第三百六十九話 こぐま

 寝ぼけまなこでぽてぽてと歩いてくるのは謎の子グマ。ポーラを管理している小型ロボットたちの隊長機かなにかなのだろうとは推測できるけれど、一方的にこちらのことを知っているというのが気にかかる。


 スミレの声を聞きスミレと判断し。その姿を見て驚いている様子から考えれば恐らくは劇場版か何かで追加された新キャラなのだろうな。少なくとも私が読んだことが有る設定資料集にはこんなキャラクターがいるという描写は勿論、子グマ達が管理ロボットとして乗り込んでいるというネタは無かった。


 ……二次創作でも無かった……と思う。ポーラという名前から子グマ型の管理ロボットが居るのにはなんとなく納得してしまったけれど、こうしてスミレを知る喋る個体が居るのであれば話は別だよ。間違いなく、シナリオに関わる登場機体じゃん!


 と、取り敢えず、浮いてる私達を見上げ、小首をかしげている子グマと少し話してみようかね……。


「私はカイザーだよ。そしてそっちはお察しの通りスミレだ。君の名前はなんていうんだい?」


 名前を聞く前に自ら名乗れを実行し、少しでも不信感を無くして円滑な交流につなげようと思ったのだけど……。


「うそよ! カイザーはもっとおっきくて白いの! ……あなたも白いけれど、もっともっとおっきくて偉そうなのよ? それに声だって違うわ! カイザーは女の子じゃないもの!」


 参ったな……そう言われるとそうなんだけど、これでも私はれっきとしたカイザーなんだよ……。本体はあっちに乗ったままだし、まさかこちらに射出するわけにも行かないし。子グマにジロジロと観察されて妙な汗が出そうだ。


「貴方が言うことは最もですね、こぐまちゃん。貴方は私の名前を知っていましたね? その通り私はスミレ。この体は自分で作りました。可愛らしいでしょう?」


 停滞しかけた空気を破りスミレさんのターンだ。そうか、私にはスミレが居るんだぞ。どうだ、空気を読まないだろう! 凄いだろう!


「確かにその声はスミレね。でもどうして? どうして私のことを覚えていないの? その偽カイザーになにかされちゃったの?」


 っく! すっかり悪者呼ばわりだ! 頼むよスミレ。早くこの面倒な誤解をといてくれ。


「ごめんなさいね、ちょっと複雑な事情があって……話せば長くなるから……こちらから詳細データを送りますね」


 そうか。見た目は可愛いクマさんだけれども、この子もれっきとしたロボットだ。であれば物理的に「かくかくしかじか」ができちゃうわけだね。クマの規格がキリン同様に私達より新しくてもあちら側なら下位互換でこちら側の古い規格に対応しているだろうし、まったく便利なもんだね……。


「ん! ああ、ごめんね。名前も名乗らないで。私はフィアールカ。この基地のしれいかんよ! さっき起こされたばかりでまだちょっと眠いのよ」


「む、そうか。レニー母が……巫女長が祝詞のように読み上げていた『コネクトトゥフィアールカ』のフィアールカとはシステム名ではなくて君の名前だったのか』


「なれなれしいわね! 偽物! そうよ、お昼寝してたら地球から信号が届いておこされたのよ。でもふしぎね、どうして私はお昼寝してたんだろう? それに基地がまっくらよ?なにがおきたの?」


 ああ、この子もまた何も知らずにこちらに呼び出された存在の1つだもんね。そしてどうやら今の今まで休眠状態になっていた様子。……スミレからデータを貰ったら驚くだろうなあ……。


「では、そこの白いアレの事を含めてこれまでの情報と私達が置かれている状況についてデータを送信しますね。フィアールカの疑問についてはそれで全て解決するはずですよ」


「ん! じっくりお話してくれたほうが嬉しいけど、また眠っちゃったら困るしね! いいよ! おねがい!」


 フィアールカの耳たぶ……もふもふの一部がパカリと開き、接続端子が露出した。あれ、この体って線が出るような機構があったっけ……? まあ、スミレならそういう機構を何処かに隠しておいても不思議ではないけれども。


