第三四十二話 吹雪 

 高度8000m近いこの場所に吹き荒れる猛吹雪。それがもたらす寒気はおうちを取り囲む様に展開するフィールドですら防護しきれないほどに強力なものだ。


 そう、フィールド内であってもクッソ寒いのである。


 おうちの内部は外部のフィールドよりも強力な護りが謎の力によってもたらされているから、たとえ吹雪の中だろうと宇宙空間だろうと安全快適にどうとでもなるけれど、問題は中から外に出られないということ。


 流石におうちの中にはトイレもお風呂も設置することは出来ない……いや、一応ストレージを使えばトイレの問題は解決するけれど、それはみんなも嫌がるだろう……。


 つまり、おうちの外に設置されるお風呂とトイレにアクセスが出来ないというわけで、これは非常に困るわけですよ。それをここまで解決してきたのがフィールドなんだけど、そのフィールドも徐々に外気温に負け始め、高度7000mを超えた辺りから限界が見え始めて、とても暢気に風呂に向かえるほどの気温では無くなっていた。


 そして8000m目前という所で、この吹雪だよ。吹雪けばフィールド内の気温はさらに下がっちゃうし、山の吹雪っていつ止むかわかんないもんだから、吹雪き始めた時にはどうしようって内心めちゃくちゃ焦ってしまったよ。


 だからほんと、この洞窟を見つけられたのは良かった。スキャンをしてみた所、結構規模が大きい洞窟みたいで、先に進めば複雑に枝分かれもしているようだった。

 天井も高いし、こりゃいい避難場所になりそうだね。


「とりあえず、吹雪が止むまでここにいようか」


 全員一致の賛成意見で洞窟内におうちを設置する事に決め、なるべく外の影響を受けにくいようにと、洞窟を奥に進んだ所におうちを設置したところ……なんだかやたらと温かい。フィールド内に収まっているせいもあるんだろうけど、防寒具を着ていると暑いくらいに気温が高いんだ。


「ひゃあ、なんだここ、すげーあったけー……あたいもうここに住むわ」

「流石にそれはどうかと思いますの……」


 マシューの気持ちも少しわかるよ……ここんとこ、ずっと寒かったからね。こうしておうちの外で身軽になれたのは久しぶりだ。私だって軽い身体が嬉しくってちょっと気分が上がってるもん。


 ここに住むというのは流石にアレだけど、やっぱりみんなも暖かさに気分が良くなっているようで、皆がおうちから出て身体を動かしたり、ランプの下で読書をしたりしている。


 下界での旅であれば珍しくもない光景だけど、登山中はとてもそんな真似が出来なかったからね。なんだか懐かしいというか、不思議な気分になるな。


「皆、ここんとこほんと大変だったと思うけど、よく頑張ってくれたよ。下山するまではここみたいに恵まれた野営地はなかなかないだろうし、今日は思う存分羽根を伸ばしていいからね」


「カイザーも先程から文字通り羽根を伸ばしてますしね」

「……ただ飛び回ってるだけだよ……」


 まったくもう。妖精体は羽があるからな……スミレめ、微妙に上手いのか上手くないのかわからないことを言いやがって……。


 私が命ずるまでも無く、乙女軍団は思い思いに羽根を伸ばしてリラックスをしている。

 どれだけゆったりとしてるかと言えば、今日のみんなは揃いも揃って長風呂なのだ。


 ブレイブシャインのメンバーが使っているお風呂は、最初にリックが作ってから幾度となく改良が加えられていて、最初は仮設トイレに毛が生えたくらいの小屋に小さな浴槽が据え付けられている程度の物だったのに、気づけばプレハブの現場事務所くらいのサイズ、20人くらいの人間がゆったり休憩を取れる程度の広さにまでなっていた。


 もちろん浴槽はそれに準じて大きなものになり、今ではフルメンバーが一緒に入っても悠々寛げる立派な物が据え付けられている。まったくリックめ、レニーに甘いったらないよね。


 しかし、浴室がそこまで立派なサイズになっても、結局は普通の建物でしかないので、高度が上がるにつれ、フィールド内であっても寒さを感じるようになってしまい……するとどうしてもやっぱりお風呂でゆったり時間を過ごす……とはいかなかったみたいで。


 それでもブレイブシャインは脅威の女子率を誇っているからね。皆、それなりに清潔にするようには心がけているから、寒い寒いと言いつつも、きちんとお風呂には入っていたんだけど、いくらお湯の中に居れば暖かいとは言え、ゆっくり長風呂に浸かるという事はしなくなっていたんだ。


 ここの所そんな日々が続いていたでしょう? だからさ、こうして久々に暖かい場所に来たのを幸いと、これまでの分を取り戻せと言わんばかりにみんな仲良く長湯になってしまっているみたいなんだ。


