第四百八話 森の魔女大いに語るその2
◇◆SIDE:リン婆ちゃん◆◇
何処まで話したかの……そうだね、猫族の少年に薬をやった所までだったね。見張りを立てずに森で眠ってしまうのは危険なこと。もし、一人で寝る必要がある場合は周囲に音を出す仕掛けを張るか、レニーの様に木の上で寝るのが正しい行動だね。
まあ、レニーは紐でぶら下がってたけどねえ。
私も普段であれば無防備に眠ってしまうということは無いんだけどね……疲れていたこと、火と少年の体温が暖かく心地よかったことでついスヤりと眠りに入ってしまったんだ……だからやめい! 甘ったるい話はいっこもないんだからの。
で、だ。眠ってしまっていたことに気づいて、慌てて起きると見知らぬ猫族に囲まれていたんだよ。まるで山賊のような風貌のガッシリとした体格の猫族の男たちが、私が起こした焚き火を囲んで酒盛りをしててねえ。それに気づいたときには嫌な汗がでたもんさ。
寝たふりをしながら様子を伺っておったんだがね……とうとう目覚めたのに気づかれての。厳つい顔をした赤毛の男がノシノシと向かって来たときには何もかもを失うと覚悟したわ。
ま、その後にぶっきらぼうな口調で男が言った言葉で、そうはならないと気づいたがね。
『ウチの若いモンの治療をしてくれたのはお前か……?』
若いモンと言われて首を傾げたが、治療と言う言葉から考えれば、さっきの少年のことだろうと理解した。男の質問にそうだと答えると、周りの男達共々頭を下げ、礼を言ってくれたんだ。
私が助けた少年はこの男たちの仲間でね、息子のように可愛がられている存在だったんだよ。
彼らはぞろぞろと森を移動していたらしいんだけどね、そのうち、いつの間にか少年の姿が消えていたらしいんだ。先程までずっと探していたらしいんだが……ようやく見つけたときには見知らぬ少女と二人、仲良く寄り添って寝ていたもんだから頭を抱えたそうだ。
何度も言うが、なんもないからの。
人の気も知らずに、呑気に女と寝ている少年を見て『これは一体どういうことなんだ』と、起こして問い詰めようとしたらしいんだがね、よく見れば少年は足に怪我をしていて、焚き火の周囲に並べられていた鍋やら皿は、どうやら食事の支度ではなく、何やら薬を調合した跡だ。
皿に残されていた植物を調べてみれば、どうやらそれは毒消し草。おそらく蛇か何かの毒にやられて動けないのを助けてもらったのだろうと推測したそうだ。
この赤毛の男を初めて目にしたときには脳まで筋肉で出来ている大雑把な奴なのだろうと思ったが、話してみれば中々に頭が良くて判断力に優れた男でね。
おかげで私も少年も無駄に疑われずに済んだというわけさ。
私が目覚めたのはもう日暮れ間近でね、今からイーソまで帰るのも危険だということで、その日はそのまま森で過ごすことになったんだけど、そこで改めて自己紹介をすることになったわけさ。
『俺達はトレジャーハンターギルド"紅き尻尾"という穴掘り屋だ。俺は頭領のギン。お前さんが助けたジンの親父分だ。あの馬鹿息子の事は本当に感謝している。ありがとうな』
親父分という事だったが、ジンの本当の親ではないらしい。なんでもトレジャーハンターギルドは皆が家族同然だということで、頭領が若い連中の父親役を担って皆で支え合いながら後継者を育てていくんだと。
遺跡発掘は場所によって年数がかかることもあるからねえ。何十年と遺跡に住み込んでじっくり発掘することもあるんだから、トレジャーハンターギルドにとって、後継者の育成は必要な事なんだよ。
そのうち、食事が用意されてね、私もご相伴に預かったんだけどねえ、それがまた旨くねえ。彼らにとってはそれが礼だと言うことだったんだけどね、私は礼に礼をしてしまった、というか、食事が旨すぎて礼をせずには居られなかったんだ。
とは言え、私に出来ることはあまりない。何をしてやろうかと考えていると、ろくに治療もしないまま傷跡を腫れさせてる男の姿が見えてね、どうしたのかと聞いたら『治そうにも薬が切れてるし、街に行って医者にかかる時間が勿体ない』とかいうじゃないか。
集落では薬師の娘として手伝ってたからね。私は簡単な薬なら作れるわけだ。幸いな事に、薬草採集の依頼で出てたから材料もまだ十分に残っていた。その場でキズぐすりを作って治療してやったらそれはそれは喜ばれたよ。
で、それが運命の分かれ道さ。頭領のギンから『紅き尻尾お抱えの薬師として同行しないか』と誘われてね。同族だっていうのもあったが、妖精様から成り行きに身を任せろと言われてたのを思い出して、それはこの事かと思ってね。
ギンの申し出に快諾して以後、私はハンターを辞めてトレジャーハンターになったってわけさ。
なんだい、レニー。さっきから何か言いたそうな顔をしてるね。なに? 紅き尻尾の頭領と友達だって? ジンの義理の孫でジンから引き継いだってのかい? あっはっは、ジンに孫が出来るとは……私も年を取るわけだ……そうかい、引き継いだってことはあいつはもう……なに? まだ生きてるのかい?
