第三百四十四話 洞窟の主
高濃度の魔力を持つ二足歩行の『魔獣』そんなものを私は見たことはないし、聞いたこともない。そもそも、ハンターズギルドのグラマスであるレイにまで協力して貰って作ったデータベースにすら登録されていないのだから、完全に未知の存在だ。
絶滅してしまったという『魔物』の中にはいかにもファンタジーなゴブリンやオーガなんかも居たらしいから、もしかすれば……その生き残りである可能性が高い。
レニー達の話に出てきた鬼……それってまさしくオーガなんじゃないの? もしも寒冷地仕様のフロストオーガとかそんなのが、雪男的なのが生き残ってたとすれば……? 標高が高く、雪深いこの厳しい環境の土地にやってくる物好きはこの世界にはまだ居ないだろうし、これまでの状況から、私とスミレによるやらかしの影響を受けている様子もないしね。
地球であれば、この手の山には登山家がよだれを垂らしてアタックすると思うけど、この世界にゃただただ山に登って楽しむような文化はないし、そもそも旧ボルツ領を抜けた先にある山だからね。来ようと思う人が居たとしても、資源に乏しい上に、魔獣が闊歩するあの土地を抜けてたどり着ける人なんて居なかったと思う。
誰も近寄ることがない、手付かずの土地でひっそりと生きながらえていた古の魔物達が居た、そこは厳しい環境なれど、広く深い洞窟には魔物が暮らしていけるだけの資源があり、今日まで平穏に暮らしていたのである……。
うん、そう考えればしっくりくる。この洞窟をねぐらにしていた雪男は散歩の途中、私達が食べていたごはんの香りを嗅ぎつけた。何を食べているのかは知らないけれど、未知の食べ物……もしくはパイロット達に目をつけて……――
――その匂いをたどっている内……とうとうこちらに……か。
クマか何かみたいに言っちゃったけど、腹ペコの野生生物と考えれば、似たような行動をするかもしれないよね……。
「……場合によっては交戦になるかもしれないね。みんな、機体に乗り込んで! 合体は……いいや、取り敢えず様子を見よう!」
「「「はい!」」」
Unknownは身体が大きいためか、それだけ歩みが速い。こうしている間にもどんどんこちらとの距離を詰めてきている。急ぎ機体に乗り込んだ我々は、フォーメーションを組んで洞窟の奥からの来客に備えた。
「今回、望まぬ客は俺達の方だ。いいか、なるべく怪我をさせないように。貴重な
「難しい注文をつけてくれるなあ。魔獣なんていくらでもいるだろ?」
「ややこしいから、機械化していない奴のことは『魔物』と呼ばせてもらうが、今でも魔獣化していない魔物はいくつか生き残っているだろう? ここに向かっているのは絶滅したとされているオーガ種かもしれないんだ。こんな洞窟に住んでいるなら人間の国に悪さなんて出来ないだろうし、悪いのは勝手にやってきた俺達なんだよ」
「確かにここにいる分には討伐対象とはならないでしょうね。それどころか……カイザーさんが仰る所の
「そういう事だ。だが、覚えておけよ。一番はもちろん我々の安全だ。どうしようもない時は……悪いが討伐させてもらう……」
そして数分後、地響きが聞こえ始める。しかしこの妙に聞き慣れた音はまさか……――
「カイザー対象目視可能です……これは……大外れもいいところですよ、カイザー……熱く語っちゃって恥ずかしくないんですか?」
「う、うるさいな……しかし……これはなんだ……?」
洞窟の奥から現れ広間に顔を出したのは……機兵……? いや、人型の
何やら巨大な未知の獣の皮を頭から被り、手には木材で作られた……と思われる棍棒を持っている。その姿はどう見てもオーガ。黄色い体色から黄鬼という単語が頭によぎった。
「オーガが……魔獣化してるのか……?」
そして何より目立つのは首から下げている巨大な魔石たちだろう。頭からかぶっている『獣』が持っていた魔石なのだろうか? それらをジャラジャラと幾つか首からぶら下げていて、そこからおびただしい量の魔力反応が検出された。通常の魔獣より明らかに高濃度の魔力反応は身につけた装飾品からだった……というわけか。
黄鬼はゆっくりと広間を歩く。武器を構えることもなく、まっすぐ確実にこちらに向かっている。
そして、驚くべきことに俺達の前でゆっくりと停止し、こちらをじっと見つめているのだ……。
「これは……敵意が無い……のか……?」
『おいおいカイザー、なんなんだこいつは?』
「ねえ……カイザーさん、この魔獣……もしかして私達のことを仲間だと思っているんじゃ……?」
