第三百四十九話 洞窟を行く

キリンが目覚めた翌日、我々は洞窟の最奥部に位置する向こう側への出口『縦穴』を目指して探索を始めた。


 体格が良いキリンが歩き回れるほどに広いとは言え、どんなトラブルが発生するかわからなかったために念のためにと、シャインカイザーでは無く、分離をした状態で洞窟に挑んだのだが。

 

 探索は拍子抜けするほど順調に進み、この手の洞窟にありがちな戦闘イベントという物が一切起きることはなく……探索開始から10日目となる本日、とうとう我々は目的地『縦穴』に到達した。


 かつてのこの世界であったならば、このような洞窟には魔物が住み着き『ダンジョン』と呼ばれるようになっていたらしいのだが……その魔物は以前のように数多くいるわけではなく、その殆どが魔獣として姿を変えてしまっているため、近年はダンジョンという物は無く、せいぜい小型の魔獣が生息する洞窟としてその名残が見られる程度だという。


 この周辺には俺の武器による輝力反応やらかしはなく、また、キリンから漏れ出していた輝力が規定値――変異を及ぼさない範囲――に収まっていたという事、それに加えて長らく人が訪れることもなかっただろうことから、もしかすれば魔物が生き残っているのではなかろうかと、若干期待していたのだが……キリンの話によれば、この辺りは環境が厳しすぎてそもそも魔物も動物も生存が難しいのだ……とのことだった。


 そんなわけで、この10日間、我々を阻んでいた障害といえば、やたらとアップダウンが激しく非常に滑りやすい足場の悪い地形くらいのものであった。


 しかし……それでも、僅かではあるが、我々はダメージは受けている。

 操縦を誤ったパイロット達によって、脚を滑らせ機体に損傷をうけたり、それがまた、結構な勢いだったためにコクピット内の維持システムがおっつかなく、中に乗っていたパイロットが強かに頭をぶつけたり……なんというか、懐かしさを覚える話だが、自爆によるダメージを機体、パイロット共に地味にではあるが受けてしまっていた。


 ……言い換えてしまえば、操縦に気をつけて進む分には何ら問題が無い、安全な洞窟であるというわけなのだが、そのめんどうな地形に移動速度は制限される事になり『縦穴』にたどり着くまで10日を要してしまったわけだ。



『ここが……かつて私を大破させた大穴……そうだな、差詰め【キリン幽閉穴】とでも呼んでおこうか。どうだね、フィオラ君にラムレット君。私にダメージを与えた大穴だ、なにか思うところがあるのではないかね?』


「偉そうに言ってるけどさ! それってただ単にキリンが間抜けだっただけじゃん!」

『そこは私のパイロットとしてだね、この思いを共感して感慨深く思ってくれるとうれしかったのだが……』

「うるせえ! やかましいんだよキリンはさ! ずっとずっと喋り続けやがって! お蔭でアタイ達が何度転ぶ羽目になったことか! 集中できねーっつーの!」


 そう、キリンはうるさいのだ。移動中も絶えず何かしら質問をしたり、持論を述べたりと『もしかしたら、あのキリンという機体は喋るのをやめれば機能停止してしまうのかも知れません』とスミレに冗談なのか真面目に言ってるのかわからない事を言わせるレベルでずーーーーーっと何かしら喋り続けていた。


 俺も始めのうちは『ラジオ代わりに良いな』と、大して気にもしていなかったのだが……足元が危険な箇所でもそれは続き、各機のパイロット達が集中できずに脚を滑らせる事が続いたため、非常に非常に心苦しかったのだが、キリンからの通信は一時的に遮断させてもらったのだ。


 この洞窟内なら緊急対処が必要な程重篤なトラブルは起きないだろうし、万が一何かあったとしてもフィオラやラムレットに持たせている端末から俺や各パイロットに向けて直接通信可能である。なので『訓練のために一時的に機体感の通信リンクを遮断する』と、適当な言い訳をして、キリンとの対話は搭乗者達に任せることにしたのだ。


