第四百二十話 持久戦……ならば。

『機兵が喋っているぞ』


 そんな声と共に広がるどよめき。この空気はなんだかとても久々だ。


 1級ファーストパーティ、ブレイブシャインの活躍は、今や大陸各地に広まっている。少女たちで構成されたパーティというだけでも目立つのに、乗っている機体が他に見ない珍しいタイプで、しかもそれがどうやら喋るらしい。


 世に語られる英雄たちほど、多くの功績を残しているわけじゃないけれど、やっぱりその『機兵が』喋るというのは強く印象に残るだろうし、なによりスミレやルゥの存在も強烈だ。


 秘密基地であることを辞めて以来、神の山基地に商人たちが数多く立ち寄るようになり、そこで見聞きしたネタは各地で『ブレイブシャインには他にも喋る機兵が居るぞ』『あのカイザーは妖精に化けるらしい』『キリンという機兵に気をつけろ』等と、面白おかしく広められている。


 なので、今となっては、多少俺が喋って動いた所で『おお、これが噂の』と、少々驚かれる程度で済むのだ。


 しかし、帝国領は許可証を持っていなければ、たとえ商人であっても立ち入ることは出来ず、増して戦後はそれがより厳しくなっているため、我々の情報など届くはずはない。


 軍部であれば、敵国の兵器として俺の情報くらいは持っているのだろうが、小さな村に配属されている兵士にまでは情報が降りてきていないのだろうな、ご覧の通り、とても良いリアクションをしてくれている。


 ……いやいや、別に驚かれるのが嬉しいわけではないのだが。


『見ての通り、喋っているのは俺だ。ついでにいうと、もうひとり……戦術に長けた相棒も乗り込んでいるんだが……』


「はい、スミレです。妖精さんです。敬いなさい」


「うお……妖精様だ……」

「まじかよ……そういや噂に聞いたことあるな……オモエの森には妖精が居るって……」

「妖精様が助けに来てくれたのかー!?」


「はいはい。今はそんな事を話している暇はないでしょう? さっさと状況を報告しなさい!」


「「「は、はい!」」」


 腰に手を当てたスミレに一喝された兵士達は、慌てたように我々を連れて前線付近まで移動する。門の前にはヒューゲル達が大きなシールドを構えて敵機と睨み合っているが、そのうち1機がちらりとこちらを見たかと思ったら、グラりとバランスを崩してしまった。


「……あれは俺達を見て動揺したのだろうな」

「知らない機兵が来たんだからびっくりするよ」

「敵前だと言うのに、だらしない兵士ですね……リムールに送って一から叩き直しましょう」


 スミレがキツい……。


 スミレ先生は鋭い眼差しを当たりに向け、早速情報を集めているようだ。周囲をふわりふわりと飛び回りながら、各種センサーからの情報を集めていたが、満足したのか待機中の兵士達の元に降り立ち、動揺する彼らから聞き取り調査をする。


流石は戦術サポートAI、スミレ大先生だ。この僅かな時間にシンプルな作戦を一つ組み上げてしまった。

 

『作戦と言うにはあまりにもシンプルで恥ずかしいのですが』


 なんて、つまらなさそうに言っていたけれど、それでもただひたすらに耐え続けていた兵士達にとって、少しでも活路に繋がりそうな作戦提案はありがたかったようで、じっと静かにスミレの話を聞いている。怖い妖精様を怒らせないようにしているだけなのかもしれないが……。


「まずは、知識の共有を済ませましょう。現在交戦中のシュヴァルツに搭乗しているのは、邪悪な存在に操られている帝国パイロットです。自我を封じられているため、交渉は不可能、ただし無力化する事により、洗脳の呪いから開放することが可能です」


「なんてこった、単なる反乱軍ってわけじゃなかったんだな」

「一歩間違えれば俺達もああなってたってことか……」

 

「そのとおりです。奴らの狙いは貴方達の魔力切れを待ち、五体満足のまま素材として回収する所にあります。もしもあのまま戦い続けていれば、いずれ貴方達もああなってしまう……という事ですね」


「げえ! 俺達が弱るのを待ってたってことかよお!」

「通りで煮えきらねえやり方すると思ったぜ……」

「開放することが出来るってこた……連中を助けられるのですか?」


「はい。既に開放された騎士や兵士達もいますし、現在私達の別働隊が彼らを救うのに不可欠な特殊兵装を用意中です。それが届いてからが当作戦の本番です」


「用意中って……いつまでかかるんだ? それまで俺達はどうすればいいんだい?」


「今現在は具体的な数字を出せません。しばらくかかる、とだけ。別働隊が来るまでは……そうですね、我々も奴らと同じ事をすればいいでしょう。適当に相手をして時間を稼ぎましょう」


