第三百五十話 打開策

 洞窟の出口は遥か彼方、ほぼ垂直に7000m程上がった所にある。肉体を持たない我々だけであればなんてことなく、下界まで一気にいけば良いだけのことなのだが、パイロット達が乗っているともなれば話は別だ。


 出口から出た後、そのまま飛んで降りればまあ、なんとかなるかもしれないが、内側も相変わらずの荒天だろうし、そもそもキリンを抱えて飛ぶ必要がある以上、それは出来ないわけだ。


 そんなわけで、高山病という見えない敵と戦うためにどうしたら良いのか頭を巡らせているとキリンが妙案を出してくれた……のだが、それはもう、ガツンと頭を殴らたかのような衝撃を受ける内容だった。


 ……まあこの後、ガツンとやられるのは俺の頭ではなく、洞窟の壁なんだがね。


「そもそも、そもそもだよ? 私が穴から飛び降りたのは興味本位でだ。この穴の中には何が待っているのだろうか? その疑問を解消するために飛び込んだだけであってだな、とくにそうしなければいけないという理由はなかったんだよ。なんというかだね、穴があったから飛び込んでしまった、それだけの話であって、この私であればもっと安全で確実な方法をとれるんだよ。別に好き好んで……まあ、好んで飛び込んだと言えばそうなのだが、他に方法が見つからず飛び込んだというわけじゃない。なんだね、その顔は。ああ、そうさ。私は穴に釣られて堕ちた間抜けさ! しかしだね、そのおかげで……――」


「ステイステイ! キリンステイ! 話が長い! くどい! 話は重点を押さえて端的に!」


「はっ! すまない。端的に言うとだね、ここからまっすぐ外に向かって穴を掘ろう! 穴を掘って抜けよう! そういうわけだ」


「端的にって言ったけど今度ははしょりすぎだ! なんでそんな乱暴な案に繋がるんだよ!」

  


 何を言うかと思えば、非常にシンプルで乱暴な話であった。眼の前に立ちふさがる壁をぶち抜いて、外へと続く新たな隧道を掘ってしまえ、そういうことなのだ。


 いくらなんでも荒唐無稽すぎる。大体にしてここから外まで一体どれだけの距離があるのかわかっているのだろうか? スキャンしようにも向こう側のデータがない以上正確なデータを出すことは出来ないし……。


 しかし、穴を掘るね……。なんだか前世で遊んでいたクラフティングゲームの事を思い出すな。拠点の前に立ちはだかる岩山を貫くトンネルを作ろうと、一生懸命穴を掘り続けること1時間。掘れども掘れども出口は見えず。そのうち持ち込んだ道具も、資材も尽きてしまって……一度拠点に帰るついでに岩山に登ってよくよく山全体を見てみれば……もう既にトンネルが貫通していなければおかしいレベルの小さな山だったのだ。


 首を傾げて詳しく調べてみると、拠点があった場所はかなり低い土地だったようで、俺が作った拠点は標準的な地形からすれば地下2階に該当する位置に存在していたわけだ。


 そこを基準としてまっすぐ向かって掘り進んでしまったものだから大変だ。永遠に抜けることがないトンネルを1時間も延々と掘り続ける羽目になっていたのであった。


 ……あの時はかなりぐったりしたし、一週間くらいそのゲームをやる気が起きなかったな……掘ったトンネルの中にモンスターが沸きまくって面倒だったしさあ……。


 なんというかキリンの提案はその悲しい事件が起きかねないと思うんだ。ボルツ側の地形から推測すれば、最初に野営をした麓と大体同じくらいの高さにいるのだろうなと思うのだが、果たして内側、聖地側だとどうなのか。

 もしかすれば内側は全体的に標高が高い土地で、ここからまっすぐ掘ったとして出口にたどり着けないまま反対側の岩山に到着してしまうかも知れない……それを考慮すると、簡単に『よしやろうじゃないか!』とは言えない。


