第四百六話 魔女との対話
まず始めに、これまでの経緯が語られた。帝国に起きている異変、それに伴う開戦、そしてそれに対抗する同盟軍の存在と、現在の状況。
真剣な顔で話すジルコニスタの説明をリン婆ちゃんは真剣な顔で聞いていた。口頭での説明がしにくい場面が出た時に、いつものクセでうっかり記録映像を見せたらまたびっくりされてしまって、やらかしてしまったかと思ったんだけど……。
『ルッコの説明より大分わかりやすいわい。もっとそれを見せとくれ』
と、あっさりとそれを受け入れてしまって、むしろそちらの方が良いと、そこからは映像を主体とした説明に変わってしまった。もっとこう、ショックを受けるかと思ったんだけど、なんとも適応力が高いお婆ちゃんだね。
とは言え、ジルコニスタの説明も決してわかりにくいものでは無かったし、欠落したデータが埋められていくようで素晴らしかったよ。二人がこの家から旅立ち、ルナーサで私達と合流するまでの話は、レニーから身振り手振りざっくりと伝えられた説明と、仔馬から渡された僅かなデータくらいだったからね。第三者からの視点で細やかに伝えられる話はとてもありがたい。
レニー達が帝都に寄った時点でも、既に怪しげな――眷属化していると思われる兵士が多く確認できたみたい。
ある時、ナルスレインは、父である皇帝だけでは無く、黒騎士団を初めとした城の者達の様子がおかしいことに気づく。
このままでは我が身もどうなってしまうかわからない、そうなってしまえばこの国を建て直す者が居なくなると、早々に街に逃れて市井に紛れて情報を探っていたらしい。
ジルコニスタを眷属化から救ったのは彼の性格にあった。彼は団長という、その気になれば城で書類を眺めながら寛いでいても文句を言われない地位にありながらも、黒騎士団の中でも実働部隊、常日頃から魔獣狩りや治安維持に駆り出される部隊を率いて現地に向かうような人だ。
おかげで城から離れていることが多く、眷属化の魔の手から逃れられていたらしい。
部隊にはアランやリリィの姿もあり、同じく眷属化を逃れていたみたい。
ルナーサを落とし、帰還した部隊の中には皇帝の姿もあったけれど、町人に混じって密かに眺めていたナルスレインの目にはそれは父では無く、別の何かに見えたのだという。
当時、既に帝国奪還部隊を秘密裏に作り、作戦実行に向けて作戦を練っていたナルスレインの口から語られたその事実は奪還部隊の心を大きく揺さぶったが、誰しもがそれを否定すること無く、何処か納得したような顔をしていたのだという。
皇帝のフリをした何者かは、変わり果ててしまった黒騎士団の他にも騎士団までもを従順な配下として従えていった。それは帝都だけではなく、半島各地の街にまで及び、方々で眷属化が行われ、眷属化を逃れた
しかし、彼らが眷属として堕ちてしまうのも時間の問題だろうというのがジルコニスタの意見だった。あの様子であれば、半島各地を巡って全て手中に収めてしまうのでは無いかと。それが終われば、非戦闘員も眷属化し、捨て駒のひとつとして使うのでは無いかと。
それを止めるため、そして眷属化してしまった騎士たちを救うためにジルコニスタはこの場所へ、実家であるこの家に訪れ、母であるリン婆ちゃんに協力を求めに来たらしい……んだけど。
『詳しい話は現地で話す』と、これまで理由を話してくれなかったため、なぜこの流れでこの婆ちゃんの元に向かう事になったのか、全く見当がつかない。
――と、首を傾げていた矢先、ジルコニスタが放った一言で部屋の空気が変わった。
それまで、表情こそは真剣だったけど、どこか穏やかに話を聞いていた婆ちゃんの雰囲気が豹変したんだ。
「で……だ。非常に頼みにくい話なのだが……母さんの、いや、
「薄々とそう言い出すんじゃないかと思いながら話を聞いてたがね……そうかい、レニーを連れて久しぶりに顔を見せたのはそういうことかい……」
「すまん、母さん! 母さんがその名を嫌ってこの地に移り住んだというのは知っている! 断られるのもわかってたさ! だが……!」
すがる目で見つめながら頭を下げるジルコニスタをリン婆ちゃんが一喝する。
「喧しい! お前は昔から変わらないね、人の話を聞かないで勝手につっぱしるのがお前の駄目なとこだよ。私がお前の、お前とレニーのお願いを聞かないと思ってるのか!?」
「……いや……しかし……母さんは……」
「私が断るだろうと決めつけてたんだろ? だからその上で私に首を縦に振らせるにはどうするかを考えて居た、はん! とんだ空回りだね。私という存在を見くびって貰っちゃ困る。わかったら椅子に座りな、そこに立たれると陽が差さないんだよ」