 こんなでっかい風呂場を持ち歩けるのもストレージのおかげだ。機兵を収納できるくらいなら普通に家の一軒や二軒も余裕で収納できるんじゃねえの? って感じの雑な思想でリック達が悪ノリしながらあの浴室……風呂小屋を作ったわけなんだけど……まあ、当然のように収納出来たわけで。


 だったら、同じノリでフィオラやラムレットのおうちも作って持ち歩こうかな? って考えた事も有ったんだ。


 ただ、説明が出来ない謎機能なんてものはそう簡単に再現出来るわけが無いわけで。


 みんなのおうちのように謎バリアで保護することは現在の技術力ではまだ不可能だ。いくらスミレやウロボロスがチート染みた知識を持っていたとしても、リックやジンが恐ろしいスキルを持っていたとしても……流石に出来る事には限度がある。

 

 この冬山以外にも、おうちが持つ謎バリアには結構助けられている部分もあるので、そのあたりを再現出来るまではおうちの制作は延期する事にしたんだ。


 下手に不完全な物をつかうよりも、安全な誰かのおうちにお泊まりした方が安心出来るからね。何度も言うけど、強いようでもうちのメンバーは女の子ばっかりなんだ。万全を期した方が良いに決まっているのさ。


 さて……そんなわけで、いつのまにかやたらと立派になってしまったお風呂だけども、高地の寒さに耐えきれないとはいえ、そもそもそんな場所を想定して作られた物じゃあ無いんだから、これでもかなり優秀な建物なんだ。断熱材は必要以上にがっつりいれてあるし、暖房の魔導具も備え付けられているため、下界では真冬であっても不便に思うことはまずないだろうし、この厳しい環境下に於いても辛うじて入浴出来る程度には室内が保温されているんだから大したもんだよ。


 中に入ると脱衣所と浴室がきちんと壁で仕切られていて。扉を開けて浴室に入ると洗い場と浴槽、そしてシャワーが備え付けられている洗い場があって、普通の浴室となんら変わらず利用することが出来る……というか、基地の個室に備えられている浴室より大分広くて立派なんだよな……。


 浴室で使用される水は、備え付けの巨大タンクから供給されるようになっているけれど、水はストレージ内に大量に保管されているため、事実上の使い放題。

 それを魔導具にて汲み上げたり沸かしたりしてシャワーや蛇口からでるようになっているんだ。


 さて、問題は排水なんだけど、それはそれで別のタンクに溜められるようになっている。お風呂をストレージに収納した際に、半自動で水タンクと排水タンクをそれぞれ交換するようになっているんだけど、排水タンクの中身はその時に消去されているんだ。


 不要品を消去するのはストレージの謎機能だけど…・…便利に思う反面、一体何処に消えるのか、どうやって消しているのかと考えると寝られなくなりそうだよ。


 さてさて、みんな上がっておうちにはいっていったね? わたしもこっそりお風呂に行こうっと。


 ……別にみんなと一緒に入るのが恥ずかしいとか、そう言うんじゃ無いんだ。

 その、ルゥだとさ……ミシェルやラムレットがその……ね?


 だからこうして……誰も居ないすきにこっそりと……。


「あら、カイザーさん? これからお風呂ですか?」

「ヒッ……ミ、ミシェル……なぜここに?」

「ラムレットに裁縫を教えていましたの。ね?」

「ああ、アタイもぬいぐるみがその……作りたくてね」

「そ、そうなんだ……あ、じゃあわたしもう行くから、2人はお風呂……だよね? ご、ごゆっく――」

「なに水くさいこといってんだい、ルゥもアタイ達と入るんだよ」

「そうですわね! そう、カイザーさん……いえ、ルゥちゃんも一緒に入りましょう!」

「ヒ、ヒィイイイイ」



  こうして私は2人と共にお風呂に入ることとなり……不必要なほどに隅々まで洗われ……なんだか色々なものを失ったような気分になったのでありました(ルゥになって13回目、この旅が始まってから2回目)まあ、いつものことなんだけどさ……慣れないよなあ、こればっかりは……。


◆◇


 ――そして翌日。


「……今日も羽根を伸ばそうか……」


 吹雪は依然として続いている。衛星とのリンクが出来ないため、精密な天気予報はできないけれど、付近をスキャンした結果を見るに……どうも今日もまた暫く……下手をすれば明日も天候は荒れそうだった。


 水や食料のことは問題ない。下手をすれば1年間普通に籠城できるくらいはある。しかし、時間は待ってくれない。あまりのんびりしているとルクルァシアが行動を始めてしまうからね……。


 ……まいったな、焦ってはいけないとはおもうけど……これは本当にまいった。


 ◇◇◇


 そして――予想通り…3日目の朝になっても吹雪が止むことは無く、むしろ昨日よりも強烈な勢いで外を白く染めていた。


 しかたがない、今日もまた待機だ、さて何をして過ごそうか。

 ブレイブシャイン一同はそれぞれ、今日という日の過ごし方に思考を巡らせていたのだが……実は……ブレイブシャインを震撼させる大きな事件が直ぐそこにまで迫っていたのでありました。

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