第三百五十六話 開通

 パイロットそれぞれの得意武器を手に入れたキリン。訓練の甲斐もあり、当初より圧倒的に魅力的な戦力を持つ機体に生まれ変わることができた。


 元々サポートメカであるということだから、これはかなり凄いことだと思うけれど、ひっかかっているのがキリンがいっていた言葉だね……。


『君達が真に力をつければ……私も、もう少し戦えるようになるはずなんだけどね』


 そのままの意味で捉えれば、我々がまだ未熟でキリンが存分に力を奮える環境を作り出せていないとも取れるのだけど……恐らくはキリンが匂わせていた我々の第2形態、俗に言うところの最終フォームがなにか関係してるのではないかと推測している。


 普通に考えれば、黒森重工がいないこっちの世界じゃどうしようもないわけだけれども、キリンがこうしてこちらの世界に飛ばされてきたということは、きちんと我々の『お着替え』もどこかに用意されている可能性がある。


 だからというわけじゃないけれど、レニー達に特殊訓練をしたのは本当に良かった。負担になるギリギリである4日を2週間相当の体感時間に引き伸ばした訓練は想像以上に実を結び、以前より圧倒的に動きが良くなっている。


 他人の動きをコクピット内から見られたのが良かったのか、レニーはもちろん、シャインカイザーのパイロット一同は分離後の動きも向上し、個人性能もかなり上がったので中々に実りある訓練になったと非常に嬉しく思う。


 さて、そんなわけで本日は工事最終日。ほんとなら昨日には終わっていたんだけど、わがままを言って完成をちょっとだけ遅らせてもらったんだ。開通の瞬間を見たかった、というのがその理由だけど、洞窟に明かりが差し込むその瞬間を皆で共有したいなって思ったんだ。


 そして一人でこつこつと頑張っていたキリンにありがとうって言ってあげたい、そんなわけで最後の最後で寸止めをしてもらい、今から最後の仕上げをしてもらおうという感じになっているのだ。


「ふふふ……いいかい? いいのかい? 行くよ? 行っちゃうよ!」

 

「ああ、ガツーンとやってくれ!」


「ふふ、良い返事だ! では行くぞ! 皆、刮目せよ!」


 

 キリンの先に付いている掘削機が唸りを上げる。ギャリギャリと回るドリルがゆっくりと壁に接触し……わずかに音を鳴らしたと思った瞬間、光が差し込んできた。


「おお……自然光だ……あたい何日ぶりに見たんだろうなこれ……」

「一応点みたいなのが天井にはあったけどね……」

「アレは光とは言いませんわ……」

「ああ、どんどん光が増えていくでござる……」

「シグレさん……それじゃ天に召されてるみたいだよ……」

「まったくだよ。けどさ、おひさまってのはやっぱりいいものだなあ……」


 パイロットたちが嬉しそうな声を上げている。洞窟内に簡易照明を設置してはいたけれど、やっぱりおひさまの温かみは別格だもんね。


「どうだい! どうだい! ああ、いいね! 素晴らしいね! やっぱり太陽光は素晴らしいものだね! いやあ、何年ぶりに見ただろうね! 何十年? 何百年か!? ようやく出口にたどり着けたと思ったら、外はすごい勢いで吹雪いていたからねえ!」


「キリン……? もしかして君は上の出口にすらたどり着けていなかったのかい?」


「ああそうさ。システムが殆どダウンしていただろう? 判断力がかなり低下していたし、何より機体の現状維持にリソースを使っていたからね。君たちが来なければ今もまだ洞窟の何処かをフラリフラリと彷徨っていたと思うよ。君たちの輝力に吸い寄せられたおかげなんだよ、あそこに到達できたのはさ」


 なんという……いやしかし良かった。キリンも良かったし私達も良かった! これでようやく外に出られる! それどころか出た先はレニー達の故郷の地、聖地だ! そこには待望の、待望の円盤様が!