仲間……? 確かに魔物は機械化しても中身はそうは変わらず、元の性質が残るとされている。毛皮やら棍棒やらを装備しているくらいだ、人型の魔物だし、思った以上に知能が高いのかもしれない……地球生まれの俺には創作物での知識しかないけれど、オークやらオーガやらの魔物は、モンスターとしてだけではなく、亜人種として登場することがあったりして、文化的な生活を営んでいたり、そうじゃなくとも言語を持ち、隊列を組んで人類の宿敵となったりしているからな。それなりに高い知性を備えている可能性は大いにあるな。
となれば、機械化する前の記憶が同族に見える我々をそれと認識し、様子を見ている……のだろうか? 機械化した魔物、魔獣の寿命は元の種に準ずると聞いている。もしもオーガが長命種だったのであれば、魔物時代の記憶を持っている個体が生き残っている可能性も十分にある……。
不思議そうに首を傾げながら我々を観察している?鬼を見ていると、なんだか……すっかり気が抜けて、戦う気持ちなどどこかに言ってしまった。
そこで俺は一つの賭けに出ることにした。
魔物が人の言葉を解するかどうかはわからない、わからないが試してみたっていいだろう?
「言葉が通じるとは思わんが……俺はカイザーだ。敵意はない。君の住処に立ち入ってしまったようですまないと思っている」
「カイザー? まさかあれに話しかけているのですか?」
スミレが呆れた声を出す。けどな、スミレ、忘れたとは言わせないぞ?
オーガやゴブリンと言った種が滅びる原因を作ったのは俺達だ。そして機械化してしまった原因もな……。
言葉が通じるとは思わないが、敵意が無いというのなら、例え自己満足とは言え一言謝るくらいのことをしたっていいだろう?
「……何を考えているのか大体わかりますが……全く貴方は……」
声をかけられた?鬼はどんな反応をするだろう? 驚いて襲いかかってきたりはしないだろうか。若干の不安はあった。しかし、その予想は驚くべき方向に裏切られることとなった。
『オマエ……コトバ……ツウジル……ノカ……? アア……マテ……ソウダ……オマエ……』
!?
「喋ったぞ……」
『今のは……? カイザー、今のって言葉なのか?』
『意味はわかりませんでしたが、たしかに女性の声で何か言ってますわ……!?』
『む? 言葉? 独自の言語を備える魔獣でござるか……?』
『ははは……魔獣語だとでもいうのかよ……だめだ、アタイはもうついていけねえ……』
「カイザーさん……待って、この子ってもしかして……」
『魔獣なんかじゃなくて……ルゥ達の仲間なんじゃないの?』
「えっ? 俺達の……仲間……?」
「まさかありえません。私のデータベースにはここに居る機体以外、カイザーチームに属しているという機体のデータは存在しませんから」
「あ、ああそうだ。俺も知らん。少なくとも設定上にだって自律機動をする他のロボハイ無かったはずだ。それに……俺の仲間……僚機であるなら、魔力ではなく輝力反応というわかりやすい目印が……――」
「オマエ……シッテルゾ……」
知ってる? 俺を知ってるの? え、えっと、お、お知り合いなので? 俺は貴方を知らないぞ? わ、わ、なんだこれ、どうしよう? ラムレットじゃないが理解が追いつかない……。
魔獣が喋ったと思ったら俺達を知っている……?
いや、かつて共に暮らしていた仲間と似ているってことなんだろうか? いや、もしかしたらまだ他にも同種が存在していて、それと似ているとか……? そうだ、それなら話はわかるぞ。なるほど、そういう――
「ソウダ……オマエ、カイ……ザー……ダロウ?」
ぐっと息が詰まる様な感覚がし、同時に背筋がゾクりとした。
俺が知らない……のに、俺を知る何かが……存在している……それに対する驚きと恐怖と得体のしれない感情が入り乱れて……この身体では流れるはずもない冷や汗すら背中に感じている。
いや……まて。俺が知らない……俺を知る何か……か。
「スミレ……詳細な魔力検知を頼む。この濃厚な魔力の出処を探れ」
「はい。魔力濃度が高すぎてセンサーが悲鳴を上げていますが……なんとかしましょう」
……可能性は
俺達が目指す先に有る物、その存在が確かならば、こういう事態が起こるであろう事は予想出来ることじゃないか。
レニー達の故郷にあるとされる『円盤』
なぜそんな物があるのか。もしかしたら神様が俺達をそこに向かわせるため、そうなるよう仕掛けをして誘導しているのかも知れない。
なぜわざわざ俺達が取りに行く必要があるのか?
