第四百七話 森の魔女大いに語るその1

◆SIDE:リン婆ちゃん◆


 あれはもう何十年と前だったかね。まだ周りの爺共から『小娘』と呼ばれていた頃の私はトレジャーハンターとして半島をあちこち駆け回ってたんだけどね、それよりもっと昔はどこにでも居る普通の愛らしい少女だったんだよ……ルッコ、何笑ってるんだい、後で吊すからね。


 少女時代の私はね、ここより少し行った場所にある集落で家族と一緒にほそぼそと暮らしていたんだ。決して裕福な暮らしとは言えんかったが、幼い私はそれに不満を感じなかったし、集落の誰かと結婚してのんびりと畑でも耕して暮らすのだろうと思っていたんだ。


 しかし、ある日の晩じゃ。ベッドで眠っていると、木窓を誰かが小突くような音がする。こんな夜更けに一体何だろう? 村にワルガキは居たけれど、いくらなんでも眠っているだろう。


 そうして考えている間もコンコン、コンコンという音は鳴り止まないし、両親はどちらも音に目を覚まさず眠ったままだ。一人目を覚ましてしまった私は、怖いと言うよりも好奇心が勝ってしまってね、そろりそろりとベッドから出て窓辺に向かったんだよ。


 そりゃ、流石に少しは怖かったからね? ドキドキしながらゆっくりと木窓を開けたんだ。すると、夜の冷たい空気が流れ込んできてね、キャっと声が出そうになったよ。


 そして……恐る恐る、ゆっくりと窓の隙間から外を覗いてみたんだ。


 するとどうだ。月明かりに照らされた小さな小さな人影が見えるじゃないか。今なら人形だろうと思うのだろうけれど、田舎の集落に住む私はそんなもんは知らなかった。


 一体あの小さな物はなんなのだろうと、近づいてよく見てみれば、それは背中に羽根を生やした妖精様じゃった。母が寝物語に聞かせてくれた妖精様の特徴そのものの姿をしたものがの、仄かに輝きを帯びながら、ふわりふわりと浮いていたんだよ。


『妖精様なの?』

 

 そう、呼びかけた。すると、妖精様はニコリと微笑んでの、私の頭に手を当てて綺麗で優しい声で囁いたんだ。


『あなたがあと4つ年を重ねたらイーソに向かいなさい。そしてその地で出逢った者と行動を共にし、後は流れに身を委ねなさい』


 それだけ言うと妖精様はふわりと飛び上がり、森に消えていってしまったんだ。


 翌朝、母親にこのことを話すと、少し難しい顔をした後に優しく微笑み頭を撫でてくれたんだけどねえ……その日の晩にね、集落の長が家にやってきたんだよ。


 今思えば、妖精様を見たという私の話を、長に相談したんだろうね。

 

 ルッコに失礼なことを言われる前に言っておくけどね、母が長に相談しに行ったのは、居ないものを見たという娘を心配したからではないからね。この辺りの土地では昔から妖精様への信仰が根強く残っててね、そんな妖精様を見たという話を聞いたからこそ母親は慌てて長に連絡したんだよ。


 長に妖精様から言われた話しを伝えると、そうかそうかと笑い、頭を撫でてくれてねえ。そして複雑な顔をしている母親と父親に『妖精様のお告げに悪いことはない。心配じゃろうが信じて送り出してやろう』と、言ったんだ。


 今思えば酷な話よの。一人娘を14という年齢で旅に出すんだから。しかも、よその集落へ嫁ぐとか、街に就職する等という形ではなく、いつ終わるとも知れぬ無計画な旅。


 今の世の中ではレニーの様に若い女がハンターとなって各地を旅して周るというのは、そこまで珍しいことじゃないけどね、当時はそんな事は一般的ではなかったし、何より女は結婚して家庭に入るというのが根強く残っていた時代だったからねえ。両親としては複雑な思いだったと思うよ。


