第四百二十九話 発進
◆新機歴121年12月17日14時25分
戦闘の翌々日、シーハマの復興に一応の目処がたったため、我々はシュヴァルツヴァルトに向かうべく、出発の用意をしている。終わってしまえば短い滞在だったが、実に濃い日々を過ごし、すっかり打ち解けた村の住人達がさみしげな顔で我々の支度を手伝ってくれている。
村の人々とこれだけ打ち解けられたのは、村を防衛したというのもあるが、それよりも防衛直後に催した祝勝会と村の復興を手伝ったのが大きかったと思う。
防衛戦が終わったのは夕方だった。これからたちまち暗くなってしまうし、流石に皆も疲れているだろうということで、当日は簡単な後片付けだけ済ませて、後は翌日に頑張ろうと言うことにして避難所となっている浜辺へと向かったのだ。
『炊き出しをはじめてますので、パイロットのみなさんも浜辺にいらして下さい』
なんて、気を利かせたクルーからの通信が入った直後から、うちのパイロット達がソワソワし始めていたから、あまり長く片付け作業を仕様とは思えなかったというのもあったのだが。
浜辺では、グランシャイナーのクルーたちが簡易なテント――運動会の本部席やお祭りの会場で見かけるようなアレ――を建て、炊き出し会場として村の住民たちに食事を配っていた。海鮮鍋のような物や、おにぎり、焼き魚等が配られているのが見え、早くも俺はルゥになりたくて仕方がなくなってしまった。
俺達の姿に気づいた兵士や住人たちが次々に感謝の言葉を述べ、やたらめたらと褒めちぎる。乙女軍団にそれはもう効果は抜群だ。すっかり気分を良くして調子に乗った乙女たちは、ストレージから次々に料理を取り出し大盤振る舞いを始めてしまったのだ。
クルーたちが用意してくれた料理に加えて、村の住人達に取っては珍しいだろう、大陸各地から仕入れた屋台飯がずらずらと並べられてしまったのだ。盛り上がらないはずはなく、炊き出しから祝勝会へと変わってしまったのである。
翌朝に作業を控えているため、あまり遅くまで騒ぐような事はしなかったが、それでも皆が嬉しそうに料理を食べ、酒を飲み、歌ったり踊ったり語ったりと、賑やかな夜だった。
勿論、俺もルゥとなって、様々な料理を堪能したが、妖精体の
どういうわけか、こういう時にスミレはうまく何処かに姿を隠すんだよな。あいつのほうがよっぽど妖精らしい振る舞いが出来ていると思う……。
祝勝会から一夜明けて。さっそく早朝から村の復興作業が始まった。明るくなってから改めて現場を見てみれば、なかなかに悲惨な有様ではあったが、村の人々から文句が出ることはなく、むしろ『よくぞこの程度で済ませてくれた』と感謝されてしまった。
それでも、畑は半数以上が踏み荒らされ、付近の建造物も無残な姿に破壊されているのを見たパイロット達は申し訳無さそうな顔をしていた。
必殺技の破壊力は中々に凄まじかったからな!
そんなわけで、早朝から始まった復興作業だが、片付け作業は非常にスムーズに行われていた。グランシャイナー内には多数の機兵が積み込まれているわけで、ブレイブシャインのロボ軍団と共に作業をすればまさに無敵。人の手では途方も無い時間がかかる作業も、ロボ軍団の手にかかれば何ということはないのだ。
荒れてしまった土地の修復や瓦礫の撤去などはあっという間に済んでしまい、同じくボコボコに踏み荒らされた畑もキリンが作ったらしい
畑の持ち主達を呼び、畑を見てもらったが、自分たちでやるよりも立派になったと非常に感謝されていたよ。
因みに鹵獲したシュヴァルツ達なのだが、
同盟軍仕様の魔導炉に換装したその機体は従来のシュヴァルツよりも圧倒的に省エネ仕様で、一般的な機兵を動かせるパイロットであれば十分に運用可能な物に仕上がっていた。
スミレ先生によって『ブラウ』と新たな名前をつけられたその機体は青くリペイントされただけだと言うのに、ぱっと見では元がシュヴァルツとは気づけ無いほどの良い出来だ。
これを使って村を守ってくれと、兵士達に提供することを告げると、喜び半分、恐縮半分でよくわからない表情になっていたな。
村にシュヴァルツを、と言い出したのは俺ではなくナルスレインだ。祝勝会で『無礼講である。先の戦闘について話してくれないか』と、気さくに兵士に話しかけたところ『ヒューゲルが手も足も出なかったんす、あれは恐ろしい敵だったっす』と、返ってきたそうで。
さらに詳しく話を聞けば聞くほど、自分が思っていた性能と剥離していたことを思い知らされたのだという。
『まいったな、ヒューゲルはシュヴァルツの下位機程度に思っていたのだが……まさかそれほど性能差があったとはな』
