第四百三十五話 試し切り
新装備、カイザークローを装備した俺をレニーが楽しそうに操縦する。
いくら拳に近いとは言え、新たな武器だ。物にするにはかなりの苦労が伴い、立ちはだかる巨壁を破壊しなければないだろうと、密かに心を燃え上がらせていたのだが……おかしいな? まるで舞うように、くるりひらりと華麗にカイザークローを振り回している。
その動きは俺が昔ハマっていたネトゲの双剣使いの様に美しく、実に様になっていて、このままでも実戦投入出来るレベル。正直俺は非常に困惑している。
レニーに剣のセンスが無いというのは確かだ。これまで幾度となく訓練を繰り返し、他のパイロット達からも細やかに指導を受けたりしたのだが、一向に改善する事は無く。剣を振るその動きは非常に固く、ガチガチとしていて見られたものでは無かったのだ。それがどうだ? 爪にした途端、生まれ変わったかのように柔軟に動けているでは無いか。
カイザーブレードとカイザークローはリーチが非常に似通っている。勿論、キリンがその様に作ったから当然なのだが、剣と長爪、別物の武器とは言え、拳と比べれば近い物が有るだろうに、何故ここまで差が現れてしまうのだろうか。
首を傾げる俺を見て何かを察したのか、フィオラが思い出したかのように語り始めた。剣が苦手なレニー、それにはきちんとした理由というか、事情があったのだ。
『あー、剣についてなんだけど、お姉にはちょっとしたトラウマがあるんだよ』
「トラウマ? フィオラ、詳しく聞かせてくれないか」
『うん、これは前にばっちゃから聞いたんだけどさ、ちっちゃい頃のお姉ちゃんって、お父さんが森に行くのによくついていってたんだよ』
「ちょ、ふぃ、フィオラ? まさかあの話をしちゃうの?」
『しちゃうっていうか、なんでしてなかったのさ。ルゥだって事情を知っていればもっと別の訓練を提案してくれたんじゃないの?』
「それはそうなんだけども……うう、恥ずかしいから言いたくなかったのにい」
物心が付いた頃から、レニーは父親が背負うカゴに入り、ちょいちょい近場の森についていっていたそうだ。父親であるジーンは植物や鉱石の豊富な知識を持っていて、道中何か見つける度にレニーに教えてくれていたのだという。彼女がやたらと採取が得意なのは父親のお陰という事らしい。
『ある日の事。何時ものように採取を終えた2人は森の広場で休憩を始めたんだ。お父さんはカゴを下ろすと、昼食を作るために火を起こしに行ったんだよ』
「……そこから先は自分で言うよ、フィオラ。当時のあたしはようやく字が読めるようになった頃で、おうちにあった本を夢中になって読んでたんです」
『冒険者マック・ガイバーの旅、だよね。やたら強い剣使いが魔物狩りの旅をする奴』
「そうそう……って、フィオラも読んだの? っと、それでですね、その、主人公のマックに憧れていたあたしは……お父さんが目を離している隙にその、カゴからナイフを取り出しまして、鍛錬を始めたんです……」
冒険者マック・ガイバー……何処かで聞いたようなタイトルだが、剣使いが主人公というのならば俺が知るアレとは別物なのだろうな。
「マックのようになるんだ! って、えい、えいと素振りをしてたんですけど……大振りなナイフで、子供の私にはちょっと重たかったんですよ。それでも頑張って振ってたんですけどね、握力が無くなっちゃったんでしょうね、えいっと振った次の瞬間、手が軽くなりまして。後ろから『ぎゃっ』と悲鳴が。慌てて振り向くと…… 私の手からすっぽりと抜けていったらしいナイフが……座って火の晩をしていたお父さんの……その、股の間の地面に刺さってたんですよ……」
しょんぼりとした顔で話すレニー。幸いな事に、ジーンの大切な部位はダメージを受けては無かったらしいのだが、一歩間違えればとんでもないことになっていた事だろう。
幼いレニーにも、自分が大変な事をしでかしたと理解出来、わんわんと声を上げ、泣きながらひたすらにジーンに謝ったのだという。父親のジーンは、無断でナイフを振り回した事について叱った物の、それが招いた事を悔いて謝るレニーを見てそれ以上叱る事はせず、これからは気をつけるのだよ、と優しく宥めてその場は収まったのだが……その一件は幼いレニーの心に傷跡を残したのだ。
刃物を振るとすっぽ抜け、大切な人を傷付けてしまうかも知れない、心の奥深くに根付いたその思いは今でも残り続け、刃物を武器として使うと、握る手に変な力が入ってしまったり、全力で振り抜けなかったりと……言われてみればなるほどなと気づかされる。
確かにレニーは何処か、おっかなびっくり剣を振っていた様に思える。事情を知らなかったとは言え、随分とレニーに苦しい思いをさせてきたんだな……ごめんよ、レニー。
『きっとあたしはスッポ抜けるのが怖いんでしょうね。包丁なんかは平気なんですけど、」剣を振り回すとなると、やっぱりどこか身構えてしまうんだろうな……』
『その一件が無かったら、お姉も結構上手に剣を振れてたんだろうねえ。あ、ちなみに狩りがへったくそなのは普通に才能が無いからだよ。弓の扱いはてんでだめだし、雑に動くから獲物に気づかれちゃうしでさ、狩りについて来んな! って猟師のアックに言われてたもんね』
「ちょ、それは余計な情報だよ!」
「レニーは昔から変わらないのですね。ふふ、この間も鳥を狙って撃って鹿に当ててましたからね」
「あーもう! お姉ちゃんまで! ふんだ、訓練再開するもんね! キリン、シミュレーション再開して良いよ!」
