第三百八十三話 キリン装備

 CODE:ANGRYからの MODE:Wrath という、なかなかに物騒な響きを経てキリンの変形が始まった。2つの単語に共通している物は概ね『怒』である。本来麒麟という幻獣は、争いを好まず草原に咲く花すら踏まずに歩くほど殺生を嫌う穏やかな性格をしている。


 それをモデルとして作られたキリンもまた、穏やか……かどうかは別として少なくとも非戦闘型の思考をするAIを搭載し、変形フォームもまたサポートメカらしさをもっていて、他の機体には搭載されていないガレージモードなる機体のメンテナンスやちょっとした武器の製造が可能な工房に変形する事が出来た。


 しかし、そんな麒麟……元となった幻獣の話しに戻るが、心穏やかな麒麟とて怒れば別である。その身に秘めた力を使い、我が身や保護する物に仇なす物には容赦なくその力を行使したと言われている。


 つまりは怒、怒りを契機としてキリンはフォームチェンジを成し遂げ、シャインカイザーと共に戦う力を手に入れるのだろう。


 中央から割れるように左右に分かれたキリンの機体はそれぞれが同様の形状に変形していく。その形はどう見てもガントレット。以前、リックにつくって貰ったあのガントレットを彷彿とさせるそれはそれぞれがシャインカイザーの腕に収まった。


 憎いのが腕にハマる際に謎の効果音が鳴ったことである。『ガキィイン』と重く鋭い効果音を鳴り響かせ、無駄に輝きながら大げさに装着されたのである。ああ、格好いいさ。格好良かったともさ! まったく俺のツボをよく押さえているぜ……。


 さて、機体が2つに分かれたと言う事はコクピットはどうなったのだろうか? 普通に考えると、機体が左右に分離したわけだから二人のパイロット達はそれぞれ右手左手に分かれて収まって居るのだと思われるが、拳にコクピットがあるとなれば中々に危険が伴うわけで。そうなると、危険部位に居る仲間を気遣って攻撃がしにくくなってしまうことだろう。


 なので、流石にそんな事にはならないように何らかの対策が取られているのだろう。

 ……まあ、パイロット達がどこに収まるかについては、薄々感づいては居るけどね。


 そして間もなく、俺の想像通りに事が進んだ。


「……わ! フィ、フィオラ?」

「ええええ? お、お姉? ど、どうし……あれえ!? 皆居る!?」


『どうだいどうだい? びっくりしたかい? 驚いたろう!? だってそこまでは説明してなかったからね! はっはっは』


 全く意地が悪いというかなんというか。キリンからの説明によれば、左右に分かれ、それぞれが右手と左手に装着されるガントレットに変形するという説明と、予備訓練は予めしていたらしい。


 フィオラとラムレットは流石にコクピットの位置に不安を覚える。なんと言ってもガントレットの先端、拳に該当する部分こそが元々コクピットに該当する部分であったからだ。それについて質問を受けたキリンは一言だけ『ああ、大丈夫だよ。いずれわかるから』と告げ、本番までのお楽しみと言う事にしていたらしい。


 そして先ほど変形・合体を経てシャインカイザーに装着された二人は座席ごとシャインカイザーのコクピットルームに転移してきた。これこそがキリンが隠していたサプライズであり、何よりの安全策なのであった。


 例によって例の如く。どういう原理でコクピットごとここまで転移をしているのかはキリンにもわからないと言う事だが、謎パワーにより実現している、それ以上でもそれ以下でも無いため、この件もまた考えるだけ無駄というわけなのだった。


「なるほど、無駄に広くなったと思って居ましたが。フィオラとラムレットが入るスペースが考慮されていたのですね」


「うむ。明らかにスペースが空いていたからな。これはもしかしてと疑っていたんだが、やはり思った通りになったな」


『むう。カイザーは流石だね。まさかそこまで読んでいたとは思わなかったよ。ああ、少々悔しいね……』


「でもさ、これなら腕パーツとしてまとめて合体してもよかったんじゃないのか?」


 マシューが不思議そうな顔をしてそんな事を言う。そう言いたくなる気持ちはわからんでもない。というか、今回のように新形態での4体合体から続けてキリンと合体をするという流れこそが異常なのだろう。


 先に言ったとおり、キリンのこのモードは怒りが契機となりアンロックされる特別なモードだと推測される。劇場版においては恐らく、主人公達が窮地に陥った際、何らかの刺激を受けたキリンやそのパイロットが怒りに打ち震え……無力な我が身を悔やみ、心の底から憤怒を露わにする等、それはそれはドラマチックな具合に発動した後に合体。


 見事その窮地を抜け出すという熱い展開で合体を初披露されるのでは無いかと思われる。


 むう、ロボアニメの話しとなると俺もキリンのことを言えないな……。まあ、ともかくだ。


 あくまでも追加パーツという扱い、メインパーツでは無く、限定的な装備であるというのが大切なのだと俺は言いたいわけだ。そしてそれだけでは無く、コクピットがここにあるというのはまた、別の事情があるのだろうと推測している。


『カイザー。こうして合体……とはまあ、厳密には違うけれど、くっついているとだね。君の思考データがある程度私にも共有されるのだよ』


「む。そう言われて見ればそんな仕様だったな……まあ、お前に聞かれて困るような事は考えては居ないが」


『ふふ。それはまあ気にしないけれどね。いやあ、大体君が考えている通りだから驚いているのだよ。私に秘められた謎や仕様を語ってしまうと劇場版のネタバレになってしまうだろう? ああ、君はもう気にしないとは言っているが、パイロット達は必ずしもそうではないだろうからね。であればなるべく控えてあげたいというのがロボ心じゃ無いか』


 ロボ心ってそんな親心みたいな……。


『それでだ。コクピットがこの位置にあるという意味、それは大体君が思っているとおりで間違いないね。ああ、そうだね。戦闘訓練をしないといけないのだったよ。うむうむ、本来であれば私が装着されていない状態での戦闘訓練を経て、改めてキリン装備で力の差を確認という流れにするべきなのだが、生憎時間が残されていないのでね……少々遊びすぎてしまったようだ』


「時間が無い……? まさか……ルクルァシアが……?」


『ああ、違う違う! 単純に機体改装がそろそろ終わると言うだけさ。現実世界のね。だからちゃっちゃと訓練を終わらせあっちに帰ろうじゃ無いか。地上じゃグランシャイナーのクルー達が待っているんだよ? 何時までもそらでフラフラしてるわけにはいかないさ』


 そう言えば……そんな事もあったな。いけないな、時間を弄ったVRというのは感覚がおかしくなってしまう。あれからもう何日も経ったような気がしていたが、実際にはまだ1日も経っていないのだ。


『では……フィアールカ。訓練プログラムを頼む。仕上げとなる面白いのをお願いするよ』


『もー! キリンは直ぐそう言う変なことを言うの! 普通のを出してあげるからさっさと終わらせて帰ってくるの!』


 そして俺達の訓練は最終局面を迎えることとなった。

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