第四百二話 泥そして

 マーディンとビスワンの間に広がる原野は非常に泥濘みやすい土質だ。そんな土地に大量の水を流してしまえばどうだろう? 乾ききっていた地面はたちまち水を吸い、あっという間にこってりとした生チョコレートのように強烈な粘りを持つ泥に変化してしまったのであった。


 前世の俺は中学生の頃に自転車で干潟に突入してしまったことがある。決してわざとでは無い、あれは事故だったのだ。


 干潟と言っても、純粋なそれではなく、砂浜を埋め立てている途中にそれらしくなっていた場所だった。陸に近い方は乾燥してカチカチになっていたため、犬の散歩に来た人や、釣りに来た人などがごく普通に通り道として使っていたのだ。


 自分もその通り、近道として埋め立て地に足を踏み入れたのだが、その日は事情が違っていたらしい。普段であればカチカチの地面が、どうも微妙に泥濘んでいる。まるで田んぼのようだが、大丈夫だな、意外と余裕で走れるものだなと、油断をした矢先、突如として回らなくなる車輪、そして同時に沈み始める車体。


 気づけば体ごと半分ほど泥にめり込んでしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまった。幸いなことに、それなりに人通りがある場所だったため、大人の手によって無事に引きずり上げて貰えたが……全身泥だらけのまま家に向かうわけにも行かず、近くの漁港のスロープで季節外れの海水浴を服を着たままする羽目になった。


 もしも人が来ないような場所だったらば……そう考えると非常にゾッとする。


 

 さて、サイズが大きな機兵の場合はどうだろう。いくら底なし沼とは言え、実は底があるのだが、それでも人や車くらいはすっぽり飲み込んでしまう程度の深さがあり、下手をすれば全身が埋まってそのまま……という、不幸な事故が起きることもある。


 しかし、沼にはまったのが9m前後のロボともなれば、精々スネくらいまで埋まるくらいで、全身を飲み込み泥の餌食になる――と言うことにはならない。


 が、それで十分なのだ。


 この土地が泥濘みやすいのは説明したとおりだが、降水量が少ない時期になり、地表が乾いたとしてもそれは文字通り『表面が乾いただけ』だ。水をまいただけで泥と化するこの土地は地中の泥が『流砂』になっている。


 流砂と聞くと砂漠で川のように流れる砂をついつい想像してしまうが、ここで言う流砂とは液状化現象的な意味合いのものである。普段は大人しい顔をしているが、少しでも刺激を与えるとズブズブと周囲の物を飲み込み始める。


 上に乗っただけで牙をむく物がほとんどだが、この土地の土は乾くと頑丈になるようで、水を吸わない限りは大人しい顔をしているという恐ろしい特性を持っている。


 それを利用したのが今回の作戦なのだが、乾くとコンクリートのように固まるというのが肝心なのだ。



「よし、そろそろ頃合いだな。グランシャイナー浮上、ポイントに向け移動せよ!」


 俺の指示とともにグランシャイナーが丘を滑り落ちていく。若干浮上しているので実際に地面を滑っているわけではないのだが、はたから見れば草原を船が走ってるかのように見えることだろうな。


 直ぐに作戦ポイント、バーサーカー隊が泥に塗れてもがいている地点に到着する。目前でホバリングするグランシャイナーを見て慌てて攻撃をしようとするが、近接装備で固められたバーサーカー隊は泥に足を取られてその場から動けずに手も足も出せないで居る。

 

 それでも何機か銃を装備している機体もいるのだが、豆鉄砲のような実弾銃ではグランシャイナーの装甲に孔を開けることはかなわない。


「……なんだか一方的に虐めているようで申し訳ないが、恨むならルクルァシアを恨んでくれ。排熱開始!」


 そしてこの作戦の仕上げである『排熱』が開始された。グランシャイナーを動かす輝力炉から出る余剰エネルギーは調理設備や入浴設備、空調など艦内様々なところで使用されているが、航行中以外はそれでも使い切れないため、勿体ないが熱エネルギーに変換して外部に排出している。


 排出するエネルギーの温度はある程度調節可能で、その気になればパイロットを蒸し焼きにする事も可能なのだが、流石にそんな非人道的な使い方はしたくはない。精々40度に届くか届かないかに調整された乾いた熱風を吹き付けるだけである。まあ、多少暑さにやられてのぼせてしまうかも知れないが、どうせ後で医者に見せるのだから勘弁してほしい。


 フィアールカによる成分調査により、この泥は少しでも表面が乾くと急激に硬化を始める特性を持つことがわかっている。


 ドライヤーにしては圧倒的に低い温度の熱風では有るが、それでも乾いた強風と言うだけで効果は絶大だ。急激に水分を奪われた泥はコンクリートのように硬化を始めていく。


 異様に粒子が細かい泥は機兵のパーツ奥深くにまで入り込んでいるわけだが、それを含めて一気に硬化しているのだからえげつない。例え硬化した地面から抜け出せたとしても、内部パーツには重篤なダメージが入る事になる。


 バーサーカーの殆どは足を封じられ動けなくなり、なんとかそれを免れた機体達も僅かに居たが、それも数に押されて間もなく制圧されてしまった。


「ううむ……非常に申し訳なくなる一方的で酷い戦いだった」


「戦争とはそういうものですよ、カイザー」


 動けないでいるバーサーカー隊をレーダーでチェックし、無人機と有人機をわけ、マーカーを付けていく。識別結果を各機体に送信し、無人機は破壊を、有人機の場合はパイロットの救出捕獲をするよう同盟軍各機に指示を出した。


「よし、俺達もそれぞれ別れて手伝うぞ」

「はい、カイザーさん!」

「おう、じゃ、いってくるぜ!」

「任せて下さいな」

「ゆくぞガアスケ!」

  

合体状態から分離をした僚機達がバーサーカーに向かって散っていく。マーカー機能が実装されたおかげでブレイブシャイン以外の機体達も効率よく動けているようだな。

 

 この『マーカー』機能というのは、新たに実装されたレーダーと共に今回参加している各機体に搭載されているものだ。リオ率いる第七部隊の機体達は後から合流する形になったため、組み込み型ではなく、設置型の端末を搭載する形にはなったが、レーダーの性能に関しては組み込み型の物と機能に差はない……と思う。


 元々、レーダーを量産機にも実装しようという話はあったのだが、そこでキリンやフィアールカが暴走悪ノリし、明らかにオーバーテクノロジーであるモニタ型のコクピット……いわゆるハッチの窓から見る目視型ではなく、外部カメラの映像をコクピット内に映す仕様に改装したのだ。


 これにより実現されたのが『敵味方識別機能』だ。これは我々カイザーチームの機体には当然搭載されている機能で、同盟軍機にも搭載出来ればなと思っていたところ、キリンとフィアールカの劇場版コンビによってあっさりと開発されてしまったのだ。


 これにより、敵味方を色で分けることにより作戦の遂行がスムーズになり、また、各コクピット間での映像通話もついでに可能となってしまった。


 手作り感が溢れる泥臭いこの世界産の機兵はかなり好みだったので、何処にでもありそうなリアル系ロボット感溢れる仕様になってしまったのは個人的には寂しいのだが、相手が相手なので必要な装備だと割り切っている。


 今回無双できたのはあくまでも地形を使ったズルというか、作戦の勝利によるものだからな。ガチンコ勝負となればこの装備であっても被害はかなり出ていたと思う。


『カイザー、全員縛り終わったみたいだぞー』


 ケルベロスに乗って手伝いをしていたマシューから連絡が入った。どうやら眷属化された帝国兵達の拘束が終わったようだ。

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