第四百九話 森の魔女大いに語るその3
◆SIDE:リン婆ちゃん◆
何故私のような小娘を研究所に招いてくれたのか。
あの日、発掘現場で私がしていた作業は何時もと変わらないつまらない雑用だったし、話した内容も普段の作業や発掘品についての考察くらいのもので、特に気に入るような事は無かったと思ったんでね、不思議で仕方が無かった。
とは言え、若いとは言え皇帝陛下だ。平民の私がおいそれと会える存在では無いし、会えたところで声をかけることも不敬となり得る。誘われた理由を聞けぬまま半年程度過ごしたんだ。
魔力研究所とでの作業といっても、実際の所は発掘現場とそう変わらなかったの。運び込まれた遺物を解析して、修復を試みてみたり、それを元に新たな仕組みを考えたり。まあ、一応『魔力研究』という名がついているからの、あくまで研究対象の主軸は『魔力炉の改良』だったよ。
その改良に行き詰まっているため、結果的に遺物を解析する時間が増えていたというわけなんだけどね……。
当時、帝国騎士団が使っていた機兵の魔力炉は民間機と同様、タンクに注がれたエーテリンから魔力を得て動く仕様でね、長時間の運用にはエーテリンの運搬が必要なものだった。それでは有事の際に使い物にならないと、永年にわたり研究されていたわけなんだ。
そこで私が陛下に声をかけられた理由に繋がるわけなんだけどね、紅き尻尾と行動を共にしているうち、私は魔力という存在に魅せられてしまっていてね。かつてこの世界で広く使われていた『魔法』と『魔力を用いた魔導兵器』の研究を個人的にしてたんだよ。
それが何処からか陛下の耳に入ったようでねえ、あの日、私と話をすることにより事実と確認。その知識を機兵開発に応用させようと呼んだらしいんだ。
それがわかったのは、さっきもちらりと言ったが研究所に入ってから半年後。私が炎剣フラメールの試作品を完成させ、その視察にやってきた陛下から話された時だね。
で……そのフラメールこそが私のあまり喜ばしくない異名、鋼鉄の魔女と呼ばれる発端となった憎き武器なんだけどね……。
流石に試作品をそのまま騎士に触らせるわけにはいかんからの。試験を重ねて調整する必要もあるし、身内に頼もうと思ったんだけど、だーれも首を縦に振らん。なんてことはない、機兵の研究しているくせに、それに乗って魔獣と戦ったことがない軟弱者ばかりだったんだよ。
『自分で機兵を動かし、実戦テストをした事のない者に機兵の事などわかるものか!』
そう、檄を飛ばしたこともあったんだけどね……逆に研究者でそんなことをしてるほうがおかしいと言われてしまったわ。
まあ、私だってトレジャーハンターに同行していなければ機兵に乗ることもなかったろうからの、研究職の人間が機兵に乗るなんてという、連中の気持ちもわからんでもないんだけどね、やっぱり実戦テストをしないことには気が済まなくてのう。
そんなわけで、結局私が自分で試作機に乗り、フラメールを装備して共にデータを取るため魔獣狩りに出る羽目になったのさ。
騎士団用に開発されている最先端の試作機に乗り、他に類を見ない魔法剣を装備してるわけだ。多少機兵に乗れる程度の小娘でも、それだけ立派な装備をしていれば、そこらの兵士に負けぬほどの戦力になってしまうわけなんだよ。
ジン達と過ごす中、結構狩りに出る機会もあってね、おかげで魔獣狩りが結構好きになってしまっていて……その、久々に出た狩りが楽しくて仕方がなくての、それからの日々は『実戦テストである』と言い張って、ちょいちょい、魔獣討伐任務に同行しては、バッサバッサと魔獣を狩ってたんだけどねえ……。
それが悪かったんだろうね。気づけば騎士やハンター達から『鋼鉄の魔女』と不名誉な呼ばれ方をされるようになっておったというわけさ。
なんでも、燃える長剣を振りかざし、果敢に魔獣に斬りかかる姿がどうのこうの……自分で言うのもなんだけど、一部で崇拝されるまでに至ってしまっててね……。
半分は趣味の一環で出ていた魔獣狩りだけどね、勿論、ちゃんと仕事として記録は取っていたよ。フラメールの性能テストは勿論のこと、貸与されていた新型機の記録もきちんととっていたんだけどね……ある時、ちょっとした気付きがあってねえ。
私は当時の機兵が持つ弱点を無くする方法を閃いてしまったんだよ。