目を丸くして驚くジルコニスタを見て婆ちゃんはハァ、と大きなため息を付き、がっくりと首をうなだれ頭をガシガシとかいた。そして顔を上げると、レニーと私を見て柔らかな微笑みをうかべた。
「レニー、そして妖精様。私がこの土地にいて、あなた方と出逢ったのは、やっぱり妖精様から定められた運命だったんだろうねえ。どれ、今度は私が話す番のようだ。ゆっくり腰を据えて聞いてもらうとするかね」
そして『長くなるからね』とお茶を入れ直しに向かった婆ちゃんを『あたしも手伝うよー!』と、レニーが後を追っていった。
「まいったな……こういう展開になるとは思っていなかった……用意していた物が全て台無しだぞ……まさか母さんが断らないとは……ううむ」
「ジルコニスタ……君からはなんというか……真面目系ポンコツの匂いがするよ……」
「……ポンコツと言うのが何かはわからんが、うむ、肝に銘じておこう」
いや肝に銘じるなって……。
しかし、この婆ちゃんは妖精という言葉をよく使うな。そもそもこの土地は妖精にまつわる逸話が多く残っているらしいから、その影響なのだとは思うのけど……。
どうも奴の姿が、神の笑顔がちらついて仕方がない。
なんというか『妖精から定められた運命』この台詞はいけないね。どうしても、何かの声に従ってこの地に越して来たとか、
と、キッチンからリン婆ちゃんの声が聞こえてくる。久しぶりに孫が来た感じというか、娘が来た感じというか。優しげな声であれやこれやとレニーに指示を出しているんだけど、それがまた、とっても愉しげで、嬉しそうで。
短い間だったとレニーは言っていたけれど、大切に保護をしてくれていたんだろうね。
今のところはただの気のいいお婆ちゃん……いや、ちょっと魔女っぽいお婆ちゃんでしかないのだけれども、一体どんな秘密があるのだろうか。
"鋼鉄の魔女"と言う物騒でかっこいい二つ名からして何か察するものはあるし、わざわざジルコニスタが会いに来るほどの事だからね、きっととんでもない爆弾が降ってくるに違いない。
なにより、婆ちゃんが言う『運命』というのがとってもとっても引っかかる……。
婆ちゃんも神が用意していた物語の鍵となる存在なんだろうか……そうなんだろうなあ、ちくしょうめ。
「おまたせー! 薪でお湯を沸かすの久々だったけど楽しかったよー」
「そうじゃろそうじゃろ。たまには魔道具に頼らんのもいいもんじゃろ」
と、ニコニコと笑顔を浮かべながら二人がお茶を運んできた。ふわりと漂う澄んだ香りはジャスミンティーを思わせる。
きちんと私とスミレの分も煎れなおされ、お茶会の後半戦がスタートだ。
「本当に長くなるからね、覚悟して聞きな。ああ、レニー。お仲間が帰りを待ってるんじゃないかい? 今日は泊まるかもしれないって連絡しておきな……何やらとんでもない物に乗ってるみたいじゃないか。どうせ、お前達ならそんくらいできちまうんだろ?」
「え? あ、うん! だってさ! カイザーさん!」
「ん……そうだね、じゃあ私からキリンに指示を飛ばしておくよ」
「……ほんとに出来ちまうのかい。流石は妖精様だ」
現在海上で待機中のキリンにテキストにて連絡を入れた。これから"会議"が始まるということと、それが長くなるということ。相手の要望でどうやら1泊する必要があるということを伝え、グランシャイナーには先行して半島東部まで移動してもらうことにした。
この後の予定として、半島東部の村々の安否を確認するという重要な案件があるため、実は余裕があるようでそうでもないんだよね。
カイザーも単体で飛行可能になったから、その気になれば運搬用のカゴをストレージから出してジルコニスタとリン婆ちゃんの二人くらいなら現地まで運ぶことだって出来る。
だからグランシャイナーがどこに居ようと問題はないのだ。
それに、もしも移動先で何か面倒事が発生した場合は、グランシャイナーに残してきたブレイブシャインのメンバー達を主軸として、ステラの面々に対応して貰うように言ってある。
だからこの程度の予定変更であれば特に問題はないのです。
「ん、どうやら連絡はすんだようだね」
必要事項の送信を終え、顔を上げた私を見てニッコリと微笑むリン婆ちゃん。そして、表情を引き締めると、何やら昔の話を語りはじめた。
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