悔しげな顔をしてぼやいた皇帝様は、今回の件を省みて鹵獲したシュヴァルツを配置することを決定。流石に黒騎士カラーのままでは問題があるだろうと、グランシャイナーのエンジニア部隊にリペイントを依頼したところ、キリンとフィアールカとマシューが『どうせ塗るなら中身も変えよう。大した手間は変わらないからね』と、良くわからないことを言い、本当に手間が変わらないのかどうかはわからんが、恐ろしい事に2日で5機のシュヴァルツの整備を終えたばかりか、おまけとばかりにヒューゲルもそっくり全部カスタムしてしまったのだから恐ろしい。
『これだけあれば足りるだろうか? 騎士を何人か配置したいところなのだが、生憎こちらも余裕が無くてな。どうか、しばらくこれで凌いでいてくれ』
なんていいながら、ナルスレインが機体を引き渡したのだが、言われた兵士達と言ったらもう。恐れ多いやら、なんやらでえらいことになっていた。
そんなわけで、恐ろしい速度で村の復興――防壁に畑や家屋の修復など――が終わり、昼夜問わずに改修作業が続けられていた機体達の引き渡しも終わり。いよいよ我々の出立の時が来たのである。
「何から何まで……本当にありがとう! あんな立派な機兵まで配備して貰ってよ、一体どれだけ感謝すればいいのかわからねえぜ」
「あのブラウとか言うのもスゲエが、俺達のヒューゲルも生まれ変わらしてくれただろ? 俺ぁ、それが本当に嬉しくて嬉しくて」
「これなら俺らだけでもなんとか護れそうだ。ほんとにありがとな!」
「なんもかんもカイザーさんが来てくれたお陰だよ。ほんとありがとね!」
兵士達が俺達の元に集まり口々に礼を言っている。その表情は晴れやかで、実に力強く感じる。
「礼なら君たちの皇帝陛下……、ナルスレインにするんだな。俺達は彼からの提案に賛同して、一部がその……趣味でやりすぎてしまっただけにすぎん。俺達にはそこまでの礼は要らないぞ」
「いやいや、そうじゃねえんだよ、カイザーさんよ。確かに機体を貰った事について陛下には感謝してるし、これからも忠誠を誓うって思ったさ。でも、今言ってる礼はそれとは別件だ。なあ、あんたらはよ、援軍が来るまでの間最前線で俺達を護り続けてくれたじゃねえか。あんたらが居なかったら……今こうしてわちゃわちゃ出来てねえわな」
「あれも……若干の作戦ミスがあったかなと反省しているのだが……おい、こらやめろ! 俺の脚にしがみつくな! 拝むな! こら! 布で磨くな! あ~もうわかった、わかったよ! どういたしましてだ!」
「へへ、礼は素直に受け入れろってんだ。パイロットの嬢ちゃん……レニーは素直なもんだっつうのに、機兵のアンタがこれじゃなあ」
「ほんとだよな、レニーちゃんに礼をいったらすっげえ嬉しそうでよお」
「つええのに可愛いとか反則だよな」
「カイザーさんも少しは見習えば良いさ。あっちの身体になってる時はもう少し素直なんだけどなあ」
「言われてみればそうだな、妖精様のカイザーさんはかわいげがあるってのによ」
まったくやかましく、非常に耳が痛いはなしだ。ただまあ、この謙遜する態度というか、礼を素直に受け取らない件についてはスミレからも常々言われているんだよな。
『いいですか、カイザー。ここは日本ではありません。褒められたら素直に受け入れるべきです。謙遜の美徳等どこにもないのですから、ただの嫌味と取られてしまいますよ』
日本でも必ずしも謙遜がベターと言うわけでもなかったからな……。褒められたら素直に礼を言う奴は爽やかで気持ちがいい印象を受けたもんだ。なんだか気恥ずかしくてついつい『いやいや』とやってしまうのだが、俺もレニーを見習って改めてみようかな……。
と、あちらこちらで礼を言われ、もみくちゃにされていたレニーがスミレと共に戻ってきた。
「おかえり。皆とお別れは済ませたかい」
「はい! 今度来る時はシーハマの海産物をご馳走してもらうことになりましたよ! ここは外海に面していて、ちょっと変わった貝類がとれるんだって! ね、カイザーさん、ぜ~んぶ終わったらここにもまた来ようね。初夏に取れるワワビとか、ウニとか絶品なんだって!」
「ああ、そうだな。俺も海産には興味がある……というか、ワワビってもしかしてアワビか? ウニはまんまウニだろうな。うむ、是非ともまた来よう!」
「その反応、知ってるんですか?」
「ああ、俺が知ってる物と同一のものなのかはわからんが、もしそうならとんでもない高級品だぞ。ウニは人を選ぶが……取れたてのそれは甘くてな。熱々ご飯にタップリのせて、醤油をかけてると……」
「わー! わー! なんだかお腹がすいてきちゃいましたよ! 絶対ですよ? きっと、皆でまた来ましょう!」
「うむ! 戦いが終わったら美味いメシ巡りの旅でもしよう!」
「賛成!」
なんだかフラグ欲張りセットのようなやり取りをしてしまったが、決してフラグになんかさせてやらないぞ。俺は必ず約束を守るようにしているのだ。つまらんフラグやなんやでそれを反故にされてなるもんか。