「そうは言ってもよ、俺達もうへとへとだぜ?」

「ああ、休み休みなんとかやってるがよ、だんだん活動時間が短くなってきてるんだ」


「その点については安心してください。私達なら、あなた方に十分な休息を用意できますから」

  

 この世界のロボット、機兵達には我々カイザーチームが搭載している輝力炉を参考に作られた魔力炉が搭載されている。

 オリジナルの物と、帝国式の物と、同盟軍の物を比べると、それぞれ別物と言っていいほどに設計に違いはあるのだが、それでも共通しているのは『魔力』を『動力』とする所だ。そして、現行の魔力炉は『パイロット』をエネルギータンクとして使用し、その魔力を動力源として稼働するようになっている。


 それの元になった物が輝力炉という事で、当然、我々もパイロットから流れ込む輝力を使用しているわけだが、思い出してほしいのは、我々に搭載されている輝力炉は、文字通りの『炉』であり、周囲から取り込んだエネルギーを輝力に変換する事が可能だ。


かつてのやらかしとなった原因がまさにそれで、じっとしていれば周囲に漏らしてしまうほどに、輝力は自己生成可能なのである。

 

 それなら何故、わざわざパイロットから輝力を吸い出しているのかといえば、作品の演出的な事情であると言いたくなるのだが、一応は設定としてしっかりと理由が明記されている。


 なんでも、パイロットたちから得られる輝力には感情エネルギーが含まれているそうだ。よくある「想いの力!」と言うアレを狙ったのだろうと思うのだが、まあ、とにかくパイロット達から注ぎ込まれる輝力を炉に回すことにより、我々の出力は大幅に上昇する。事実、レニーが気合いっぱいに必殺技を放つ時には、体がカアッと熱くなるような感覚がして、随分と出力が上がるからな。


 というわけで、パイロットから供給される輝力は、戦闘を有利に運ぶためには不可欠なものなのだが、平時においては別にそこまで必要なわけではない。自立機動が可能な辺りから分かる通り、輝力炉からの供給だけで十分に活動する事ができるのだ。


 こちらにきてから、俺達も様々な場数を踏んできた。その際に得られた戦闘データにより、機体単独での戦闘レベルも格段に向上している。今の俺ならば、ヒッグ・ギッガはまあ、勘弁してほしいが、ヒッグ・ホッグやテッラ・クッカ、ブレストウルフにバステリオン程度であれば、レニー抜きで討伐できるだろうさ。

 


 輝力炉からの輝力供給がある以上、無駄に張り切らない限りは、レニーは輝力切れでダウンすることはない。このまま夜が訪れたとしても、俺が単体で戦えばいい。コクピットでレニーを寝かせ、俺が代わりに敵の対応をする、我々にはそれが出来てしまうのだ。


 そして、俺の機体スペックであれば、ヒューゲル3機分の穴を埋めることは十分に可能であり、その分兵士達の休憩時間を増やすことが出来る。

 

 兵糧攻めをしているつもりで頑張っている眷属共には酷な話だが、あいにく俺はエネルギーが切れるということはない。飽きるまで付き合ってやろうじゃないか。


 スミレの作戦……というか提案を聞いた兵士達は少しだけ考え込んでいたが、結局了承した。彼らも疲れが溜まっているのだろうさ。俺達の力を完全に信頼したというわけではないのかも知れないが、背に腹は代えられない、そんな表情をしていたからな。


 作戦内容は光通信を用いて送られたようだ。といっても、インターネット的なあれではなく、光の点滅で簡単な情報を伝えるアレである。俺のめにはチカチカと光っているようにしか見えないが――


「『交代 来た 白い 機体 出る 3機 下がれ』ですか。シンプルですが悪くはないですね」


「えっ……なんで今のがわかったんだ?」

「誰に物を言っているのですか、カイザー」


 一瞬で暗号を解読したのかと思ってびっくりしたが、どうやら違うらしい。


 スミレはステラの面々やナルスレイン等、帝国の人間と関わり始めてからこれ幸いと、その手の情報を聞き出していたらしい。今使われていたモールス信号のような物は、帝国の騎士や兵士達が使うものだそうで、ステラの連中を捕まえてしっかりと教えてもらったんだとさ。


 それだって、軍事機密だろうに、よくまあ教えてくれたもんだよ……。


「それだけ信頼されてるんですよ、私達は」


 っと、思考共有しているんだった。楽でよいが、うかつなことを考えられないのは問題だな……。

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