 幼い私にはそんな事はわからぬものさ。妖精様に会えたという嬉しさと、妖精様からお願い事をされたという誇りが勝ってね。親のことは大切だったし、離れるのは寂しかったが……まあ、幼いとはいっても私だからねえ……。


 14の誕生日が来る日を指折り数えて楽しみに過ごしたものだよ。


 そして迎えた14の誕生日。親や集落の人達に見送られ、私は旅に出た。当時はまだ他国とそこまで仲が悪いわけではなかったからね。半島東端にあるイーソまでの道中では、ルナーサやトリバから来たというハンター達と一緒になることもあったねえ。


 言った通り、女一人の、それも幼い身で一人旅というのはまずありえない時代だったからね。大抵のハンターは良くしてくれたものよ。


 若い女の一人旅だ、今思えば、危ない思いをすることもあったと思うけれど、それもきっと妖精様の加護があったおかげだろうね。面倒事に巻き込まれることもなく、大きな怪我をすることもなく五体満足のきれいな体のまま旅を続けられたんだから。


 それでも旅は決して簡単なものではなかったよ。機兵に乗るわけでもなく、余分な金があるわけではないから、馬車にだっていつでも乗れるわけじゃあない。基本は徒歩で、蜂房で薬を作って売ったりしてね、路銀を稼がなければいけなかったからねえ。イーソに着く頃には集落を出てから半年が経っていたよ。


 イーソについてから、暫くは何も起きなかったね。当時の私は生活費を稼ぐためにハンターをやってたんだ。と言っても、機兵があるわけじゃあないし、野生動物を狩れるわけでもない。でも、幸いなことに薬草集めは得意だったからね。薬草を納品したり、自作の薬を卸したりして暮らしてたんだけど……ある日のことだ、いつものように森に入って、目当ての薬草を何種類か集めたところで妙な気配を感じたんだ。


 嫌な気配ではなかった。けれど、胸騒ぎを感じさせる妙な気配。何か急かされるようにその気配の方に向かうと……同族の子供が倒れててね。


 私と同じ、白い毛並みをした猫族の少年で、酷く汗をかきながら真っ青な顔で震えてうずくまってた。意識を失っていたし、どうも尋常じゃない。一体どうしたんだろう……と、彼の体を調べてみれば、足に噛み傷があるじゃないか。傷跡からしてヘビにやられたのは明らかだった。


 どうやら毒蛇に噛まれて体に毒が回っているようでね。一刻も早く解毒薬を飲まねば危ない状態だ。おそらく、少年は解毒薬なんて持っていなかったんだろうね。もし持っていたならば、噛まれてすぐに服用していたはずだからね。ルッコも知っているだろう? 蛇毒は噛まれてすぐに対処すればそう酷い事にはならないって。意識を失うほどに毒を回しちまってたってことは、そういうことなんだろうさ。


 幸いなことに、手持ちの薬草で調合可能だったからね。その場で作って無理やり飲ませてやったんだ。


 焚き火で少年の身体を温めながら暫く様子を見ていると、間もなく呼吸が落ち着いてきね。青白かった頬にも赤みがさした。ここまで行けばもう大丈夫さね。

 母から教わった調薬が人の命を救うことになったんだ、母の知識が役立ったんだって思ったら、嬉しくて仕方がなかったよ。


 そして、少年が目覚めるまで見張っていてやろう……と、そばに寄り添い火にあたっていたんだけどね……私も疲れてたんだろうね、周囲を警戒していた筈なのに、何時しか少年にくっついたまま眠ってしまっていたんだよ……こらこら、レニー、そんな顔をするんじゃないよ。この少年とはなーんも、この後もな~んもなかったんだから。そんな甘酸っぱい関係にはならんかったよ!


 ……そして、ハッと、目を覚ました時、慌てて周囲を見渡した私は驚くことになったんだけどね……レニー、すまないがお茶を入れてくれるかね。喋りすぎてのどが渇いてきたよ。

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