「不穏なフラグなどへし折ってしまえば良いのですよ、カイザー」
「ああ、そうだな。例え、それが定められた運命だとしても、そんなものはまとめてへし折ってやればいい」
「ふふ、運命はへし折ったらいけませんよ、カイザー」
と……、おしゃべりの時間はここまでのようだ。キリンから通信が入り、出発用意が整ったからさっさと乗れとせかされてしまった。すまんすまんと急ぎグランシャイナーに向かい、見送るべく艦の前に集まっている村人達に別れの挨拶をした。
「ではな、みんな! 次は防衛では無く遊びに来るからな。のんびりと滞在させて貰う予定なので、その際には名物の魚介をたらふく食わせてくれると嬉しいぞ」
「ああ! 勿論だ! あんたらなら何時でも歓迎するよ!」
「またねーレニーちゃーん! ウニの時期には必ず来てねー!」
「キリン姐さーん! 今度はもっとじっくり農業を教えて下さいねー!」
それぞれがそれぞれに様々な別れの言葉を改めて叫び……ゆっくりと船の搭乗口が閉まる。
クルーやパイロット達がデッキに移動し、ずらり並んで村人達に手を振っている。
俺もデッキで別れを……と、行きたいところだが、俺まで行ってしまったら締まらない。船自体は艦内であれば遠隔操作できるのだが、流石に艦長がブリッジに居なければかっこがつかないからな。
というわけで、妖精体になった私はスミレと共にブリッジに向かい、扉を開いて中にはいると……。
「あら、カイザーとスミレも来たのね? 何なら私だけでもよかったのに」
副長席にちょこんと座る子グマ、フィアールカだ。作より背が低いこの身体ではどうせ下の様子は見えないからと、さっさとブリッジに入り、モニタで地上を眺めていたらしい。
「ま、こんなんでも一応私が艦長だしね……と、コホン」
放送を艦内及び周囲に指定し、発進アナウンスをする。
『グランシャイナー艦長のカイザーです。当艦はこれより離陸します。危険ですので、お見送りの皆様はロープの外側までお下がりください。艦内の者は付近の椅子に座り、安全ベルトを締めるように』
カメラで周囲の様子を覗うと、村の人達がわいわいとロープの外側に抜けていくのが見えた。簡易的な発着場として、広い浜辺をロープで区切っただけのものだったけれど、有るとこういう時便利だな。白線の内側までお下がり下さい、的な案内が出来るもんね。
うんうん、どうやらみんなロープから出たようだ。
「システムオールグリーン。準備完了なの」
「うむ! カウントダウン開始!」
「了解、カウント60から開始なの」
可愛らしいフィアールカの声で刻まれるカウントに何だか和まされる。唐突に発生した緊急クエストのような一件だったが、今回の戦いは色々と考えさせられることもあったし、なんだかちょっぴり成長出来たような気がするな。
レニーや村の人達と約束したとおり、絶対また来ないとな。美味しいウニを食べて、みんなとわいわいお酒を飲んで騒いで。浜辺でバーベキューをしたり釣りをしたり……そうあ、この村に別荘を作っても良いかもね。大陸東端部の拠点として――
「カイザー、浸るのは後にして下さい。現在カウント10ですよ」
「お、おおう! びっくりした、っていうかごめん、ごめん!」
なんだろうな、カイザーとなってピリピリとした時間を過ごしていた反動なのか、ルゥになった途端、どうにもぽやぽやしてしまう。ううむ、気を引き締めていかねばね!
「カウント0なの! グランシャイナー浮上するなの!」
「グランシャイナー浮上!」
「グランシャイナー浮上開始!」
「グランシャイナー浮上確認! 現在高度上昇中!」
あっという間に村人達が小さくなっていく。フィールドに包まれているため、デッキのベンチに座っていても影響は無いんだけれど、流石に飛行中は何があるかわからないため、発進前に艦内に入るよう呼びかけた。
「クルーの移動を確認。安全チェック……1番から5番まで良好!」
「同、6番から10番までも良好!」
「進路確認、進路クリアなの! 発進準備全て完了なの!」
「うむ、ならば良し! グランシャイナー発進! 進路、帝都シュヴァルツヴァルトへ向けーい!」
「グランシャイナー発進! 進路、帝都シュヴァルツヴァルト!」
「第一、第二輝力炉点火完了! シャイニーエンジン出力……40,50,60……いけます!」
「グランシャイナー、発進します」
炉に火が灯り、シャイニーエンジンが唸りを上げる。下界の景色がぐんぐん流れていく。帝国へ、ルクルァシアの本陣に艦が迫る。
いよいよだ。いよいよ、最後の戦いが始まろうとしてるんだ。予定では二日後には目的地に到着するらしい。さあ、"最終話"に向けて出来ることは済ませておくとしますかね。
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