異世界輝神シャインカイザーR

第三百九十五話 海上生活……最終日！

　あれから２週間が経った。いや、経ってしまったと言うべきか。

　私が招いた酷く間抜けなミス、グランシャイナーの停泊場所についての事前相談を怠るという大ポカ。なんというか、大型バスを手に入れたような感覚で居たんだよなあ。

　どっかその辺のちょい広いところに止めればいいやって思ってたのが大間違いだ。私達が乗っているのは恐ろしく巨大な空飛ぶ帆船だ。そんな物を泊められる場所が森のなかに都合良くあるわけなんてない。事前にアズやレイと綿密な話し合いをし、スペースを確保するよう動く必要があったわけですよ。

　しかし、私はそれを怠った……いや、しょうもないいたずら心で『脅かしてやれ』と秘密にしてしまったから大変だ。自業自得で２週間ものロスをする羽目になってしまった。

　作業の間、我々は海上に停泊して待機。キリン組――フィオラにラムレット、マシューとシグレ、それにグランシャイナーのクルーから何人かが基地に降り立ち、今日までせっせと停泊地の整地をしてくれていた。

　キリンから届けられる定時連絡を聞く度に、ため息が出たね。凄すぎて。整地用の機材を作ってからの作業という、実にキリンらしい発想だったけれど、そのおかげで２週間でなんとか仕上げてくれたんだ。ほんと、キリンをはじめとして作業に関わった皆様、そして迷惑をかけてしまった同盟軍の皆様には頭が上がらないよ……。

　さて、海上待機となってしまった私達は何をしていたかといえば……そうだね、食料調達だよね。遊んでると思われるかなあ、半分遊んでるようなもんだしなあ、怒られるよなあ……なんて思いつつ、キリンに報告をしたところ、怒るどころか褒められてしまって複雑な気分になったよ。

　地上では滅亡寸前の魔物も海中では現役だったようでね。普通の魚に混じって海竜（びっくりするほど美味しい）なんかが結構な量釣れてしまって驚いてしまったよ。

　海にも機械化をした魔獣は生息しているけれど、海は広いからね。おかげでアレの影響を受けず、現在も昔の姿のまま生き残っている魔物が沢山いたってわけだ。

　釣りの他にも漁の真似事をしてね、底をさらってカニやエビ、貝類を採ったので魚介類を豊富に仕入れることが出来たんだ。

　そして他にも……『魚ばかりで辛くなってきた』と、悲しげな目で訴えかけてきたレニーやクルー達に負け、近くの森までプチ遠征をして狩りもしちゃったので……結果的に海の幸、山の幸共に、動物性蛋白質を大量に確保する事に成功しちゃったのでありました。

　山の幸はそれほどの量ではないけれど、海の幸に関しては周辺海域をぐるりぐるりと巡って漁をしたので、基地全体で食べても半年は余裕で食べられる分は軽く手に入れられたと思う。

　スミレ先生とフィアールカ先生のアドバイスを参考にアチラコチラへ移動しながら、やり過ぎないように漁をしたので、生態系に影響が出るような事にはなっていないはず。むしろ海竜の間引きをしたので、将来的に魚たちの漁獲量は上がるのでは無いかとのことでした。

　しかし、短いようで長い日々だった……。海は好きだけれども、海上待機というのはやっぱり落ち着かないからね。レニー達の『肉食いたい』を承諾して森に行ったのは陸が恋しかったのもあったし。

　けれど、それも今日で終わり。先程入った昼の定時連絡で予定通りに工事が終了し、受け入れ体制が整ったとキリンからオッケーが出たのです。

『というわけで、そちらの用意が整い次第何時でも帰還してくれたまえ』

　用意が整い次第もなにも、我々は移動手段である船に乗ったまま海上生活をしているわけだから、キャンプ先での撤収準備なんてものをする必要は無い。やることと言っても精々、若干魚臭くなってしまっているデッキを念入りに清掃するくらいのものさ。

　毎日きちんと掃除をしていたつもりではあったけれど、チェックをしてみれば所々に汚れが残っているからね……この環境に慣れきってる我々にはどうってことないレベルの匂いでも、あちらで待ってる皆からすれば強烈な匂いに感じられるかも知れない。

　満を持してグランシャイナーが基地に帰還するという感激のシーンに魚の匂いで水を差されてしまってはたまらない……ってか嫌すぎる！

　そんなわけで、本日我々はグランシャイナーの清掃をし、明日の移動に備えているというわけです。

「いやあ、この洗浄液ってのは凄いですねーカイザーさん」

「床や壁に石鹸なんて贅沢だと思いましたが、実際使ってみると手放せませんわ！ カイザーさん、これ商品化したいのですけれども……」

　グランシャイナーの備品として保管されていた謎の洗浄液。これがまた良く汚れを落とすんだ。この世界にはもともと古くから石鹸が存在していたみたいなんだけど、それをウロボロス……今はヤマタノオロチか。彼らが改良し、更にそれを発展させたシャンプーとリンス的な物はキチンとあった。

