第三百五十七話 森をゆく
この地で我々が初遭遇した人間は村でも随一の臆病者と揶揄される『バル』という男性だった。年の頃は50に手が届く頃、と言った具合だろうか。レニーによればキノコや山菜を集める名人だという事で、フィオラやレニーはしばしばこのバルに連れられここの森に訪れていたのだという。
『あはは、バルさんが本気で気絶したのは初めて見たかも』
フィオラが笑いながら妙なことを言う。本気で気絶とは……。
「あー、バルさんから教えて貰ったんですが、探索中大きな物音がしたら死んだふりをしろって。クマやイノシシなんかの動物が出たとき見逃して貰えるからだって……」
『そうそう! 凄いんだよバルさん。後ろを歩いてたお姉が転んで物音を立てた瞬間パタリと倒れちゃうんだから』
「あははは、そんな事もあったねえ。はあ、死んだふりで見逃して貰えるのが迷信だって教えたらどんな顔をするかな……」
気を失ったバルさんを片手に収め、速度を落として森を行く。魔獣の気配は一切無く、反応するのは純粋な生命体、機械の体では無い何かしらの生命体くらいのものだ。
時折大型生命体であろう反応もあるが、我々を前にしてわざわざこちらに向かってくるような間抜けはいないようで、非常に穏やかなトレッキングを堪能することが出来た。
森はそれなりに広く、バルさんの負担を考え移動速度を落としているのもあって抜けるのにはもう少し時間がかかりそうだった。
『あ、お姉ちゃん。も少し行くと広場あるけど休んでかない?』
「あそこかあ。いいね。ねね、カイザーさん。いつまでもバルさん寝かしたままなのもアレなんで、少し休んでいきませんか? 良い場所があるんですよ」
確かにこのおじさんを気絶させたまま村に届けるのは心象的によろしくないし、レニーだって久しぶりの村を前にワンクッション置いた方が気が楽になるはずだ。
「うむ、みんな聞いたな。この先にある広場で休憩にしよう」
フィオラの先導で辿り着いた広場は街の公園くらいの広さで、端にはいくつか小屋が建っていた。
その小屋を中心として煙突がついた窯がいくつか目に入る。ああ、なるほどここは……。
「ほらほら、ルゥもカイザーから降りてこっちこっち! あー、バルさんはそこらに転がしとけば起きるでしょ! ほら早く!」
フィオラが弾むような声で俺を呼ぶ。やらやれ、しょうが無いな。アレを見せたくて仕方が無いんだな。
「もう、フィオラったら! あ、待ってカイザーさん。あたしも一緒に行くから!」
ふふ、レニーも久々の故郷に嬉しくなってきているな。
ルゥに体を移し、フィオラとレニーの後に着いていくと案の定、小屋の脇にあった竈に案内された。
「じゃーん! ここが村の窯場です! ここで炭や食器を作ってるんだよ-」
「ほほう、通りで炭の良い香りがすると思ったよ。これは商品かなにかにしてるのかい?」
「ふふ、違うよカイザーさん。村のみんなが使う分だけ作ってるの。ここまでどうやって来たか忘れたの?」
ああ……。今や完全に陸の孤島であるこの村ではそもそも余所との交流が無いわけか……。
「ね? 一応村にもお金はあるし、ちっちゃなお店も有るけど、基本的に物々交換する事が多いんだよ」
「だから村から出て外行ったらすっごい立ち並んでる屋台に感動しちゃったんだよねえ。 どうせお姉もそうだったんでしょ?」
「う……反論できない。 まあ、カイザーさんと出会うまであまり好き勝手食べられなかったけどね」
「あーお姉は狩りが下手だからなあ」
「フィオラ!」
いやしかし、この地形を考えれば物流どころか情報格差も凄いだろうに、良くまあ外に出て困らなかったもんだ。レニーは兎も角、フィオラは大して困った様子が無かったからちょっと不思議。
のしのしと歩く機兵や貨幣価値、様々な面で驚きや戸惑いがあっただろうに。
と、姉妹喧嘩を聞きながらぼんやりと考えていると小屋の扉が開き中から女性が現れた。
「こらー! うるさい! ここに来ちゃ駄目っていったでしょ!……って、ありゃま! フィオラと……レニー……かい? レニー! あんたレニーだよね!」
「あ……! もしかして、サナちゃん……?」
「もしかしなくてもサナちゃんだよ! あーもう! あんなちっちゃかったのにこんなに大っきくなって!」
「それはお互い様だよ! っていうか、あたし達同い年でしょ!」
「お姉と違ってサナちゃんはきちんと成長しているけどね」
「フィッ、フィオラ!? あんたどこ見て……! こ、こらあ!」
「あははは! この姉妹喧嘩も久々だねえ」
小屋から現れた土であちこち汚れた少女、サナはどうやら二人の幼馴染のようだった。身長はレニーと同じくらいだけど、成程……フィオラが言う通り部分的にはレニーより圧倒的に大きい。何がとは言わないけれどね。
「で、今までどこに行ってたんだい? フィオラに連れ戻されたってのはわかんだけどさ」
「違うし! 用事があってちょっと戻っただけだし! ていうか、サナちゃん相変わらず周りを見ないよね。広場の奥をよく見てみなよ」
「広場の奥……? あ……ああ!! 機神様!? ……と、ありゃなんだい、鬼かい?」
「機神様……はおいといて、鬼じゃないよ。2機共私の大切な仲間でお友達。他にも紹介したい人が居るから呼んでくるね」
「お姉、バルさんもね」
「あ! そうそう、森でバルさん拾ったからさ……サナちゃんフォローよろしくね……」
「あ、ああ……気絶してるじゃ無いか! どうせ機神様を見て気を失ったんだろ? まったくしょうがないバルさんだねえ……って、レニーそれはなんだい?」
怒りながら出てくる存在にびっくりして思わずレニーのポケットに入ってしまったため、久々のお人形モードに入っていた私。
ポケットで息を潜めている私に気がついたサナは手を伸ばして……。
「お! レニーなのに可愛いお人形さん持ってるね。こんなところに入れといちゃだめだよ? 落としたら汚しちゃうよ。ほら、預かっといてあげるからさ」
「え? あ! う、うん! おね、がいね!」
曖昧に笑ってパイロット達の所に駆けていくレニーを見送ったサナは、私を膝の上に座らせるように抱っこすると優しく頭を撫で始めた。
……暖かな、慈しむような視線が私に降り注ぐ!
「ああ……可愛いなあ。妖精さんのお人形さんって、レニーもそんな趣味あったんだ……いいなあ……あたしもほしいなあ……」
……この子はラムレットといい友達になれそうだね……。
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