 キリンが最後の仕上げをするのを待って、いよいよ外だ! 出ちゃうぞー外!


「みんな、忘れ物はないな!?」


「ああ、全部ストレージにしまったよ!」


「あー、久しぶりの実家かあ……心配かけてたよねえ、ああ気が重いよ……」

『誰も心配してなかったし、あんま気にしなくていいよ、お姉』

「……それはそれで傷つくなあ……」


「では……ゆくぞ!」


 ゆっくりと洞窟から身体を出すと……上の荒天が嘘のように晴れ渡っいて、まさに秋晴れと行った爽やかな青空が広がっていた。


 周囲の木々は紅葉が始まっていて、赤や黄色に染まる木の葉がキラキラと光りを反射してとても美しい。洞窟の出入り口を作った場所は小高い丘になっているようで、視界の先に広がる森の奥にいくつか煙が上がっているのが確認できた。


「レニー、向こうに見える煙がそうか?」

「うん……きっとそう。アレは多分私達の村だよ」


『あー! ここに出たんだ! ほら、お姉! 忘れたの? ここって皆でキノコ採りに来るところだよ!』


 フィオラの嬉しそうな声が届く。


「ほほう、ということは何処かに村に続く道があるのかい?」


『うん、そうだよルゥ! ほら、みて、あっちにほっそい道があるでしょ?』


 ガシャガシャと足取り軽く私達を追い越したキリンがビシッと指した方向を見れば……なるほど、言われてみれば道……だな。


「もう! フィオラ! 恥ずかしいなあ! あんなの道って言えないじゃん! ヤブを漕いだ後っていうんだよ!」


『ええ? まあ、そう言われればそうなんだけれども……』


 獣道といったほうが良い具合の『道』だが、まあ、道は道だな。しかし、あそこを通って良いものか?


「なあ、フィオラ。あの道、俺達が通って大丈夫か? 人の体で歩くのとわけが違うんだぞ。かなり荒らしてしまうと思うのだが」


『あー……ま、いんじゃない? 広くなって歩きやすくなったって皆も喜ぶと思うし。ね、お姉?』


「んー……ま、まあ。村の人達は脳天気なところがあるから……怒られは……しないかな?」


 なんともフワフワとした頼りない言葉だが、別の場所を通ってそちらを荒らすよりはよほどマシだろう。


『じゃ、行こっか』


 何処か嬉しげな足取りで歩くキリンを先頭にバキバキと森に分け入っていく。ううん、この森もキノコ採りに使っているだろうに、なんだか申し訳がない気持ちになるな。


 念の為、歩きながら周囲を探ってみているが、事前に聞いていたとおり魔獣反応は無し。稀に獣の反応はあるが、音に驚いてこちらに来ることはなかった……いや、なにか来るな……これは……人か?


「おい、フィオラ、ラムレット。進行方向に誰か居るぞ。注意してくれ」

 

『ええ? どうせ村の人でしょ? 平気だって』


 脳天気な返事が帰ってくる。ちがう、そうじゃない。注意するのは相手を気遣ってのことだって……だって唐突に現れた俺達の姿を見たら……――


「ひ、ひぃい! お、鬼だああああああ!!!!」


 外から怯えた男性の声が聞こえてくる。


『失礼だな! 私の何処が鬼に見えるというんだい!?』


 ――……そして、後先考えずいきなり反論するキリンの声も。


「鬼……鬼がしゃべ、しゃべ……」


『お、おい! ルゥ!? 知らんおっさんがひっくり返っちまった!』

『うっわ、バルさんじゃん! おーい! 起きろー! バルさーん!』


「……フィオラ、そうやって呼んじゃだめだよ……バルさん臆病なんだからますます起きないって……っていうか、バルさん変わってないなあ……あー……私、帰ってきたんだぁ……村に帰ってきたんだなあ……」


 ぐったりと横たわるおじさんを見たレニーがしみじみと言うのだった……。


 ……いやいや、助けないと!

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