第三百九十六話 帰還

 我々が停泊していた大陸北西部沖から基地までの距離は、俺がゆっくりと飛んで1時間ほどで到着する程度の距離で、ざっくり120kmほど離れていた。せっかくだからと、調子に乗って沖に行きすぎてしまったために、そんな離れた場所に停泊する事になってしまったわけだが、結果として海竜を狩れたのだから正解だったと言えよう!


 ……ちなみにだが、大陸西部の岸から基地までは空の旅で15分程、少しだけ急いだ速度で5分程分程度、本気を出せば数秒で到着できる距離……つまりは30km程度しか離れていない。


 馬車や機兵の足では数時間掛かってしまうため、凄く近いと言うほどでもないが、将来的に機兵の機動力を上げたり、自動車的な物か、鉄道を開発して通してしまえば30分程度で移動できるだろうから、色々終わって暇になったら偉い人たちから許可をとって港を作るのも悪くないかもしれない。


 あちらこちらから人が集まり、人口が増えつつある神の山基地だが、ルクルァシアとの戦いの後もこのままここで暮らしたいと言う声がチラホラと上がっている。

 

 既に結構な数の建物が基地周辺に立ち並び、秘密基地としての体をなさなくなっているのだが……それはまあ、仕方がないとして、せっかくそう言ってくれているのだからということで、レイに相談した結果、戦後も西の防衛拠点として扱われることになった。


 そうなると、イーヘイやルナーサの様に港を設け、リムールとの交易に使えばより便利になるはずだからな。


 なにより、劇場版のグランシャイナーは見た目的にもやっぱり海上にあるのがしっくりくるからな……是非とも港を作って停泊させておきたいところだ……っと、そろそろ妖精体ルゥに戻って連絡を入れるとするか。


「こちらグランシャイナー、カイザーです。後20分ほどでそちらに到着するから受け入れ準備、お願いね」


『こちら神の山基地、キリンだよ。着陸場所の座標を送ったから後は自動航行にしてくれたまえ。こちらのナビ通り着陸するはずさ』


「了解。ありがとね」

『どういたしまして。君たちの元気な顔を見るのを楽しみにしているよ』


 ふう……。

 事前に報告を聞いていたから準備が出来ているのは分かってはいたけれど、こうしてちゃんと着陸手続きをするとほっとするね。さて、忘れない内に館内のみんなにも通達しておこう。忘れちゃうとスミレが怖いからな。


『こちらカイザー、こちらカイザー。艦内の皆、今日までご苦労様。当艦はおよそ20分後に当初の予定通り、神の山基地に着陸します。今より5分後にはなるべく最寄りの席に座り、安全ベルトを装着しておいてね。以上!』


 グランシャイナーは謎浮力で浮き、謎推進力で進むファンタジーなふわふわとした仕様の機体であるため、実在する航空機やガチの理論で固められた大型飛行機のように離着陸時に揺れるということは無い。


 なので、実の所は普通に作業をしていてもらっても構わないんだけど、それでも離着陸時に予期せぬ事態が発生してしまえば、流石に安全とは言えないからね。念の為に座ってもらうことにしているんだ。


 ……何より、その方が雰囲気が出るからね。多少無駄であっても様式美は守らなければならぬのだよ。

 

 ゆっくりと高度を下げながら基地に向かうこと10分。森の中にスッパリと綺麗に切り開かれたスペースが見えた。どうやらあそこが目的地のようけど……これは上から見ればめちゃくちゃ目立つな!


 幸いな事に、ルクルゥシア達、敵対勢力はなぜか大型戦艦というものを建造せず、何処からかフラリと現れては街を襲うというお約束の暴れ方をしていたので、おそらくはこの世界でもソレに準じて空からやってくるということは無いと思うし、上空から見て基地の場所を特定し、急襲してくるという事もないだろうと思う。


 ……危惧すべきは劇場版での変化かな。私が知らない所で空中要塞なんてものに乗るようになっていたり、ルクルァシア自体が生体要塞として飛行するという可能性も無くはない。これは後でキリンにそれとなく聞いておく必要があるな……。

 