「なるほど、そうですね。有線接続のほうが帯域を考えると好ましいですね。では、失礼します」


 一体どこからどうやってコードを出すのだろうと見ていると……ああ、なるほどね。


 スミレは左手をそっとフィアールカの端子に当て、目をつぶって……どうやらデータ送信を始めたらしい。端子といっても何かを差し込むような穴ではない。接触させるだけで接続ができるタイプなのでそんな方法がとれるわけだ。


 話すよりは速い、とは言っても『かくかくしかじか』を構成するデータ量は膨大だ。送信が終わるまでに3分ほどの時間を要した。冷静に考えれば地球で私が使っていたPCのストレージなんか話にならないレベルのデータ量を3分程で送信しきれるわけだから恐ろしい話だわ。


 送信が終わり、しばらくするとフィアールカはちょっと悲しげな表情をして、まずは私に頭を下げた。


「ごめんね、カイザー。まさかあんなに偉そうなカイザーが可愛い女の子になってるなんて思わなかったの。でもカイザーもわるいのよ? せめてもっと偉そうに喋っていればわかったかもしれないのに」


 そんな事を言われてもね……。


「そっか、あの星は地球じゃないんだ。確かによく見れば何もかもが違うものね。起きたばかりでお外をちゃんとみていなかったの。そして皆は私が居た世界とはちょっと違う世界から来たのね。だから……そっか、私のことを知らないんだ……誰も私を……」


 しょんぼりとうつむくフィアールカ。私にはスミレや僚機の皆が居る。けれどフィアールカは……。


「フィアールカ。君が知ってるカイザーじゃないかもしれないけれど、私もまたカイザーだよ。君さえよかったら、お友達になってくれないかな? それに、向こうに止まっているグランシャイナーにはきっと君と仲良く出来るお友達がいっぱい乗っているんだ。君は一人じゃないよ」


「ほんとう? お友達になってくれるの?」


「ええ、私とも改めてお友達になってくださいね、フィアールカ」


「うん、うん……ありがとう、カイザー、スミレ。良かったあ……私、ひとりぼっちじゃなかったよ」


 嬉しそうに私とスミレの手を握り、明るい声を出すフィアールカ……かわいい……。


 どうなることかと思ったけれど、無事にフィアールカと通じあえたし、この後のミッションも円滑にいくだろう。


 喜びに溢れた暖かな空間。しかし、それは長くは続かなかった。何処にでも空気を読めない存在というものは居る。たとえ、その行為が正しいもので、実行するべき事であったとしてもタイミングというものが有ると思うのだ。


『いい空気の所、申し訳ないが! 私は! キリンはお前のことを覚えているぞ! ああ、フィアールカ! 久しいなフィアールカ! くう、私もスミレやカイザーの様に妖精義体を持っていたならば、そちらに行ってその愛らしい姿を見れたというのに! ああ、そうだ! スミレ! カイザー! 君たちは何故映像を送ってくれんのだね!? せめて映像を送ってくれたらこちらからもフィアールカを目で愛でられるというのに! カイザー! 聞いているのかね!』


「……うわあ……キリンも来てたんだ……あのめんどくさいかんじ、私の世界のキリンだ……うへえ……そっかあ、来てたんだぁ……うう、まだ一人ぼっちのが良かったよ……」

『はっはっは。君のそういう素直ではないところが私は好きで好きで仕方がないよ!』

「ほんねだよ!」


 ……そうか、キリンとフィアールカはどちらも劇場版の世界から訪れた真の同郷人か。そして、どうやらフィアールカはキリンを苦手としているようだ……。


 すっかりテンションが落ちたフィアールカ……かわいそうに、すっかり疲れた顔をしている。全くキリンは人を疲れさせる天才だな……。

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