 そう、我々ブレイブシャインはキリンのパイロットである2人に多大な犠牲を払ってもらったおかげで、その後の移動は1機を除いて非常にスムーズな足取りとなったわけなのだが……。


 穴の真下で休憩となった際、顔を合わせた2人にそれはそれはすごい勢いで怒られてしまったわけで。


「酷いよルゥ! 通信遮断することないじゃん! お蔭でキリンのおしゃべりがぜーんぶ私達に飛んできたんだよ!」

「まったくだぞ! ルゥ達は静かで良かっただろうけどさ、アタイ達がどれだけ苦労したか! なにが訓練のためだ! うるさいのを嫌がっただけだろ!」


『ははは、私としては若き研究員を二人持ったかのようで愉快だったがね。3人だけの特別な時間、なかなか楽しかっただろう?』

 

「「誰が研究員か! 楽しくなんてないやい!」」


「まあ……その、うん、なんかごめんね……? でもさ、ほんとお蔭で助かったよ……二人には後で何か埋め合わせしてあげるから……」


「まったくもう……。じゃあ、なんか良いご褒美考えといてね!」

「ルゥがアタイと一週間一緒に寝てくれたら許してあげるよ」


「う……まあ、うん、なにか! なにか考えておくから!」


 危険な目をしたラムレットから逃げ、レニーのもとに向かう。丁度お昼が近いため、レニーやミシェルは昼食の用意をしているのだ。


「2人にすっごい怒られちゃったよ」

「当たり前だよ、カイザーさん。立場が逆なら私だって怒ると思うよ」

「指揮官としては正しい選択だと思いますが、人としてアレは間違ってますわ。 ……私はとても助かりましたけれども」 

「……ミシェルもそうだったんだ。実を言うと……あたしも助かったってって思っちゃったんだよね……。キリンの話は好きだけど、あんな危ないとこ歩いてる時にいっぱい喋られちゃうと……ね?」

「あたいも……。そりゃ、カイザーめ、酷い事しやがるなって思ったけどさ、いや正直助かったよ」

「アレが仲間になる以上、それに慣れる鍛錬も必要だと思いますが……今日の所は助かったと感謝しておきますよ、カイザー殿」

 


 そんな具合で、他のパイロット達からは感謝半分、説教半分と微妙な評価をくだされてしまった。いやまあ、7割方感謝が含まれていたけれども……。



 昼食を食べ、暫しの休憩で身体を休めた後はいよいよ脱出チャレンジだ。洞窟からここ『縦穴』までのルートはジワジワと下るルートになっていて、現在の標高はなんと820m。気づけばずいぶんと低い所まで降りてきたようだ。


 ずっと上から降りてきたことを考えると……移動日数の長さにも頷けるな。入り組んだ洞窟をあっちへこっちへぐるぐると回るように下ってきたわけだからな。


 しっかし、この穴……すっごい深いな……そりゃキリンも大破するわけだ。


「いやあ、改めて見ると……私は随分と高い所から落ちたものなのだねえ」

「普通は飛び込む前に深度の測定を試みるのでは?」


 しみじみと穴を見上げるキリンにスミレが冷静にツッコミを入れているのをみてちょっと笑ってしまった。スミレ先生が言うこともごもっともだ。

 小さな点にしか見えない穴の出口は標高7800mの所にある。それだけ高い所から落下したのだからそりゃ大破するだろうし、我々のような異世界からやってきたトンデモ機体でもなければ粉々になっていたことだろう。


 キリンは平気そうな顔をしているが、俺にはアレだけの高さから自由落下をして無事で済む自信はないぞ……下手をすれば致命傷を負いかねない高さだ。

 それでも緊急モードが発動していれば、各種シールドが展開されて落下ダメージは軽減されるのだが、キリンはそんな対策をせずにいきなり飛び込んだようだからな……。


「いやあ、過剰な興味や好奇心というものはさ、時に我が身を危険に招き入れるということだねえ」

「……私は貴方に付ける薬が存在するのかどうか興味が尽きませんよ。まあ、そんな物は何処にも存在しないのでしょうけれども」


 スミレとキリンは良い芸人になれるような気がしてきた。 

 ……と、そんなことは置いといて、まずは脱出を考えなければ。


「しかし……ほんっと、ふっかい穴だねえ……深いって言うか、出口が高い、高すぎるよ……」


 小さな光点を見つめ、しみじみとした声でレニーが言う。確かに高い。ほんと高い。上昇自体はキリンを抱えても可能だし、上昇中に外敵から攻撃されるという危険性はなかろうし、気流が安定したここなら風にあおられて墜落するということもないだろう。