「カイザー、その心配はないかも知れませんよ」


 と、ゲームのことを思い出したせいで、なんともネガティブな思考に陥りかけていた俺にスミレが明るい声で言った。


 そうだった……スミレ先生はある程度俺と思考がリンクしてるんだったな……。

 くっ……俺の心を読んだ? って奴だ。


「……スミレが言うくらいだ、なにか根拠があるんだね?」


「ええ。キリンはアレでも研究者の気質を持っています。観察していてわかりましたが、彼女は普段からなんでもかんでもデータを収集しているようですね」

「ああ、そうか。彼女が初めてこの世界に転移したのは今から出ようとしている『内側』、彼女は向こう側の地形データもしっかりと持っているってわけか」


「はい、その通りです」


 キリンに確認をとってみると、やはり内側で測定した地形データを持っているということだった……先にそれを言えよな……いや、洞窟の精密な3Dマップを作れるくらいだ、よく考えてみれば当たり前の話だったな。ううむ、俺もちょっと焦りすぎている、というか……キリンにペースを狂わされているんだな……。


「というわけで、私のデータによれば、ここから348m程掘り進めば外界に出ることが出来るのだよ」

「気軽に言うが、掘るとなるとかなりの距離だよな……」

「贅沢は言わないでくれたまえよ。これでも一番薄い場所なのだからね!」


 一番薄い場所でも350m弱あるわけか。しかしまいったな、穴掘りか。

 我々の力は人間と比べれば圧倒的に強いが、それでも岩を粘土のように扱えるというわけではない。力任せで殴ればそりゃまあ、砕けるだろうが……下手なことをすれば崩落して酷い目に遭いそうだぞ。


 同じ疑問に至ったのか、マシューがキリンに質問をした。


『なあ、壁を掘るのはいい。いいんだがよ、どうやって掘るんだ? いくらカイザーやオルトロスでも手でザクザク岩を掘れないだろ?』


 すると、キリンはこともなげに解決策を述べる。


「何をいってるのかね? 私だって素手で穴を掘るのは勘弁していただきたい。モグラじゃないのだからね。機械の体とは言え、人型なのだよ? 知恵もあるのだよ? 道具を使わない理屈はないだろう?」


 いや、至極当たり前のことを述べただけだった。そんな事はわかっている、わかっているんだが……ああ、キリンは事情を知らないのだな。教えてやろう。


「君がフライトユニット……とやらを召喚できずに大怪我した理由はまあ、わからんが、我々も先に述べた理由でまだ大半の装備を失っているんだよ。幾つかは回収できているのだが、残念ながら掘削に使えそうなドリルの類は現在所持していない。つまり、穴を掘る道具といえばソードやリボルバーくらいしか無いんだ」


 すると、キリンは『そうじゃないのだよ』と手をブンブンと振り、改めて解決策を述べた。


「君たちが装備の大半を失っているのは私だって察していたよ。パイロット不在の緊急モード、それを決行したのであれば仕方がない。だからだね、必要な装備がないと言うなら、今ここで作ってしまえば良いのだよ。私単体では不可能だったが、君たちは資材を溜め込んでいると聞いている。だったら簡単な話だろう?」


 ……無いなら作れと? 資材は……確かにストレージにアホほど魔獣のパーツがあるな……技師もマシューを中心にウロボロスやスミレの知恵を借りればなんとか……キリンもなんだかそういうのに詳しそうだし……やってやれないことは無さそうだが……肝心の工具類は流石に俺は持ってないし、マシューだって最低限の物しか持ち歩いてないんじゃ無いかな……?


「ああ、道具や工房の事なら心配ご無用だ。そうだな、ちょっと離れてくれたまえ……うん、そこで見ていると良い」


 俺達を通路まで戻らせたキリンが最奥部の中央に立つと……ああ、なんてこった。非常に恐ろしい言葉を口にした、しやがった!


「キリン モードチェンジ申請……緊急時により各承認省略……周囲の安全確保……確認完了 CHANGE MODE:WorkShop」


 歩くネタバレ……いや、存在自体がネタバレのキリンはまたしても最大級の爆弾を俺に落としてくれやがった! 未知の変形キーワードを口にし、ガチャガチャとその身を変形させ、驚くべきことにその身を機械的なデザインの工房に変形させてしまったのだ……。


 ああ、ああ……やってくれたな……キリンよ! ちくしょう……!


 ……もう、キリンに関するネタバレは諦めたほうが良いな……いやでもな『何故工房になれるのか』という根本的な突っ込みを入れてしまえば『それはだね、○○が○○になった際に○○が提案して……』とかなんとかシナリオのネタバレまで言いそうだよな……いやいうだろうな。


 よし、断固として余計な事を質問しないよう、パイロット達に根回ししよう!。


 ……パイロット達だって今やシャインカイザーのファンなんだ、喜んで賛成してくれるだろうさ。

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