第三百五十三話 VR訓練
日に平均80mの速度で作られていくトンネルだけど、この作業は実質キリン1機で、パイロットすら乗せずに完全に彼女のみの力で行われている。
単純計算で5日目には開通する予定だけれども、その間ただただダラダラと過ごすわけにも行かず……かと言って、私達に手伝えることは皆無とあってVRを使ったパイロット訓練を実施することになったのだけれども……。
『ちくしょう! デカいスミレ出すなんて聞いてねえぞ! 反則だぞ、カイザー!』
『ほんとだよ! お姉ちゃん出すのはズルいよ! 攻撃しにくいったらもう!』
『ちょっとカイザーさん? もう少し戦いやすい姿に出来ないんですの!?』
『いやはや、以前見せて頂いた時もかなりの物でしたが、実際こうして鍛錬相手として前にすると戦いにくくて仕方がないです』
「それはスミレに言って欲しい」
「ルクルァシアは狡猾です。どんなあくどい手を使うかわかりませんから、様々な条件に対応出来るようにならなければいけませんよ。ほらほら、ボンヤリしてる暇はあるんですか? 撃墜しちゃいますよ?」
現在彼女達が居るのはVR空間、カイザーシステムのOS内でだ。
原作でも一応、こうしてパイロット達がVRを用いてシステム内に入れるという設定はある。作中には登場しなかったけれど、メンテナンスゴーグルを装着し、意識だけをVR空間に送り込むとかなんとか……生前読んだVR物のラノベみたいな感じだね。
けれど、それは勿論、こうして訓練をするためじゃなくって、パイロット達が自らの手で視覚的にシステムの修復ができるようにと、万が一の事態に備えて実装されている機能なんだ。
勿論、カイザーの備品としてきちんとそれらはストレージに収納されていたため、これ幸いと例の経験を元に都合よく戦闘訓練に使ってしまっているわけなんだけど……訓練相手が相手だけあって、なかなかに愉快な事になっている。
『あはははは! あた、あたしはお腹が痛くて……戦いにくいよ……おっきなスミレさんが相手って! あははは』
『アタイには……アタイには……スミレを攻撃するなんてできないよ……』
シャインカイザーのコクピットにはパイロットシート以外にもメンテナンス用の接続端子が用意されているため、それにメンテナンス用ゴーグルを接続することによってフィオラとラムレットもこの場に招待することができたんだけど……彼女達もまた、巨大なスミレを見てきちんと戦うことが出来ないようだ。
「まったく……。これじゃ訓練にならないな。しょうが無い、スミレ」
「はい、ではフォームチェンジしましょう。MODE:KAISER UNLIMITED」
スミレの声と共に私とスミレが乗り込んでいる巨大なスミレ――カイザーの外装を纏った【スミレカイザー】――が姿を変えていく。何か別の姿に変形をしていくというよりも、外装となっているカイザーがその割合を増やしていっているというか……いや、鎧が身体を覆う範囲が増えていくと言うべきだね。
フォームチェンジが終わると、メカメカしい姫騎士といった風貌になった。口元まですっぽりと覆うように変形した頭部パーツは目だけが露出していて、よりメカ少女らしさが増している。腕部パーツや脚部パーツは通常モードよりも肌に密着するかのようなスマートな見た目に変わっているが、その分腕周りの装甲は増し、まるでガントレットを装備しているかのようになっている。
腰を覆うスカートのようなパーツは鎧らしくなり、足元は西洋甲冑の脚部パーツのような具合になっている。
背中にはフライトユニットが展開されていて、飛行可能な他、地上戦であってもそれをスラスター代わりに使用して高機動を実現。パイロット達の要望に答えた結果、見た目的には戦いやすくなったが、相手として非常に戦いにくい存在になったというわけだね……まあ、一度彼女達をこてんぱんにして鼻をポッキリと折ってあげる必要があるのでこれはこれで好都合なのだけれども。
『大分機兵っぽくなったじゃねえか! よっしゃ! これならやれるぜ!』
やる気に満ち溢れ、何処か主人公らしい台詞を叫んだマシューを合図にシャインカイザーとキリン【暫定版】が即席フォーメーションを組んでこちらに向かってくる。
カイザーの攻撃は予想可能だが……キリンに乗り込んだ2人の動きは読みにくい。
キリンのデータを完全に得られていないため、口頭で得られたデータを元に生成した不完全なバーチャル機体だけれども、それでも相手との戦闘データはゼロ。油断は禁物だ。
さあて、まずはお手並み拝見といこうかね。
まずはシャインカイザーが我々のもとに到達した。シャインカイザーもまた、飛行パーツを利用してスミレカイザー同様に地を滑るようにスイスイと左右に動きながらカイザーブレードで斬りかかってくる。
教えても居ないのにこちらの動きを見て直ぐにやってみせるとは……ふふ、彼女達もなかなかやるね。でもね、そう簡単にはいかせないよ。
『甘いですよ』
それをヒラヒラと木の葉のように躱し、すかさずガントレットで反撃を加えるスミレ。なかなかに容赦の無い攻撃をドンドン繰り出していく。流石ですわスミレ様!
