第三百六十五話 輝力母艦グランシャイナー
湖面を割り、激しい水音を立てながらゆっくりと浮上する我らが母艦、グランシャイナー。巫女達は歓喜の涙を流し、民達は歓声を上げ、パイロット達は……興奮していた。
「うわあ……うわあ……実物を見ると凄い! 凄いね!」
「やばいなこれ! デカ過ぎてもう笑えてくるぞ」
「アタイ……何があっても……もう驚かねえって思ったのにあれは反則だよ!」
まるで子供のように……いや、日本で考えればまだまだ子供と呼べる年齢だから当然か。……いやまあ、ラムレットは立派な大人だが……。
レニーとマシュー、ラムレットは目を輝かせ、飛び跳ねながら浮上するグランシャイナーに熱い眼差しを向けている。まだ盛り上がる水面しか見えていないというのにこの興奮、本体が現れたら一体どうなってしまうのか。
「うちの屋敷が丸々沈んでいたような感じですわね……」
「家にしていたと言うのが頷けますね……」
冷静に興奮している……矛盾しているが、そんな雰囲気なのはミシェルとシグレ。歓声こそ上げてはいないが、恍惚とした顔で船に熱い眼差しを送っているのをみると、彼女たちの喜びがひしひしと伝わって……――
『まさかグランシャイナーと再び会える日が来るとはね……あそこには私のラボもあるんだよ。ああ、早く乗りたいなあ! 乗りたいなあ! おおお! ほら、ごらんよカイザー! 君は怒るだろうが敢えて言わせて頂こう! 船首で微笑む女神像を! あれはきっと君が知らないグランシャイナーの姿なんじゃなかろうか!? 良かった、私が知ってる方のグランシャイナーだ! そうじゃなければラボが搭載されていなかったろうからね! どうだい、生まれ変わったグランシャイナーは! かっこいいだろう! そうだろう!?』
――……なんだと…………?
相も変わらずやかましく講釈をたれるキリンに軽くウンザリし始めていたが、女神像……? いや、そんな事よりも、あれはなんなんだ? 俺が知るグランシャイナーとは、我々が知るグランシャイナーとは……違う……船だ……。
「……カイザー、グランシャイナーが船に、帆船になっています」
「そのようだな……」
「グランシャイナーよりデータ受信。アップデート完了……艦名『グランシャイナー改』データベースに登録完了……敢えて一言だけ言わせて下さい、カイザー」
「許可しよう」
「なんでも改と付ければ許されると思わないで欲しい」
「非常に同意である。グランシャイナー……お前、暫く見ない間に何があったんだよ……夏休みデビューってレベルじゃないぞ……」
俺やスミレ、僚機の皆が乗り込んでいたグランシャイナー、そしてアニメとしてレニー達が見慣れたその姿はいわゆる『リアル系ロボットアニメによく出てくる宇宙戦艦』である。海に浮かぶ船舶のような形状では無く、どちらかと言えば潜水艦的な形状で、今湖に浮かんでいる『帆船』はどう考えても我々が知る宇宙戦艦ではない……。
が、恐る恐るその船体を構築しているマテリアルを分析してみれば、白く塗られたその船体の下は我々の機体同様にシャイニリウムで覆われていて、また送られてきたデータによればきちんと機関部が存在し、勿論そこには大型の輝力炉が存在しているようだ。
「どうやらレトロなのは見た目だけのようだが……しかしこれは……本当に……」
完全に水面に姿を表したグランシャイナーは滑るように湖上を動き、そのまま地上に上陸してきた。
……そうだよな。見た目が船でもグランシャイナーだものな。浮けるよな……。
なんだか色々と自信が無くなってきたが、あれはやはりグランシャイナーだ。ゆっくりとした動きで丘まで移動したグランシャイナーの船体がカーフェリーのようにゆっくりと開き、中へ入れと促しているようだった。
……こういうギミックを見ている分にはきちんと正しくグランシャイナーなんだけどな。
「機神様、使徒達よ。此処から先はあなた方だけの御役目です。フィオラちゃん。レニーちゃんをフォローしてあげてね。此処から先は貴方が説明するのよ」
「うん……。分かっているよ、お母さん。お姉にもちゃんと手伝わせるから……」
「え? フィオラ? 母さん? 手伝い? もう儀式は終わったんじゃ……?」
「いいえ。神機の復活はあくまでもその準備。真の儀式……試練は神機の中で行われるのよ。さ、レニーちゃん、フィオラちゃん。後は任せましたよ」
俺達が全て乗り込むと、ゆっくりと船体が閉じていった。なにやら試練とやらが始まるらしいが……試練という言葉から推測するとそれはもしかすれば……。
さて、どうなるのだろうとフィオラをちらりと見ると、彼女もまたこちらをじっと見つめていたようで目が合った。フィオラは若干照れたようなバツが悪いような表情をした後、真面目な顔で話を始めた。
「えー、お母さんが言う通り、この服装から分かる通り……私はこの村で代々色々頑張ってきた巫女の末裔なんですが、お母さんみたいな言葉遣いは出来ないので軽いノリで説明することをお許し下さい」
