第三百四十三話 手詰まり

 洞窟生活3日目……と言えば、なにやら楽しげに見えるけれど、実際の所かなり参っている。フィールド内は暖かく、食料も豊富にあるため生活に何一つ不自由はない。けれど、これじゃあ、先に進めない。吹雪が止んでくれないことにはどうにもこうにも始まらないんだ。


 そこで、ヤタガラスに頼んで単身で外の調査に出てもらった。


 我々はAIを搭載しているおかげで自律機動が可能だ。つまり、人間にとって危険な場所であろうとも、機体単体であればどうとでもできる、多少無茶な機動をしたとしても中にパイロットがいない以上、無事に任務を達成出来るのだ。


 とは言え、外は相変わらずの猛吹雪。全機合体状態よりも身軽な単機の方が動きやすい。

 それに、一応周囲の安全は確認できてはいるけれど、この洞窟はかなり奥が深そうだし、サーチしきれていない場所から何かがやってこないとも限らない。


 以上の理由から合体状態での探索ではなくて、ここに3機とシュトラールを配置してヤタガラスが単体で外に様子を見に行ってもらうことにしたんだ。


 飛行機能を持つヤタガラスであれば垂直の壁も難なく浮上でクリアできるばかりか、彼女の飛行技術があれば、この環境下でも短時間であれば飛行することすら可能だろうしね。


 調査目的は一つ。ここより上層にこの洞窟のような避難場所が有るか否かだ。もし同様の場所が見つかった場合、ここから出てそこを目指そうと思ってる。


 シュトラールの防寒性を考えると吹雪の中、長時間の移動は不可能だ。けれど、短時間で移動可能な場所に洞窟があるのであれば、それがいくつか等間隔にみつかってくれれば……洞窟で休みながら少しずつ歩みを進めることができるからね。


 そう、うまい話はないだろうけれど……どうにか見つかってくれないかな。


 と、ヤタガラスからの通信がはいったぞう。さあて、結果はいかほどかしら。カイザーに戻って話を聞こう。


『ヤタガラスでござる。視界不良、相も変わらず雪景色! こうも白いと拙者まで白ガラスになりそうでござるな』


「ははは、お前が白くなったら俺とかぶってしまうだろ。それは勘弁してくれ。それでなにか見つかったか?」


『いや……現在、洞窟より500mほど上層にいるのだが、ここから上をスキャンしてもそれらしい影は見つからぬ。山脈を広く探ればどこかに有るのかもわからんが、この風では自在に飛ぶことも出来ぬゆえな……すまぬ、カイザー』


「なるほどな、残念だが仕方ないさ。それだけわかれば上等だよ、迷子になる前に帰投してくれ」


『ははは、そうでござるな。ではかしこまった。ガア助、迷いガラスになる前に帰投するでござる』


◇◇◆


 帰投したヤタガラスを労い、今後の事を改めて話し合うべくみんなのところに移動した。


 ちょうどお昼ご飯の時間だったので、先にそれを済ませてから食後のお茶を飲みながらこれまでの情報をまとめた。


「まず、ヤタガラスからの報告だけど、ここから上には洞窟はないみたい。野営ポイント自体はいくつかあるようだけど、この吹雪が続いている限りそこを使うのは難しいよね」


「では、私からも」


 ひらりとスミレが飛び上がり、何やら映像を空間に投影する。どうやらこれは周囲の雲をインターバルスキャンして動画にしたもののようだ。


「これはここ数時間分を記録した上空のデータですが、それを元に計算した結果、厄介な気圧配置の影響で暫くの間、現状と変わらずに荒天が続くと思われます。衛星とのデータリンクが不可能なため、確実な予報ではありませんが……楽観視はしないほうが良いでしょうね」


 するとレニーがそれについて補足した。


「そっか、もう11月が近いんだもんね。村に雪が積もるのは年越しの前後なんだけどさ、お山はそれよりずっと早く雪が降り始めるんだよ」


 レニーが今言っている『お山』というのは現在居るこの高層ではなく、もう少し下にある標高4000mクラスの山のことらしい。上層部には暖かい時期でもそれなりに雪が残っているみたいだけど、ハッキリと白く染まるのは11月が見える頃、ちょうど今くらいの季節のようだ。


「今くらいの時期になるとさ、お山にでっかい雲が居座ってね。今いる壁みたいな山なんかはもう見えなくなっちゃうんだ。んでね、それが無くなって、久しぶりに山が見えたなあって思う頃にはもう年越しが近いって感じなんだ」


「ああ、お山の帽子、だよね? お姉」

「そうそう。お山が帽子をかぶるったからもうすぐ冬だなーとか言うよね」

「言う言う……なんだかあまり離れていないと思ってたけど、懐かしく感じるな」 


 ……仲良し姉妹がなんだか軽く村の風物詩のように語ってるけど……これってかなり重要な話だよね? つまり、後一月はこの不安定な気候が続くってことでしょ? じょ、冗談じゃないよ!