いくら神様が捻くれているとは言え、用意してくれているというのであれば、何かしらのご褒美としてプレゼントしてくれても良いはずだ。いくら捻くれていると行っても、そのくらいはしてくれるはずだ。ああ、捻くれているがね!
だからきっと理由がある筈なんだ。
そのルートに何か俺達に必要な物が、神が『物語』を楽しむために……俺のために用意してくれている何かが仕込まれているとしたら?
「測定結果でました。魔力の出処はあの首輪……正確に言えばあの首輪からだけです。それと、信じられない事なのですが……――」
「ああ、言わなくてもわかるぞ……輝力反応だな? 輝力反応を検知したんだな? つまりレニー達の言う通りだったというわけか……」
「はい……私も非常に驚いています。魔力に阻害されている上に微弱なので気づきませんでしたが、確かに輝力反応が……アレの内側に存在しています……」
「君は俺を知っていると言ったな、すまないが
「ナマエ……ワタシ……ノ……ナマエ……ソウ、ワタシハ……キリン……オボエテ……ナイノ……カ……? カイ……ザ……」
どこか悲しげにそういうと、キリンと名乗った機体はゆっくりと膝を付き、そのまま動かなくなった。
「精密スキャンをしなければわかりませんが、輝力炉が破損しているのかも知れませんね」
「ああ……これは輝力切れか……」
「はい。我々の僚機と仮定して話しますが、著しく低く感じられるこの知能、恐らくは輝力炉の出力低下によって各機能に制限がかけられているのでしょう。この機体が置かれていた状況を推測すると、真っ先に削られるのはコミュニケーション能力。日に回復できる輝力量が僅かだとすれば、今日は少し無茶をしたのかも知れません」
「なるほどな……スミレ、直してやってくれるか?」
「もちろんです。ウロボロス、あなた達も手伝いなさい」
『わかってるわ。ふふ、オルとヤタに加えて新たな妹が出来るなんてね』
『女性が増えるのは歓迎するよ。ちょっと野性的だけどね』
『拙者はウロボロスの妹になったつもりはないのでござるが……』
『私が知らないってことはー私の妹だよねー』
『やった~妹だ~』
僚機たちは呑気なものだ……。みろ、パイロット達を。レニーやフィオラまで展開について行けずに静かになってるぞ。いや、まて君たち『仲間じゃないの?』って言ってただろう……?
まあ、瓢箪から出たコマ状態なのだろうな……。
正直な所、『俺』も『私』も心底驚いている。
この『キリン』が輝力を感じる機体である以上、確実に俺が知らない僚機であり、同郷からの転移機体であることは間違いない。
あまりにも違和感がなくて気づかなかったが……冷静に考えてみれば『キリン』が話していた言葉は日本語だった。俺やスミレ、僚機の皆には『キリン』の言葉が理解できていたが、パイロット達には伝わっていなかったからな。
そう、彼女は確かに「言葉が通じるのか?」そう言っていた。
彼女達は普段シャインカイザーを見てはいるが、あれは神様のサービスによってこちら向けの言語に翻訳されているからな。
元の声優がこちらの言葉を喋っているように聞こえてなんだかシュールなんだよなあ……。
というか、苦労をしてこちらの言語のデータを集めて自動翻訳システムを作り出したのはなんだったのか……改めて考えると力が抜ける……。
まあ、スミレ先生の頑張りから生まれた翻訳システムの御蔭でこちらの言葉も違和感なく聞いたり話したりできるようになっているのだが、それ故に『キリン』が日本語を話していても直ぐに気づけなかったわけだな。
日本語を話している以上、もう疑いようはない。彼女は俺達の新たな僚機であり、恐らく……いや、ほぼ確実に『私』の死後放映された『劇場版』に登場するのであろう新機体だ。なんだかネタバレが向こうからやってきたかのようで複雑な気持ちになるが……まずは彼女の回復を待って話を聞いてみるしかないな。
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