「ああ、それは構わん。自分の言葉でゆっくりと今後の説明をしてくれたら嬉しいぞ」
「はい。ではまず……姉の断罪から」
「ええ? あたし? なんであたし!?」
その言葉をきっかけにフィオラがレニーの犯した罪について淡々と語り始めた。
「もう何も隠さないで良くなったので全部言っちゃうけど、私、グランシャイナーがあの湖に眠っていることを知ってました。そしてそこにカイザーさん達とそのパイロットがやってくることも」
「え。なにそれ!? なんでフィオラだけ知ってるの? 私何も知らなかったっていうか、カイザーさんたちのことまで知ってたの?」
「勿論。というか、お姉が知らないのは当たり前なんだよ。ここでおさらいだけど、巫女の役割っていうのはさ、大神の神託を受け、必要な場合はそれを外部の地に住む現地民に届けるってのが一番大切な役割なのね? 知らなかったでしょ?」
「知らないよ。聞いてないんだもの」
「そうだよね。そして、そのお務めが始まる12歳の夏の前に外部の地が今どうなっているか、正しい知識と先祖代々伝えられてきたグランシャイナー、そしてカイザー達、機神の話を聞かされるんだよ」
「ふうん? それで……あっ!」
「そう、お姉はそのお話がされる前に『もう嫌だ! あたしは巫女なんてまっぴらだ! 外の世界で
「あー! あー! やめて!皆にその話は辞めて! はずかしい……」
「どうせお母さんが言った『明日が修行の総まとめよ。楽しみにしててね』を別の意味に捉えて逃げ出したんだろうけど、なんてことはないんだよ。これまでの頑張りを褒められて、今後一緒に働く仲間として巫女達からの歓迎を受けてさ、さっき言ったお話を聞いておしまい。お姉は馬鹿だから逃げちゃったけど、とっても大事な日だったんだよね」
「返す言葉もございません……。ばっちゃの修行が厳しすぎたので、それがまとめてやってくると思ったら耐えきれませんでした。そんな事はないと知ってれば逃げませんでした」
「思いっきり返してるじゃないの……。でまあ、お姉逃げちゃったじゃん? 何日間かはお父さんとお母さんが心配して探しに行ってたんだけど、神託が降りたらしいのよ。『巫女レニー・ヴァイオレットは使徒に選ばれる』と」
「元々脳天気な両親だと思ってたけど、全く心配してなかったのはそういうことかあ」
「お姉はもっと両親を信用して……!」
そんな具合でクドクドとフィオラのお説教が続いていく。どうやらレニーが居なくなったことでフィオラの仕事が増えてしまっていたらしい。
13歳を迎え、巫女の仕事を本格的に始めたある日、フィオラはレニーの夢を見た。レニーが遠くに飛ばされる夢を。その話を母親にした所、それは神託であると。そして『今まで話していなかったが、姉、レニー・ヴァイオレットは使徒に選ばれ機神に乗っている』と母から打ち明けられることになった。
そして実はその日、母親には別の神託が下っていたという。
『フィオラ・ヴァイオレットも使徒に選ばれる』
これは今日までフィオラには明かされていなかった秘密の神託。故に、姉とは違って一応は書き置きを残して旅立ったフィオラに関しても両親は心配をすることはなく、グランシャイナーが蘇る日が近づいているのだと確信したのだという。
巫女の一族に課せられている守秘義務は、グランシャイナーが起動するその日で全て失効する。それはたとえ家族であっても漏らすことは叶わなかったため、神託によりある程度事情を把握していたフィオラは大層やきもきしたこともあったらしい。
「でもさ、ルゥ。私やお母さん、巫女達でも知らなかった事、驚くことがあったんだよ」
「む、なんだろうか」
「スミレさんやルゥの存在だよ。スミレさんはまあいいとして……まさか自分が探していた『機神カイザー』がずっと一緒に旅をしていたルゥだとは夢にも思わなかった」
「そう言えばジーンさんも驚いた顔をしていたな……」
「ま、アタイとの出会いも含めて全ては大神のお導きってやつなんだろうねえ」
「ふふ、違いないな」
そしてようやくお説教から開放されたレニーがフラフラとへたり込み、試練とやらの説明が始まった。
「お姉はもうだめだし、引き続き私が進行するね……教えるのも面倒だし。 では、これより機神の皆様には艦艇下層の……まあ、ここが下層なんだけども。この層に有るハンガーに移動してもらいます」
「ほほう」
「そしてスミレさんは使徒……パイロット達を連れてブリッジに移動してください。私もパイロットとしてそちらに同行しますので、追って指示を出します。ルゥ達はハンガーについたら待機してて」
「了解。マップは……と。ああ、内部構造は俺が知る艦とそう変わってないんだな」
「なら良かった。じゃ、ここで暫しお別れでーす。じゃ、またあとでね!」
そしてパイロット達は昇降機に乗り込み上層へ、我々は奥にあるハンガーに向かうのだった。
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