第三百四十一話 上層

 標高約4000mで朝を迎えました。おはようございます、現在外気温はマイナスの8度。気持ちよい青空が広がっていますが、非常に寒い! 寒いったら寒いんだ。

 こりゃ、もう少し来る時期が遅ければもっとキツい思いをしたことだろうな。


 ここまで寒いと流石に外で朝食の用意を……とはいかず、今日はマシューのおうちに集まって朝食の支度……ストレージから屋台で買った料理を取りだしているようだ。


「なんだってあたいのおうちでやるんだよ? 集まるなら部屋が綺麗なミシェルやシグレのとこのが良いだろー? レニーのとこはまあ……しょうがねえとして」


「しょうがないって言うな!」


「そうは言いましても……。わたくしのとこは床にカーペットが敷かれていますし、シグレの所はタタミでしょう? 軽くスープを温めるとは言え、魔導具を使うんです、床に熱が伝わったらわたくしたちの部屋だと大変なことになってしまいますわ。となれば素のまま使っているマシューのおうちを使うのは仕方がない話ですわ。レニーのおうちは……アレですし」


「アレってなんだよう!」


「レニー……。あなたは部屋を少し片付けたほうがよろしいかと……」

「ぐっ……」


 レニーの部屋は別に汚部屋というわけじゃないんだ。ただ、少し……いや、とても物が多すぎるんだ。


 ハンターの部屋らしいと言えばいいのかな、棚に魔獣のパーツが並べられていたり、仮に使う道具やら武器やらが所狭しと置かれていたりしてさ……。


 それぞれがきちんと整頓されて仕分けされては居るから、決して汚く散らかっているようには見えないんだけれども、兎に角物が多すぎて、とてもじゃないが人が集まってなにか作業が出来るような余裕はない。


 バックパックのストレージにしまえるのだから片付ければいいと思うんだけど、レニーが言うには『あれは置いてるのではなく、飾っているのだ』『リラックスタイムに眺めて楽しむのだ』ということで……決して片付けようとはしないんだ。


 というわけで、消去法でマシューのおうちが調理場になることが確定してしまった。

 料理のストックがふんだんにあるし、流石におうちの中で本格的な煮炊きはしないと思いたいけど……どうかな……あの子達、案外無茶するからなあ。


 幸いなのは『おうちに』に強力な空気清浄機能が備えられているところか。もしもそれがなかったら……旅が終わる頃にはマシューの部屋にはなんとも言えない匂いが染みついていたことだろうよ。


 そんな調子で朝食をとった後は運動がてら散策に向かった。今日は私も同行したんだけど、スノウベリーを取ったり、鉱石のサンプルを拾ったりと、気づけば寒さも気にならなくなってて、なんだかそれなりに楽しかった。


 そして帰宅後はお昼までシャインカイザー視聴会だ。よくもまあ、飽きずに繰り返し見てるよなあと思ったけれど、私だって人の事を言えたもんじゃ無いんだよな。純粋に好きで見返したりもしたけれど、スレで何か書かれていたら検証のために見返してみたり、プラモを組む参考に見返してみたり……そのたびについつい続きの回をみてしまったりと、何度見返したのか、最早数えるのも面倒なほどだよ。

 

 昼食を挟んで視聴タイムはまだまだ続く……うん? 午後の散策? あ、ああああ! うん、そうだね、忘れてないよ、でもありがとう、ウロボロス! 


「よし、この回を見終わったところで今日はおしまいにしよう」


 不満げな声が上がったけれど、時間が時間だもの。今見ている回が終わる頃にはちょうど15時だ。午後の散策に丁度良い時間……というか、それ以上遅れてしまうとまた冷えてくるからね。いやあ、危なかった危なかった……。


 ◆◇ 


 魔獣の反応がないかと、周囲を念入りに探りながら散策をしたけれど、幸いなことに反応は0。もしかすると、この辺りまでは例の影響が及ぼされていないのかも知れないな。


 とはいえ、それで安心というわけには行かない。魔獣ではない生体反応はポツポツと見つかったからね。流石にロボ相手にどうにか出来るような相手じゃないとは思うけど、パイロット達が単身で活動する時には気をつけないといけないね。


 こちらの世界は地球と環境が似ているけれど、生態系までそっくり同じというわけじゃないからね。小山のように大きなクマがいるかも知れないし、サーベルタイガーやマンモスのようなものが居るかも知れない。


 そういや、前にドラゴンなんてヤバい奴が眠ってるのをみちゃったんだよな……あの手のファンタジー生命体が生き残っているケースはまだまだあるんだ。そうだな、魔獣じゃ無いからと油断は出来ないよな。

 

 そうこうしているうちに気温がグングン下がってくる。後はもうおうちに戻ってお籠りだな。


 散策中、そしてアニメ視聴中と就寝中にそれぞれ取った彼女達の生体データをチェックしてみたけれど、普段と何ら変わらぬ健康体そのものだ。

 『若干疲れやすい気がする』なんて意見をもらったくらいで、高山病らしい症状は今のところ出ていない。


 そもそも、高所に身体を慣らすためには2~3日という短期間でどうこうできるものじゃない。本来ならもっと長期間、月単位で過ごして身体を順応させる必要があるんだ。


 お山の呪いが、と話に出たあたりからすると……高山病と呼べる症状はこちらの世界の人間でも等しく出る筈なんだけど、彼女達からその兆候は見られない。


 輝力や魔力を使う訓練をして鍛えているおかげなのか、未だ呪いが出るような高度に達していないのか……未だハッキリとはわからないけれど、なんにせよ彼女達に不調が見られないのは良いことだ。