『こちらキリン。目視でグランシャイナーを確認。周囲に異常なし、おかえり! カイザー!』


 何処か嬉しげなキリンの声が聞こえてくる。どうやらグランシャイナーが着陸態勢に入ったようだね。


「こちらカイザー。驚いたよ、ずいぶんと綺麗に造成したものだね。それと……ただいまキリン!」


 基地エリアから500mほど離れた場所に作られた空港にはずらりと機兵が並び、我々に向かって手を振っていた。


 その中にはもちろん、キリンやフェニックス、そしてケルベロスの姿もあり、2週間と言えども久しぶりに元気な姿を見られて、とても嬉しく思った。


 ゆっくりと着陸し、タラップを下ろすと外から歓声が上がった。


「ではみんな、降りようか! クルーのみんなは足元には気をつけてね。」


 乗員用タラップからクルーたちがぞろぞろと降りていく。帆船型になってしまったグランシャイナーは、地表から微妙に浮遊しなければ停泊出来ないため、地上までそこそこの距離があるんだよね。転んで落ちないよう、慎重に降りて下さいねーって、私だけ降りちゃだめなんだった。


 思わずクルーたちと一緒に降りかけてしまったけれど、ここはきちんとレニー達と一緒に降りないとね。


 慌てて艦内に元に戻るとレニーはニコニコとしていたけれど、スミレはニヤニヤとした顔をしていた……なんだよ、言いたいことがあるなら……あ、やっぱりいいです。


「レ、レニー。私達もそろそろ降りる用意をしようか」

「あ、そうですね! 何だかすっかり『ルゥちゃん』に慣れてしまってましたが、カイザーさんの身体はあくまでもこっちですもんね! 私も普通にルゥちゃんを見送っちゃってましたよ」

「も、もうー、レニーったら! 私はちゃんとカイザーとして降りるつもりだったんだってば!」

「そうですね、ごめんなさい あはははは」

「ふふふふ……」

 

ちくしょう、レニーにまでからかわれた気分だよ……いや、スミレの笑い方を見るに、レニーになにか吹き込んだ可能性もあるな……。

 

 いやしかし、これは由々しき事態なのだよ。ほら、そこそこの期間を船上で過ごしていたでしょう? 釣りをしている間だけはカイザーとして動いていたけれど、それ以外は『ルゥ』でいたほうが何かと便利だったからね……採集活動以外はずっとルゥとして行動していたんだよなあ。

 今に始まった話ではないけれど、それでも普段以上にルゥでいることが多かったと思う。そのせいなんだろうなあ、ナチュラルにそのまま降りようとしてしまったのは。


 だめだなあ、私は妖精に転生したかったんじゃなくて、ロボットに、カイザーに転生したかったんだ。それを忘れては駄目だよ!


「ふふ、私としてはルゥちゃんをメインにしてもらっても構わないのですが」

「私が構うんだよ! ほら、スミレもさっさとカイザーに乗ってくれ!」

「……そこで『俺に乗れ』と言わないあたり重症ですね……」

「うっ……」


 ハンガーに向かうと、既に到着していたらしいミシェルが我々を待っていてくれた。


「もう! 何をしてますの!? まさかそのままルゥちゃんとして降りようとしていたわけではありませんわよね?」


「そ、そんなことはないぞ。ああ、いや待たせてすまなかったね。よ、よし、私達も皆のところへ行こう!」


 胡乱げな眼差しでこちらに向けるミシェルが何か言い出す前にさっさとカイザーに潜り込み、本体に意識を移してやった。うむ、やはりこの身体はしっくり来るな! そうだ、俺はカイザー! カイザーだ! 良し!


「それでは、レニー、ミシェル、スミレ! 基地へ帰還するぞ」


「「「はい」」」


 こうして俺達は基地に帰還し、仲間たちと合流した。わいわいとにぎやかな声が通信越しにコクピット内に響いている。どうやら今日はこのまま歓迎会という名の宴会に入るらしい。


 ……穏やかな日常回の後には必ずシリアスな決戦シナリオが待ち構えている。メタな思考だよなあと思うけれど、このシナリオがある程度あの神様が想定しているものだと考えれば……馬鹿にできない。


 何より、妙な胸騒ぎがするんだ。奴が本格的に始動する日はすぐそこまで迫っているんじゃないかな。


 逆に言えば、最終回は直ぐそこまで来ているってことだ。絶対に俺達の勝利で終わらせて、ハッピーエンドを迎えてやるからな。

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