第四百一話 力技

 新機歴121年12月9日午前5時45分


 同盟軍及びトリバ軍、作戦位置に配置完了。


 眷属化されたパイロットが搭乗している重シュヴァルツ部隊――以後バーサーカー隊と呼称――は昨夜の魔獣討伐戦に於いて損傷を受けたものの、半数以上が健在。


 バーサーカー隊の搭乗機体はシュヴァルツを重装備型に改装したものと推測され、それに伴い魔力炉も大型の物を使用していると思われるが、長期間の行軍でも魔力切れを起こす様子が無いことから、何らかの形でルクルゥシアから強大な魔力を貸与されていると推測。

 また、バーサーカー隊の指揮官機体と思われる軽装型シュヴァルツ――以後ワイトと呼称――は『眷属化』された人間ではなく、ルクルァシアの分体である『眷属』がまるで鎧を着ているかのように機体に入り込んでいる状態のものである事がわかった。


 余り一緒にしたくはないが、俺や僚機達の様にある意味AIで自立機動をする機体とも言えるのだが、我々との大きな違いとして、ワイトには一応実体がある事が挙げられる。

 赤黒い血の塊のようなスライム状の不定形の存在が機体に入り込み、その操作系統を掌握していて、どちらかと言えばロボットでは無く、パワードスーツのような物と言えよう。


 眷属の低い知能を補うかのようなこの仕組は敵ながらよく考えられていると思う。


 バーサーカー隊の機体は眷属化したパイロットを乗せているため、どうしても『状況開始→判断→操縦→対応完了』と、ステップを踏んだ上で機体操縦をする必要があるのだが、ワイトならばコンソールに触れること無く、ただ純粋に我が身を動かすかのように機体を動かすことが出来るだろう。それならば、知能が低い眷属であっても、それなりには機体操縦の真似事が出来るし、状況に対応出来ることだろう。


 どうやら、動きを阻害するのを防ぐために装甲は限界まで薄くされているようだが、それでも全身を金属の鎧で纏っている巨大な戦士で有ることには変わりは無い。ロボに乗らずに戦えば十分に脅威となるし、これでまともな知能を持っていたら、単機であってもかなりの強敵になり得た事だろう。


 さて、数機のバーサーカーに1機のワイトで構成されたルクルァシア軍だが、いくら素人同然の戦略しか取れなくなっているとは言え、動き自体はそう悪いものでは無いし、死を恐れずに数と力の暴力で向かってくるわけだから、正面から普通に戦ってしまうと我々が受ける打撃はかなりのものになってしまう。


 そこでスミレ先生が立てた作戦……と言って良いものかどうか迷うが、その妙案によりなんとか凌げそうでは有る……のだが……これがまたなんというか……。


 我々が部隊を展開している場所は眼下に広がる原野を見下ろせる丘の上だ。そこには横を向いて停泊しているグランシャイナーの姿も有る。


 当初立てられた作戦は、グランシャイナーにて艦砲射撃をした後、一気に攻め入るという中々に凄まじいパワープレイだったのだが……バーサーカーの中身はシュヴァルツヴァルト帝国軍の兵士。相手が生身の人間では無く、大型のロボットと言う乗り物である以上、艦砲射撃は過剰火力にはあたらず、一応は人道的に問題の無い攻撃方法と言えなくはないのだが……問題はその相手が洗脳された状態であるという所だ。


 同盟国であるシュヴァルツヴァルト帝国の若き王、ナルスレイン・シュヴァルツヴァルトが同盟軍に参戦し、新たに立ち上げた白騎士団を率いて俺達と共に戦うべくこの地に立っているわけだ。


 帝国が同盟国である以上、強制的にパイロットごと鹵獲されている帝国軍機を容赦なく艦砲射撃で焼き払ってしまうのは非常に不味い。眷属化から解放出来る可能性が高い以上、余計にそれは出来ないし、なるべくならばパイロットを生存させたまま無力化し、救出したいわけだ。


 艦砲射撃の話が出たその会議には、勿論ナルスレインやステラの団長であるジルコニスタも参加していたため、淡々とその作戦を話すスミレを見て嫌な汗が出る思いだった。


 しかし流石はスミレ、その辺りはきちんと考慮していた。バーサーカーは操られた友軍の兵士であり、救うべき相手であると。なので今回は別の作戦を立てる事にしたと、直ぐに本命の作戦についての説明に移ったのだ……が、それがまた中々にアレな作戦で。


 おそらくは、普通に聞いただけでは賛同しかねる様な内容であると、スミレも思ったのだろうな。だからわざわざ帝国の皆さんを刺激するような艦砲射撃のお話を先にしたのだろう。


 それが出来ない以上、仕方ないと。それよりマシであると思わせるために……。


「しっかし……聞いた時はなんともでたらめな作戦だと思ったが……想像以上に酷いな……」


『バラスト、放て!』の合図とともにグランシャイナーの船体から放た……様に見えるのは恐ろしい量の水である。グランシャイナーは謎技術によりバランスを保っているため、本物の船舶のようにバラスト水と言うものは必要としないし、それを保存するスペースも勿論存在しない。


 では何のための水で、何処からそれが出ているのか?


 グランシャイナーには我々ブレイブシャインの機体達同様にストレージ機能が搭載されている。つまりは、そのストレージに溜め込んで置いた水を遠慮無く放出しているだけなのである。


 その水はグレンシャ村の湖、大陸北西部の海からそれぞれ吸い上げ保存していたもので、それぞれストレージ内で生成し、飲料水として使用可能な状態にしておいたものであり、海からかなりの量を保存していたこともあって、その総量は莫大な量になっていた。


 数十年、艦内の設備で過剰に使用したとしても使い切ることがないほど無駄に溜め込まれた水。それを現在丘の下に向けてどんどん放水しているのである。


 我々のストレージ機能は優秀である。有効範囲内であれば多少離れた場所であってもストレージ内の物を転送することが出来るのだ。船体脇に数箇所転送先を指定し、そこからどんどん水を転送しているためはたから見れば船体に空いた放出口から放水されているように見えるだろうな。


 さて、この水がどのように作用するのだろうか。ただストレージから放出しているだけであるし、丘から下に向かう傾斜もそれほど急なものでは無いため、機兵を流せるほどの勢いを出す事は出来ない。


 では何のために放水などしているのだろうか?


その答えは目の前に広がる原野の地質にあった。この周辺一帯の土は粒子が細かいために、やたらと保水力が高くてぬかるみやすい土地なのだ。

 

 今は季節柄、雨量が少なく、空気も乾燥しているためにカチカチに固まってはいるが、雨期になるとこの辺り一帯はやたらと強い粘り気がある泥が広がる地獄のような土地になってしまう特殊な土地だ。

 問題は『水分が抜けるとガチガチなる』という所で、雑草すら根をはるのを嫌がるレベルの不毛な土地で、どうがんばっても農業に適さぬと判断され、キャリバン平原同様に放置されていたのだと言う。

 

 さて、そんな土地におびただしい量の水を流せばどうなるだろう? 湿り気を帯びた土の上を重量がある物体が歩いたらどうなるのだろうか?


 答えは見てのとおりである。哀れ、バーサーカー隊は丘の下で泥に足を取られ、大きく動きを制限されているのであった。


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