第三百七十六話 キリンレポート1
◆SIDE:キリン◆
さてさて。私もフィオラくんやラムレットくんの訓練があるわけで。決して暇ではないのだけれども、まだちょっとフィアールカが忙しいのでね。折角だから彼らの訓練をこっそり覗かせて貰っているのだが、まだまだ荒いは言え、うまく使いこなせているようで何よりだよ。
飛行ユニットを持たないカイザーには空を主戦場とするバラメシオンを充てがい、その弱点を克服しようと魂を震わせ……機体だけではなくパイロットも精神的に成長するという演出を加えてみたのだが……ああ、最高だった、中々に良かったね。これは実際にカイザーがアルティメット化した際に竜也に現れた現象を再現してみたものだったが、カイザーが言う通り、我々が居たあの世界が物語の中であるというのであれば、学術的に説明ができない強化パーツ換装時に現れた例の現象もそういうもんだと割り切って見られるね。。
まあ、ここはどうやらカイザーが言うところの現実世界で、私が居た物語の中や、VR空間のように一瞬で換装完了とはいかないわけで。今もフィアールカの子グマ達がせっせと働いているわけだけれども。
さて、マシュー君が操るオルトロスの弱点とはなんだろうか? この世界のパイロット達はオリジナルメンバーとは違い、機体性能を無視したチグハグな攻撃方法を取る傾向がある。 オルトロスの特徴として真っ先に挙げられるのは左右の拳にそれぞれ炎と氷を纏って放たれる打撃攻撃なのだが、どういうわけかマシュー君はそれをしようとはしない。
代わりに使っているのがトンファーブレードなる見慣れない装備だ。中々に面白い仕様の武器で非常に興味深いが、それを主軸として戦っている以上、敵が射撃武器で身を固めていた場合、非常につらい思いをするはずである。この点に関してはオリジナルパイロットの獅童 謙一も同様に苦しんだというデータが残っているね。
そんなマシュー君とオルトロスが相手取っていた訓練相手はラタニスク。口を開かなければイケメンだと雫君が言っていた敵幹部『シャナール』が操る射撃型の機体だ。思った通り近寄れずじわじわと削られてカイザー達同様のジリ貧状態になっていたね。
しかしマシュー君は魅せてくれた。私とフィアールカのプログラムが上手く噛み合った結果とも言えるのだが、あのシーンは後でカイザーに見せたらきっと喜んでくれると思う。
このままではただただ削られきって負けるだけ、そう考えたマシュー君は焦っていたが、そこで好機が訪れた。敵の弾幕がガソリンスタンドに直撃し、大爆発を起こしたのだ。咄嗟に退避をしたマシュー君は無事だったのだが、なんとその爆炎を利用し、それに紛れてラタニスクの懐に飛び込んだのだ。
得意のトンファーブレードは申し訳ないが私ではデータ不足で再現出来ないため、VR空間には持ち込めていない。代わりに装備していたのが2本のナイフ。懐に飛び込むやいなやそのままラタニスクに突き立てた。
が、ナイフはナイフだ。両腕でそれは防がれそのまま抱きつかれてしまう。ギリギリと締め上げられるオルトロス! 絶体絶命だ。
そんな時いい具合に、ああ、非常にいい具合にマシュー君が叫び声を上げたんだ。
『ちくしょう! 折角懐に入り込んだってのに腕も足も動かねえ! なんで機兵にゃ牙がねえんだよ! 牙があれば……こんちくしょうに噛み付いてやれるのに!』
思わず笑ってしまった。確かに肉弾戦に置いて牙……歯と言うのは時として大きな武器となる。獣じゃなくとも人だってそれを武器として振るい、窮地から脱することさえあるのだから。それを機兵、ロボットで出来ないのが悔しい、彼女はそう叫んでいたのだ。
おかしくて笑ったのではないのだ。彼女が求める牙、新たなる牙こそ、これより私達が授けようとしている新形態で叶うのだから。
私が与える前にそれを求めるその意思。新たなオルトロスのパイロットとして相応しいと心から思わせてくれたマシュー君に嬉しくなって笑ってしまったのだよ。
ああそうだ。間もなくマシュー君の願いは叶うこととなった。
『くぉらあ! なーに情けねえツラしてやがる? それでもおめえ、カイザーチームの一員かぁ!?』
カイザーの時と同様に所長の声が割り込んで……その身が輝力に包まれ眩く輝く。
所長、榊原十蔵の音声データをわざわざ生成し、訓練のエッセンスとして使用したのは彼を『作品の登場人物』として知る彼女達パイロットに対するご褒美というか、ちょっとした遊び心だったのだが、僚機達を含めて反応は上々。好評なようで何よりだ。
『な……! おやっさんの……声……?』
『わわ~懐かしい声だ~』
『おじちゃん元気ー?』
『MODE:KERBEROS-承認だぁ! さっさとツラぁ上げやがれ謙一! ウロボロス達、オメエラもだ! おら! いくぞ! 黒森重工からの出前だ! たっぷり味わえ!!GO! インストォオオル!』
光の中から現れた機体。全体的にガッシリとした姿に変わったその機体。
生まれ変わったオルトロスが新たに手に入れた大きな変化にマシュー君は直ぐに気づくことになった。相手がAIではなく本物のシャナールだったならば、光に驚きその手を離したのかもしれないが、残念ながら急ごしらえのAIにはそんな気が効いたリアクションは取れないため、今もしっかりマシュー君を拘束したままだ。
しかし、それが彼女にとっての幸運だった。
『おお!? なあ、オルトロス!? な、なんかお前ら……背中に頭が増えてないか?』
『そうなんだよ~ 私達は2機のままだけど~』
『お顔が1つ、今の形態だと変わった腕として1本増えてるねー』
『『あと、
そう。新たな名前は『ケルベロス』オルトロスに顔が一つ増えてケルベロス。……私が考えたわけではないから文句は言わないでいただきたいね。
ケルベロスとなったこの機体は幻獣形体は言わずもがな。ロボ形態では顔の変わりとなるサブアームが背中に1本生えている。そしてそのサブアームには……。
『うおおお! なんだかわからんが!こういうことなんだよな! 行くぞ! ケルベロス!』
『『がおおおおお!!!』』
マシュー君が願った牙。第三の頭は大きく口を開きラタニスクの頭部に喰らいつく。牙とはいっても比喩であり、実際にその行動自体に攻撃力があるわけではない。が、その牙は、第三の腕、サブアームはああやって噛み付くための装備ではなく、フォトンランチャー、射撃武器が仕込まれているれっきとした武器なのだ。
本来であれば褒められた使用方法ではないけれどね、いやあ見た目は凄まじく良かったよ。なんたって噛み付くように敵の頭にはめ込んだ銃口からそのまま光子弾を放ったのだから。
カイザーが見たら『ゼロ距離射撃じゃん!』なんて大喜びすることだろうさ。まあ、あれをゼロ距離射撃と呼ぶのは本来の意味を考えると誤りであって――と、駄目だね、私は。またカイザーに怒られてしまうよ。
本題に戻ろうか。
そんな乱暴で無茶な攻撃を喰らってしまったラタニスクの頭部は勿論蒸発し、その勢いでケルベロスも吹き飛んでしまった。VR空間でなければ結構なダメージを受けていたはずだからこれは後できちんと指導しないといけないね……。
まあ、それはそれとしても非常に絵になるシーンだった。このブレイブシャインというパーティはいちいち熱い演出をしなければ行けないというルールでも有るのだろうか。
ミシェル君もまた中々だったからね。っと、まだ時間が有るようだし、今度はミシェル君達のレポートをまとめておくことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます