動きから閃く必殺技というのはなんとなく頷ける……。しかし、シャーシルも中々にやるものだ。手数は相手のほうが多いとは言え、剣速は俺のほうが勝っている。それなのに全てを防ぎ、未だその体に一撃も加えることが出来ていない。


「くっ……! でも! この戦いの……ッ! 中で!」


 目が慣れてきたのか、レニーの動きも徐々に鋭くなっていく。シャーシルが放つ4筋の剣閃をくぐり抜け、懐に潜り込み爪を振るう。シャーシルも負けじとそれを躱し、新たな剣を振るう。


 レニーの訓練であるということで、現在俺は完全にコントロールをレニーとスミレに任せ、キリンから提供されている外部カメラの映像を見ている。この状態で得られた情報は一切レニーに伝えてはいけないよ、ズルになるからねとキリンに言われているが、当然それは理解している。そんな真似をしてしまえば、折角の訓練が台無しになるからな。


 しかし、こうして客観的に外から見ていると中々に美しい戦いだな。ネイビーの機体と白い機体がまるで踊っているかのごとく、剣閃の中で戦っているのだ。思わず見とれてしまいそうになる。


「もうちょっと……! もうちょっとーーー!!」


 徐々に、徐々にではあるがレニーの動きがシャーシルを押さえつけつつあった……のだが、レニーは肝心なことを忘れている。これもまたレニーの欠点の一つだろうな。


 熱くなると周りに目が行きにくくなる、普段であれば他のパイロットが補ってくれる所であるが、今の彼女はただひとりカイザーを操縦し戦っている。危険が迫ろうとも教えてくれる存在は……いや、スミレが居るはずなのだが……ああ、スミレ先生もキリンカメラ見てるのか。なるほど、それで。


 さあ、レニー。君はここからどう切り抜ける?


「りゃああああ……ッ!? きゃああああああああ!!」


 背後から突如として喰らってしまった斬撃に驚き叫び声を上げるレニー。我に返った彼女が見たものは直ぐ後ろで4つの剣を構えるシャーシルの姿であった。


 そう、シャーシルの数は全部で4機。まずは1機と飛びかかったまでは良かったが、決着が付く前に他の3機が追いついてしまったのだ。


 間もなく、8つの剣がカイザーの機体を襲う。

 上手く切り抜けることは叶わず、レニーは戦闘不能判定を受けてしまうのであった。

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