第三百五十九話 村へ

手のひらに乗るサナが『おおい! おおい!』と嬉しげに手を振っている。彼女の視線が向かう先にいる農夫達は皆一様に腰を抜かし、状況が飲み込めずにただひたすらに動揺している。


「サナよ……農夫達が腰を抜かしているようだが……?」

「当たり前だよ! あたしらから見ればカイザーは輝神様! そっちの黄色いのは昔話の鬼ってわけだ。みんなが驚かないわけがないよ」


「カイザーが機神呼ばわりなのは愉快だがね? 私が鬼呼ばわりされるのは少々悲しくなるんだけどねえ……」

「ごめんって。ま、広場で皆に紹介すればその誤解も解けるんじゃないの?」

「数百年越しの誤解を解いてのお披露目か……。ふふ、まるで凍土から蘇るマンモスのようだよねえ、カイザー」

「いや……それは例えになってるようでなってないぞ……」


 畑を縫うように作られている街道はあまり広くはなく、油断をすれば畑に足を踏み入れてしまいそうになる。現在俺を操縦しているのは……レニーか。以前であればヒヤヒヤしながら時折こっそりとサポートをしていたものだが、今では安心して任せることが出来るな。


 やや遠くに家々が立ち並んでいるのが見えた。レニー達の言葉から想像していたよりも規模が大きい。それを囲むように広がっている畑からすれば、今も多くの人々が暮らしているのだろうな。


「あれだけ規模が大きいとなると、最早村とは呼べないな」

「え? 村だよ? グレンシャ村だよ。何処にでもある普通の村だって! 何もない田舎だし!」

「レニー、カイザーさんはそういう意味でおっしゃってるのではありませんわ。村という括りにしては人口が多く、規模が大きいとおっしゃってますのよ」


 レーダーに反応している人口は凡そ2000人。この世界における村というのは大体が集落に毛が生えたような規模であり、人口は多くても100人がいいところだ。それを考えればこのグレンシャ村と言うのは規格外に大きな村である。


 村だ村だと言われていたから、数十人程度、多くても100人くらいの規模なのだろうと思っていたのだから驚いたよ。


 周囲に広がる畑や広大な森、そして不思議と温暖な気候がこの村を長年に渡って保護してきたのではなかろうか。かつては商人や巡礼者もそれなりに訪れていたと聞くし、その当時に移入した者も数多くいたのではなかろうか。そして何より……外界で猛威を振るっている魔獣の存在がない……それを考えれば人が多いのも不思議ではないな。


 まもなくしてレーダー反応から村の住人達が入り口に集まり始めているのが確認できた。恐らくはこちらに気づいた村人が驚き、何事かと村の門に人を集めているのだろう。


 村の入口に到着すると、村人総出……と言いたくなるほど多くの人々が集結していた。その表情は緊張し、中には武器代わりなのか農耕具を手にしている者も何人か居る。どうやら穏やかな歓迎というわけではないらしいな。


「おおい、私だって! サナだよ! ああ、バルさんも一緒だよ!……寝てるけど」

「何だお前サナか!? 何だってそんな所に? おい! 捕まってるんじゃないのかい?」

「罰当たりだな! リームさん! 機神様がそんなまねをするわけ無いだろ!」


「機神様?」

「ああ、そういや昔習ったな……」

「母ちゃん、あれ機神様だよ! 学童で習ったもん! ほら、白くてでっかい神様!」


「レニー、状況の説明をしてくれないか……」

「あ、うん……詳しい話は後からするけど、この村では学童って子供を集めて勉強を教える場所があってね、そこで機神様についてちょっとだけお勉強するんだよ。村の伝承ってやつだね」


「なるほど」


 いや……そうじゃない、ちがうんだレニー。学童は俺にも学校のようなものであると理解できる。そうじゃない、村人たちが『機神様』と俺を崇める理由が知りたいんだ。


 フィオラは兎も角、レニーとはそれなりに長く一緒にいたつもりだけど、そんな話はしなかったな……。村のことは意図的に話さないフシがあったし、何か下手に話せないような、禁忌にふれるようなネタでもあるのだろうか?


「……それはともかくとして、このままでは中に入れないな。レニー、フィオラ。コクピットハッチを開けて皆に顔を見せてやってくれないか。中身が君達だとわかれば少しはマシになるだろう」


『ええー? うう、しょうがないな……ほら、お姉! お姉もだよ!』

「うう……しょうがない、しょうがないかあ」


 特に合図をしたわけでもなかったのだが、ほぼ同時にシャインカイザーとキリンのハッチが開く。姉妹のシンクロと言うやつだな。


「おーい! みんなー! たっだいまー! ……ほら! お姉も!」

「……た、ただいまあ……てへへ……」


 割り切ったのか、元々そこまで嫌ではなかったのかわからないが、ノリノリでフィオラが村人たちに手を振り、レニーはなんだかとっても恥ずかしそうな顔で控えめに手を振っている。


「ああ、レニー……お前の辛さはわかるぜ……後であたいが肉おごってやるからな……」

「レニーは意外とこういう場に慣れていないのですな」

「長年家出していた実家のような場所ですのよ? 心中お察し致しますわ……」


 コクピットから顔を出した二人に気づいた村人たちの反応は様々だったが、皆一様に面白い単語を、非常に興味深い単語を口にしていた。


「おお! ミコさん達だぞ! そうか、あの機神様はミコさん達が連れてきたのか!」

「レニーちゃん、修行が嫌で逃げたって聞いたけど、ちゃんとオツトメ果たしてたんだねえ」

「フィオラちゃんが飛び出してったのもきっと機神様から呼ばれたんだよ」

「ああ、そうに違いない! 流石はミコさん達だ。本当に神様を連れてきてくださるとは」


 ミコさん……きっとそれはそのまま巫女さんの事なのだろうな。しかし、二人が巫女? 巫女のお告げがどう乗って言う話は今まで何度か耳にしていたが……そうか、聖地。ここは聖地だったな。


 しかし、レニー……。


「なあ、村の人達がレニーが逃げたって言ってるんだが……フィオラと喧嘩して飛び出したってのは……」

「うっ……。ま、まあ……そのお話は……またあとで……」

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