 これならきっと明日の移動も問題なさそうだね。



◆◇◆


 麓を経ってから10日が経過した。現在我々が居るのは標高7876m、かなり高いところまで到達している。しかし……まだまだ先は、峠は見えてこない。どうやらこの山の標高は俺の簡易測定を大きく上回っていたようで、どうやらエベレストよりも大分高く、概算の結果によれば1万メートルは超えてそうだった。


 現在外気温はマイナス28度、酸素濃度は35%と、俗に言う『デッドライン』と呼ばれる位置に居る。これ以上の高度は酸素ボンベ等の救命装備無しに人類が生存するのに適さない環境というわけなのだが……今ですらかなり危険な状態だ。


 この環境では最早パイロット達が外に出ることは不可能だ。しかし、野営や休憩を考えるとそうも言っていられないために、そこは俺達ならではの工夫で乗り切ることにした。


 工夫と言ってもなんてことはない。『おうち』の設定を少々変更し、ユニット内の環境を一定に保っている謎機能による防護フィールドの範囲をその周囲にまで及ぶようにしたのだ。


 休憩や野営の際には先におうちをだし、機体をフィールド内部に収める事により、安全にパイロット達が機外に出られるのである。


 おうちから放たれた謎パワーによって生成されたフィールドだが、外気に晒されている以上、流石に密閉空間であるおうち内部同様に『快適な環境に保持される』とまではいかない。

 それでも、フィールド外部より気温が大分緩和されていて、この厳しい環境下であっても高度4000mと同等の環境にまで抑えられるのだ。なかなかに頑丈な彼女達は、気圧の低下にもきちんと順応していて、気温の問題さえなんとかすればまだ余裕で活動ができるため、コクピットから降りざる得ない諸々のあれやこれやにもしっかりと対応出来ているのであった。


 しかし、ここからさらに登る事と考えると、それでも不安に思う。

 フィールドでは気圧の問題はどうしようもないし、そうなると流石の彼女達でも耐えることは出来なくなるだろう。


 それを考えると、高度1万メートルにもなる頂上を越えるコースは通りたくない。


 なので、少しでも低いルートは無いだろうか、と、周囲を念入りにサーチしているのだが、未だに良いルートを発見できないでいる。


 一応事前にリムールから測定したデータで作った地図を元に移動していたのだが、やはり現地に来るとかなりの誤差が生じていることを切実に感じるよ……。


 人工衛星があれば、それにアクセスができれば……この手の作業はかなり楽だし、確実なのだがな……。まあ、無い物ねだりはやめようか。


 さて、いよいよ本日の山場の登場である。目の前に立ちはだかるのは高さ40mの壁。これを越えれば野営に適した場所がある……はずなのだが、流石にこの機体でロッククライミングというのは無理があるわけだ。


 ではどうするのか? その答えは非常にシンプルだ。


「周囲に魔獣反応なし。風速安全域……飛行ユニット起動可能です」

「うむ。ではフィオラ、ラムレット。行くぞ」

『『はい!』』


 まず、俺が軽く浮上し、シュトラールの前でホバリングをする。バンザイをするように伸ばされたその手を握り、ゆっくりと上昇。そのまま壁を超え、着陸ポイントに降りる……と。


 この様な状況をあらかじめ考え、ワイヤーとウィンチを用意してきたのだが、よく考えれば短時間ならシュトラールを掴んで浮上したほうが速いということで、ここまでもこうやって登ってきているのだった。


 最も、気象状況をしっかりと考慮した上で、大きく安全マージンを取った上でなければこんな真似はできない。ホバリングした瞬間、強烈な横風を受けてしまったら、俺であっても制御不能になりかねないからな……気流が不安定な場所だし、ほんと気をつけないと。


 本日の野営ポイントはここからもう少しだけ歩いた先だ。パイロット諸君、後少しの辛抱だぞ、と声をかけて歩き始めると……ああ、これはまずいな。吹雪いてきたぞ……。


 山の天気は変わりやすいというが、先程まで穏やかだった風が突如として唸りを上げて、たちまちあたりは白色に包まれなにも見えなくなってしまった。

 我々にはレーダーや各種センサーが備わっているし、それがないシュトラールも幸いなことには俺の元まで到達し、しっかりと手を繋いだのでホワイトアウトで前後不覚になるということはない……のだが……。


 流石にこの状態ではおうちをだして野営という訳にはいかない。いくらフィールドがあるとはいえ、ここまで酷いとどうなるのかわからないからな。


「スミレ、何処か安全な場所は無いか?」

「ずいぶんと無茶振りを……んん、カイザー、朗報です。128m先、左方向に洞窟がありますよ。どうやら我々でも入れるかなり大きな洞窟みたいですね」


「よし、とりあえずそこならば風雪を防げるだろう。聞いたなみんな、これより洞窟へ向かう。フィオラとラムレットは俺の手を決して離さないように」



 何度かシュトラールがバランスを崩し、転倒しそうになったが、それでもなんとか洞窟までたどり着くことが出来た。


 さて……この吹雪。明日には止んでくれたらいいのだが……。


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