「……その話を聞く限りでは、この吹雪はもうずっと続くって事だよね? そうなると、今これ以上登るのは無理だね。悔しいけれど一度下山をして別ルートを通って……そうだ、それこそ海をぐるりと回っていけば……」


「あー……お山はねえ、村を囲むようにぐるりとあるから……北側から来ようとしてもきっと吹雪で登れないよ」

「そうそう。おかげで完全に外界から隔離されてるみたいでさ、今思うとなんか嫌だなあ……」

  

「なんてこった……それじゃあ完全にお手上げじゃないか」

 

 ぐぬぬぬぬ……こうなったら最後の手段……私とスミレだけ同行する形で、パイロットたちだけで人間用ルートを通るしか無いのかな? 

 けどなあ……できれば機体を連れていきたいんだよな。うううう、どうにかしてカイザーのストレージにカイザーが入らないかな? いやシステム的に無理かあ……。


 ああだこうだと皆で意見を出しながら話し合ったけれど、どんどん煮詰まるばかり。ここまで出た中で一番いけそうだったのがマシューがめんどくさそうに言った一言『なあ、もしかしたら洞窟が内側につながってんじゃねえの?』というのはちょっぴり悲しいところだね。


 いや……洞窟は深いからね。内側に通じている可能性は高いんだよね。出口に当たる部分がレニー達、村の住人に知られてないだけで、内側のどこかに抜けているかもしれない。


 でもな、推測だけでどれだけの規模があるのかわからない洞窟を進んでいくのもまたどうなのかって思うし……ううん。

 

「カイザー……反応を感知しました。数は……1、こちらに接近中です」


「ええ? 生体反応? こんな所で? 登山者か何か? いや、まさか。とてもじゃないけど人にはこの山を登るのは不可能だよねえ?」


「それが……外からではなく、洞窟の奥からの反応なんです。すいませんカイザー、洞窟側のレーダーを浅くしていたため発見が遅れました」


「いやいいよ。私も言わなかったし、こうして察知出来ただけで上出来だよ。それで……対象までの距離は?」


「現在の距離527m。どうもこちらを目指して移動しているようです……詳細スキャン可能範囲まであと10m……5m……詳細スキャン開始……カイザー……対象の詳細が解りました」


「……その口ぶりだとあんまり嬉しい話じゃなさそうだね。報告して」


「対象は体長13m、二足歩行……。濃厚な魔力反応を検知。以上のことから推測するに……二足歩行型の……魔獣です」


 後ろは吹雪、前からは魔獣……厄介が厄介を呼んできたってやつだね……。しかし、二足歩行の魔獣だって……?


 私が独自に作った魔獣データベースは、これまで見つけた魔獣図鑑やレイからもらった情報を元に作られたもので、これ以上にないほど魔獣を網羅しているんだ。


 それには二足歩行の魔獣なんてものはどこにも姿はない……つまり、こちらに向かってきているのは未知の魔獣ということになる。

 何かそれに繋がる民話でもないかと、レニーやフィオラに聞いてみたところ……。


「そういえばさ、バッチャがよく言ってたよね。悪いことすると鬼が来るって」 

「でもさ、あれって躾のための作り話だと思うよ。あの辺りに魔獣なんて居なかったもの」

 

 魔獣なんて存在は故郷周辺には生息しておらず、こちらに来てから初めてその存在を知ったのだという。なので、適当に子供が怖がりそうなものをでっち上げて躾に使ったのだろうと言う話なのだけど……大型の生命体はなにも魔獣だけってわけじゃないよね。


 そう、強大な魔力を備える生物は現代で言う魔獣だけではなく、ほぼ絶滅したとされている魔物、いわゆるモンスターもそれに該当する。例のドラゴンなんか、凄まじい魔力量だったもの……。


 じゃあさ、まさか……まさかの雪男だったり……しないよね?

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