　生身の異世界人というわけでもないのに、そういうところに気づく辺りが彼ららしいなと思ったのだけれども、肝心の『人間以外向け洗剤』は何故か開発しなかったみたいだね。食器はもちろん、壁や床の洗浄、それにロボットの達の洗浄にだって大活躍するだろうに。

　まあ、我々ブレイブシャインの機体達は謎パワー……恐らくは描画コストを下げるという、制作面の都合を無理やりそれらしく解釈した仕様により、多少の傷や汚れはわずかな時間で無かった事になってしまうので、必要だと思えなかったのかも知れないな。

　グランシャイナーのデッキが汚れたままなのは、きっと劇場版の作中でクルー達がデッキを清掃するシーンがあったとか、演出で汚れたままになってたーとか、そういうメタ的な理由なんだろうな、わざわざ洗浄液なんて物が積まれているしさ。

　……どうせならグランシャイナーも自動で綺麗になれば良かったのに。

　しかし、洗浄液の商品化ね。こちらの世界でも洗濯の際には石けんを使うのだけれども、服だって結局は身体の延長みたいなものだからね。身につけるものだから石けんで綺麗に洗いましょうという気持ちにはなるんだろうけど、家の壁や床なんかを洗うのにわざわざ石けんを使うと言う発想は生まれにくいのかも知れないな。

　チグハグに文明が進歩してしまっているから忘れかけちゃうけど、この世界って未だにファンタジー世界にありがちな中世ヨーロッパよりちょっと進んだような感じーって言う生活様式がベースになってるからね。衛生にピリピリと気を遣うような人はあんまり多くないんだよな。

　けど、今よりもっと綺麗に掃除を出来るようになる事を喜ばない人は少ないよね。作ればきっと売れるだろうし、街もどんどん綺麗になっていくだろうな。断る理由も無いし、ミシェル君に商売のネタを授けてあげよう。

「そうだね、安全性が高い材料で液体石鹸を作って皿や床、機兵にまで使える万能洗剤として売ればいけるんじゃないかな」

「それですわ！ カイザーさん、材料や製法について後でじっくり詳しくお話をしましょうね！」

「あ、ああ、うん……お手柔らかにね」

　私が作ったことが有る石鹸といえば、母の趣味に付き合って蜂蜜入りのものくらいだ。しかも母が買い集めた材料を指示通りに処理して作ったから……蜂蜜を入れてなんかして固めただけという漠然とした記憶しかない。

　でも「私の記憶」ではなく「カイザーのデータ」を参照すればどうということはないのだ。グランシャイナーに保存されていた備品の万能洗剤をざっくり成分分析することだって出来る。

　後は界面活性剤や香料などから始まる素材をこちらの世界の物質から拾い出せばレシピは作れてしまう。

　……ウロボロス達が知識チートをしまくった理由がちょっとだけわかる気がするな……。

　一通り掃除が終わり、ピカピカになったデッキにクルー達が全員揃っている。時刻は１６時を周り、そろそろ海に陽が落ち始める頃だ。

　海上生活も今日で終わりとなれば少々寂しい気持ちになる。なので今日は皆デッキに集まり、お別れパーティーをすることにしたのだ。

　あちらで頑張る皆に悪いと思って、一応『ごめんね』と連絡をしたんだけど、あちらはあちらで完成パーティをするとのことで、マシューから『こっちも楽しくやるから気にしねーでやってくれ！　あ、あたいへの土産！　魚はきっちりとっといてくれよな！』と、笑顔で言われたので、我々もそこは気にせずやることにしたのでした。

　せっかく綺麗になったデッキを汚さぬよう、シートを敷いてから上にコンロを並べていく。最後の夕食は海面に沈む夕陽を見ながらの海上バーベキューなのである！

「みんな！　今日までお疲れ様でした！ 明日からは海から森での生活に変わることとなる。海から森となんだか慌ただしいけれど、そこは許してちょうだい！ では、海上最後の夜に、綺麗な夕陽に乾杯！」

「「「「「かんぱーい！！」」」」

　ガチンガチンと打ち鳴らされるグラス。和気藹々と楽しげに語り合うクルー達。明日からの事は明日になってから考えよう。私も今は余計な事を考えるのは辞めて共に楽しもうじゃ無いか。

　私とスミレ用に作られた小さなグラスを片手にふよりふよりとデッキの手すりまで移動し、それに座る。間もなくして、隣にスミレが降り立った。

　互いに何も言葉を発すること無く。ただ、ただ緩やかに沈む夕陽を目で愛でる。

　視線を感じて隣を見ると、スミレがグラスを差し出し、微笑んでいる。それに自分のグラスをチンとあて、ゆっくりと甘いワインを喉に流し込む。

「がんばりましょうね、カイザー」

「ああ、頼りにしてるよ、スミレ」

　再びグラスをチンと合わせ、残ったワインをぐっと流し込む。

　こうして私達の長いようで短いようで……やっぱり長かった海上生活は幕を閉じたのでありました。