 高さ……その高さを改めて目にした時、自分の間抜けさに泣きそうになった。

 そうだ、問題となるのは出口の高度だ……高山病という難敵が居るじゃ無いか……。


 上る事自体には問題は無い。今やフィオラとラムレットもカイザーチームの機体に登場しているため、外部の環境による影響は受けなくなっているからな。


 しかし、問題は上った後、下界へと下る道中だ。機体から一切降りないのであれば、コクピット内は気密が保たれているため問題はないのだが……流石に我々の身体をもってしても、一気に駆け下りるのは無理があるし、キリンと合体出来ない以上、飛んで降りることも不可能だ。


 下りとなれば登りよりも慎重に足を運ぶ必要がある。パイロット達の操縦は大分熟練してきては居るが、焦って降りれば予期せぬ事故を招くことになる。


 なので、登り同様、ゆっくりとした速度で移動し、その移動時間も短めに、せいぜい日に2時間程度に抑える必要がある。となると、下界に降りるまでの間に何日か野営を挟むことになるわけだ。


 向こう側も悪天候のようだから、初日の移動時間はより制限されることだろう。おそらく一泊目を迎えるは高度7000mから6000mの間の何処かになるのではなかろうか。


 野営のためには機体から降りて外に出る必要がある。フィールドで維持されるのは気温のみで、気圧の変化には対処することが出来ない……当然その影響を受けることになるわけだ。


 登山ルートの様に徐々に身体を環境に慣らしていくという事が出来れば何も問題は無いのだが、現在の案では一気に上昇する事になるため、それは不可能だ。


 これまでのモニタリングで、彼女達の耐性はかなりの物だと言う事が判明しては居るが、流石に突然高高度の環境に身を晒すのは問題があるだろうし、上手くそれに順化させられるような手立ても見つからない。


 キリンを抱きかかえながらゆっくり時間をかけて上昇し、徐々にコクピット内の気圧を調節してみるか? いや、だめだろうな。流石に三日四日機動しっぱなしとなると、流石の俺でも残存輝力が怪しくなってしまう。ましてキリンを抱きかかえてとなると余計に無理がある。


 縦穴をチェックしてみたけれど、途中に着陸出来そうな場所も無さそうだし……先にワイヤーを垂らしに行って、それにぶら下がって休むようにするか? いや……キリンを抱えた状態でワイヤーが耐えられるか怪しいな……それにきっとパイロット達から『怖くて寝られない!』なんて文句が出るだろうし……そもそも、やらなんやらの問題があるからな……やはりコクピットに籠もりきりとは行かないか。


 ううむ、これはまいったな。


「うーんまいったまいった……」


「何を悩んでいるのかね? カイザーくん」

「いやあ、カイザーチームのパイロットと言えども普通の人間だろう? 急激に高所に上がったあとのことを考えると……」


 俺が危惧している事を説明すると、なるほど、なるほどとキリンは頷きながら聞いていた。


「まあ、適格者は頑丈だからな。君が思っているほど酷いことにはならないと思うが……それでも君が心配をするのは解らないでもない。そうだな、ここはひとつ発想の転換といこうじゃないか」


「ほう、何か妙案でもあるのか?」


「ああ! よくぞ聞いてくれたねえ! あるさ! あるともさ! とっておきのがね! なあに、出口が遠いなら近くに作ってしまえば良いのさ! ガツンと一発いこうじゃないか!」


 ……得意げに語るキリンの妙案はとんでもない話で、それを聞いた我々はうまく表情を作る事ができなかったのである……。

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