それこそが、人体が持つ魔力を動力とする、大戦時代の機体に採用されていた魔力炉の再現だ。これによってエーテリンの運搬という最大の枷が消え去り、長距離の行軍が可能となった。個人差はあるが、人が持つ平均的な魔力量はエーテリンから非効率的に抽出される魔力量より多くてね、従来機と比べて圧倒的に長時間の行動が可能となったんだよ。
つまり、魔獣討伐や治安維持という、短時間で済ませられる任務だけではなく、他国に攻め入ることも可能となるわけなんだ。
裏を返せば、この技術が他国に渡ってしまえば、こちらも攻められてしまう可能性もあるわけさ。
それでも、トリバやルナーサは好戦的な国家ではないからの。そんな心配は無いと私は思ったんだけどね、国という大きな物を護るためには慎重に慎重を重ねる必要が有るんだろうね。
始めは喜んでいた皇帝陛下も、国の重役共から『他国に漏れたら不味い事になる』と、事あるごとに言わたようでねえ。ならば仕方無しと、トリバ・ルナーサ両国との国交を最低限の物にしてしまったんだ。それから少しすると国境門が閉鎖され、許可証で管理をされた商人のみが入国を許可されるようになってしまった。
そうなると割を喰うのはハンターさ。それまで帝国を自由に動き回っていた他国のハンター達は、潜在的驚異として帝国外に閉め出されてしまうことになったのさ。
ハンターというものは、依頼によって各地を巡るものだからね。帝国のハンターもそれは同じ事。国交が絶たれた今、狭い半島でしか無い帝国内だけではやっていけないと、完全に門が閉ざされる前にと、トリバやルナーサに出ていくハンターが続出してね。
結果として、ギルドは開店休業状態となり、今と同じく名前だけ存在しているような存在になっちまったというわけさ。
トレジャーハンターギルド達は、半島内での調査のため国内に残るものも多かったんだけど、残念ながら紅き尻尾は国外に出ていってしまったようでね……。連中とはもうそれっきりだったんだけど……。
そして……魔力炉改良から暫く経ち。
シュヴァルツ試作型の開発が私にとって最後の国への貢献だった。
時には友のように気さくに話してくれた皇帝陛下の事は、人として好んでいたし、そんな陛下の為ならと一生懸命研究を重ねていたんだけどね、シュヴァルツ試作型の完成する頃になると、これまであれやこれやと言われてきた影響なのか、陛下はすっかり人間不信になってたのさ。
それでもまだ、私を含めた親しい者とは以前と変わらぬ態度で接して下さっていたんだけどねえ……その頃から私は自分という存在について、ちと思うようになったんだ。
私はこのままこの研究所にいていいのだろうか、陛下の元で開発を続けていていいのだろうか。私がしていることは果たして帝国の、陛下のためになるのだろうか。
私という存在は、この国に、陛下に幸せをもたらすのか、それとも――
ふた月ばかり、そうやってモヤモヤと考えていたんだけどね、結論から言うと私は研究所を去ることにしたんだ。
うむ、そうさ。妖精様のお告げだよ。
ある晩の事だ、うつらうつらとしていた私のもとに妖精様が久しぶりに現れてくださった。
『この地における貴方の役目が終わる時が来ました。永きに渡りお疲れ様でした。これからは故郷の地に家を建て、穏やかな暮らしをして下さい。きっと貴方にとって良き人生となることでしょう』
既に結婚など考えるのも面倒になっていたからのう。妖精様を信仰しているのも有るんだけどね、色々と疲れていた私はそれも悪くはないなと、逃げるように研究所を後にしたんだよ。
その後、風のうわさで聞いた話では、突如として消えた私に帝国は大騒ぎ。あっちへこっちへと捜索したみたいだけどね、どうやら妖精様が上手くやってくれていたようでの。結局、誰にも見つかることはなかったわい。
そして、時が経ち、今はこうして平和に暮らしているというわけなんだけどね……。
後年になって森でルッコを拾ったり、レニーを拾ったり……こうして今、妖精様をおもてなししたりしているわけさ。全てはこの日のために、あの妖精様が導いてくださった事なんだろうねえ。
ルッコ。"外"で起きとる事は私も知っておったよ。だから、そろそろお前が来るんじゃないかと思っていたさ。
なに? だったら何故、わざわざ説明をさせたのかって? 馬鹿言うんじゃないよ。お前が勝手に話し始めたんじゃないか。まあ、なかなか興味深い体験だったからね、悪くはなかったよ。
魔女の力が必要なんだろう? どれ、支度するからから少しの間待ってておくれ。
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