孫のマシューが忙しいから結局頭領のまま? まったく、何十年経ってもいい加減なギルドのままなんだね……ふふ、そうかい、あいつはまだ生きとるのかい。
まあ、詳しい話は後で聞かせとくれ。まだ話は続くんだからね。このまま脇道にそれてしまっては、あんたらを帰すのが三日後になってしまうよ。
……それで、暫くの間、紅き尻尾と行動を共にしていたんだけどね、あいつら年がら年中遺物と機兵の話ばかりしてるんだ。畑違いの私だって、うんざりするほど聞かされちゃあ、それなりに知識はついちまうわけよ。
5年も連中と一緒に居たせいなんだろうね、気づけば機兵の修理まで出来るようになってたんだよ……私は薬師だって何度言っても、機兵やらよくわからない遺物やらを持ち込んできては『治療しろ』って薬草片手に冗談交じりに言いやがるんだよ、あの男共は。機兵や遺物が薬草で治るわけがないだろう? まったく愉快で馬鹿な連中だったよ。
いつまでこの生活が続くのだろうと思うこともあったけどね、たまに実家に顔を出せたし、ギルドの連中も悪い奴らじゃなかったからねえ。もういっその事、このままでも良いかと思ってたんだけど……。
もうすぐ20歳になるって時だったか。久しぶりに妖精様が現れたんだ。
『近く、また貴方を誘うものが現れます。別れは寂しいでしょうが、どうかそれに従い新たな道を歩んでください』
何処か気を遣ったような言い方をするもんだから恐縮してしまってね……いえいえ、そんなと言ったところでもう姿はない。
そして20歳の誕生日を祝われ、二月くらい経った頃かね。当時発掘作業をしていたシーハマの遺跡に視察だといって偉いさん方が来たんだ。
学者を引き連れた偉いさん方は興味深そうに遺物を見ていたんだけどね、身なりの良い若者が私のところに来たんだよ。
私はと言えば、やたらでかい遺物の調査と整備をしてるところでね。油だらけの顔だったから恥ずかしくて一刻も早く立ち去ってくれと念じていたんだけどね……若者ときたら、それを知ってか知らずかどんどん質問をしてくるんだ。
『わからない』なんて言えればよかったんだけどね、どうにも身分が高そうな若者相手に適当なことは言えないわけだ。それはそれはバカ丁寧に答えてやったさ。
すると、若者もそれに合わせるようにグイグイと質問をしてくるわけだ。そのうち私は調子に乗ってしまってねえ、舌をどんどん回して話は大盛りあがりさ。
気づいた時には、若者と軽口を言いながら話を楽しんでいたよ。敬語も忘れ、気安く語りかけている私を見てお付の騎士が凄い顔で睨んでおったが……まあ、当然だろうね。その若者こそが若き皇帝、ジークスレイン・シュヴァルツヴァルトだったのだから。
ああ、そうさ。間もなくして帝国から迎えが来ての。私は帝国軍魔力研究所……今で言う機兵研究所に所属することになったんだ。
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