色々とレニーについて新たに知ることになった。これもある意味、一歩前進出来たと言うべきだろうな。フィオラには後で何かお礼をしておこう。
過去のトラウマを振り切るかのように、レニーがカイザークローを振り回す。この武器は手で握る必要がなく、しっかりと腕に固定されるように取り付けられるため、うっかりスッポ抜けて飛んでいくと言う心配をする必要は無い。
そもそも、俺の身体を持ってして武器がスッポ抜けるという間抜けな状況にはまずならないと思うのだが……レニーが抱えているのは理屈ではなく心の問題だ。彼女必要なのは、見た目からハッキリとわかるレベルの安心感。キリンの謎の技術によって、機体と一体化しているようにすら見えるレベルで固定されているカイザークローは、レニーの目から見ても信頼が置ける物らしい。
余計な心配をする必要がなくなったレニーの動きはかなり改善され、彼女が秘めていた本来の才能を余すこと無く発揮している。
『しっかし、お姉ってそんなキビキビ動けたんだねえ。 いつもふわふわと変な動きをしてたのにさ』
フィオラからしみじみとした声が届く。だよな……まさかレニーがここまで生まれ変わるとは思わないよな。
『レニー君のデータから武器を握ると動きが悪くなることが解っていたからね。だったらこれならどうだろうと、握らずとも振れるクローを開発してみたのだが……結果として大成功だったねえ。まさかトラウマによるものだとは思わなかったけれど、まるで過去に閉ざした才能の蓋が開き、経験値がまとめて入ってレベルが上がりまくったかのようじゃ無いか』
「その例えはこう、なにか微妙だが……実際そんな感じだよな……」
「元々レニーの運動能力は悪いものでは有りませんでしたからね。体力、瞬発力ともにパイロット適正をクリアしていましたし、反応速度も悪くありません。近接アタッカーとしてならば、オリジナルのカイザーチームに匹敵する能力を持っていると思いますよ」
思えば、元々格闘術でセンスの片鱗を見せては居たんだよな。新たな武器で弱点を補うことが敵ったレニーはリーチも伸び、パイロットとしてかなり強化されたのではなかろうか。
ひらりひらりと駆け回り、右へ左へと素早く飛び交うブンブーンを次々に切り刻んでいく。爪とは言うが、やたらと切れ味が良いため何かまた別の武器のよう……某国民的RPGのドラゴンキラーが近いような気がするな。
「どりゃあああああああああ!!」
爪を前方に差し出し、機体全身を回転させながら敵の群れに突撃していく。
……もうこれが必殺技で良いんじゃないかな……カイザーサイクロンとかそういう感じでさ。だって、中々に凄まじいぞ? 俺たちが通り過ぎた後にはブンブーン達だった破片が散らばり、なんとも無残なものだ。
あっという間に追加されたブンブーン達は数を減らし、間もなくして全機撃墜となった。
『はっはっは。期待以上だよ! レニー君! ではさらなる課題だ! 次のはちょっと手ごわいぞ』
嬉しそうなキリンの声とともに現れたその機体はネイビーカラーの何処か和風の香りがするメカデザインで……これは……!
「シャーシル……ッ! リムワースが乗ってるシャーシルですよ! カイザーさん!」
「あ、ああ……そうだな!」
敵幹部であるリムワースが乗るシャーシル、この機体を何故ここで出してきたのかなんとなくわかる。こいつは一見普通のロボに見えるのだが、実は2本のサブアームを隠し持っていて、それを用いた酷く手数が多い攻撃は非常に厄介で、アニメでも竜也達が良いように翻弄されていたのを覚えている。
こいつはギミックがやたらとかっこいいため、俺もキットをひとつ買ったのだが……サブアームの取付箇所が妙に固くてな……冬場にぐりぐりといじっていたらポッキリといってしまって。ちくしょう、嫌なことを思いだしてしまった……。
当然それはプラモデルのお話なので、今目の前にいるシャーシルの弱点がそこであるというわけではないのだが……実際こうしてみると、ほんとに折れそうに見えるから困るな。
「ふふ、いくらシャーシルが出てきたと言っても、パワーアップしたカイザーさんと私には敵いませんよ!」
レニーにしては珍しく生意気なセリフを言っているが、実際に今の我々にとってシャーシルは面倒なだけで単機で勝てない相手ではないだろうな。ミシェルもヤマタノオロチに換装した際の訓練でシャーシルと戦い、勝利を収めていた。
キリンから見せてもらった映像では射撃攻撃で打ち破っていたのだが、今の我々であれば近接戦で真っ向勝負を挑んだとしても負けることはないだろう。
『ふっふっふ……負けることはないだろう、そう思っているんだろうね、カイザー、レニー君! 甘い、甘すぎる! ああ、甘すぎると言わせて貰おう!』
「「なっ!?」」
まるで敵のブレーンのような口調でキリンが煽る。このドヤ顔が透けて見える言い振りからすると、また何か良からぬことを考えているのだろうな。
『腕が4本なら……まだついていけるだろうね。でも……その数が増えたら……?』
「なに……? まさか、劇場版のシャーシルは腕の数が増えているとでも言うのか……!?」
『ふっふっふ……さてね? 私は君の想像の上を行くためにここに居るのだよ! さあ! カイザー! レニー君! 存分に戦い給え!』
非常に嬉しそうな声でキリンが謎のセリフを言った瞬間……
「……カイザー、敵影4、全てシャーシルです……」
スミレが疲れた声で告げた。なるほど……腕を増やすってそういう……。
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