『あなた達、よく聞きなさい。今まではレニーをメインに置き、他のパイロットは基本的に各部位の制御に回っていましたね』
反撃から転じ、拳や蹴りを繰り出しながら淡々とスミレが語る。AIとは言え、なんて器用な奴だ。
『しかし、それだけでは何かあった時に大幅な戦力ダウンに繋がりますし、何より勿体無いのです』
『勿体無い……? っく! どういうことなの、おねえ、ちゃん!』
レニーも負けじと反撃を試みるが、スミレが腰から抜いたナイフで剣を叩き落とされバランスを崩してしまった。そこに足払いをかけ、カイザーを地に転がすと、スミレが厳しい声を出す。
『剣が苦手な貴方が何故剣を振るのでしょう? 剣の扱いならもっと上手なパイロットが居るでしょう?』
「私が……私が役に立たないといってるの? お姉ちゃん!」
『そうは言ってませんよ、レニー。得手不得手があるのだというお話です。そうですね、例えば剣ならリーン刀の鍛錬をしていたミシェルが達者でしょう? マシューはレニー同様にインファイトが得意ですが、近接格闘術を使うレニーと違って、ナイフやトンファーと言った近接武器に向いています。
シグレはミシェル同様、リーン刀が達者ですが、それよりもクナイやシュリケン、それリボルバー等、投擲武器や銃を使った遠隔攻撃に向いています』
『それはそうだけど……つまり、どういうことなの?』
『これまでと操縦方法を変えるだけでいいのです。今までも稀にメインコントロールを変えていましたよね。例えば飛行時にはシグレに任せたり、ここぞという時にマシューに預けてみたり。それを普段から細やかに、かつスムーズに切り替えられるようになれば……貴方達はもっと強くなれるのです』
『……雪月花を使う時はわたくしがメインを担当し、ナイフやトンファーブレードならマシュー、リボルバーならシグレ……ナックルならレニーと状況に応じてメインを切り替えると……』
「ええ。考えてみてください。機体が合体したところでレニーはレニー、ミシェルはミシェルです。合体したからと言ってレニーがミシェルの能力を得るわけではないのです。野営の時と同じですよ。料理が得意な物が夕食を作った方が幸せでしょう? 機体のメンテナンスをミシェルに任せたりはしないでしょう? 得意な物が担当した方がより効率よく、確実に事が進むのです。それは戦闘時でも同じなのですよ」
なるほどね。これは面白い。何が面白いってスミレの口からそんな案が飛び出したのが面白いね。なんでかって、これは原作にはない運用方法だからね。原作ではあくまでもメインパイロットは竜也で、他のパイロット達はその補助をするように各部位の制御に心血を注いでいるんだよ。
極稀に何らかのピンチが訪れた際に、その操縦を変わることはあったけど『やっぱメインは竜也だよな』と言う方向に落ち着いてさ、メインパイロットを状況で変えるような運用方法をするような展開にはならなかったんだ。
いやあ、これは私には思いつけなかっただろうな。適材適所、状況に応じてメインを変えるってのは普通に考えれば当たり前の話なんだけど、これは思いつけない。なんたって私は原作の大ファンで、設定資料集もきっちり読み込んでいるんだ。だからカイザーとはこうあるものだと、考え方がガチガチに固まってしまっているんだよね。
でもスミレはちょっと事情が違う。スミレだけはアニメの世界から転移してきた存在という扱いではなく、私がこの世界に転生した際に新たに生まれた作中の記憶を持たない『アニメのスミレとは異なる』別のスミレだ。
私と深く接続されているため、ある程度シャインカイザーの知識を持ってはいるけれど、作中で語られることがなかった、設定資料にすら書かれることもなかった『暗黙の了解』誰もわざわざ言うことはない、当たり前だと思っているお約束の事情に関して知ったこっちゃないのだ。
なので『シャインカイザーというアニメはメインパイロットを状況に応じて変える作品ではない』という常識から逸脱し『シャインカイザーという機体は状況に応じてメインを変えても問題なく運用出来る』と、これまでの経験から判断し、新たな戦術として『有効である』と、パイロット達に身につけさせることにしたわけだね。
ただ、そんな無茶をいきなり実戦で試すのは危険だよね。かと言って実戦形式でなければ訓練がしにくい……そうだ、だったらVRでやろう! と、丁度空いてしまったこの時間を利用してスミレが提案してきたというわけだ。
『状況に応じて……パイロットを変えるかあ……』
『おもしれえ! あたいとレニーはレンジが近いから忙しそうだな……って、そりゃミシェルもか!』
『うーむ、もっと色々な武器があればよかったでござるなあ』
『同盟軍の方々も探索を続けてくださってますし、そのうち見つかって増えますわよ』
どうやらパイロット達も前向きに考えてくれるようだね。なによりなにより。
『こらあ! ルゥ! スミレさあん! ばっかお姉ぇえええ!』
『ようやく追いついたぞ! お前達……速すぎるんだよお……』
ああ……ごめん、忘れてた……わけじゃあないんだけど、そうか、この子達の問題もあったな。
フライトユニットを失っているらしいキリンは我々の戦闘速度に追いつけなかった。我々が訓練を中断し、停止していたおかげでようやく追いつくことが出来た……というわけだね。
……このキリンという機体は……やっぱり戦闘に向いていないのかな……? 元となった聖獣の特性を考えるとそうでもなさそうなんだけどなあ。
ううん、一度きちんとキリンの戦闘スペックを聞く必要があるね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます