第三百四十話 中腹

 移動すること約6時間。見晴らしが良く、広めのスペースを確保出来る場所が見つかったので本日の野営地とした。


 現在地の標高は4000mに少し足らない程度。外気温は4度、酸素濃度は62.5%、気圧627hpと、概ね地球上での高地と変わらぬ環境のようだ。


 朝から大体2000mは登ったことになる。そろそろパイロット達の体調に影響が出始めるかもしれないな……。


「みんな、ご苦労だった。これより機体より降りて、外気温、酸素量ともに出発地と比べてかなり低くなっている。くり返しになるが、体調の変化にはくれぐれも気を配り密な報告をするように」


「「「はい!」」」


 酸素濃度や気圧も問題だが、なにより寒さが問題だ。昨夜野営した場所でも既に朝の気温はマイナスになっていたため、各員それなりに覚悟はしているようだが……なめてかかるととんでもない目に遭うからな。凍傷なんて起こしてしまったら不味いことになる。


 ま、一番そそっかしいレニーがきちんと『もこもことした服』に着替えているくらいだ、他のメンバーもバッチリ防寒対策を済ませているだろうし、心配は無いかも知れないな。


「む、カイザーさんが私を暖かな目で見ている気がする」

「……そんなことはない。ああ、そうだ俺も着替えてから出ないとな。スミレ」

「はいはい。もちろんルゥちゃんの防寒具も用意してありますよ。ミシェルが縫ってくださいましたからね」


 ミシェルお手製か……。彼女はぬいぐるみを作る才能があったが、人形の服を作る事もできるんだなあ……。


「なるほどこれは温かい」

「あ、いいですねそれ。とっても似合ってます」

「ふふ、可愛いですよ、ルゥちゃん」

「スミレうるさいぞ」


 ルゥになって小さな防寒具に袖を通してみたけど……ああ、いいなこれ。突っ張ることもなくって、実に自然で心地よい。メリルか何かの毛を使っているのだろうか、防寒効果は抜群のようで、暖かな機内では若干汗ばむくらいだよ。


 これならきっと外に出ても寒さに苦しむことはないだろうね。


「あ、そうだ。コクピットに居る内に『おうち』を出しておきなよ? きっとその方がだろうからね」


「やるじゃないかカイザー! たまにいいこと言うよな」

『いざとなったら直ぐに飛び込めるか、カイザーさんはやっぱスゲえな!』


 マシューが失礼なことを言っているけれど、私はいつだって頼りになっていると思うんだ。みろよラムレットを。手放しで私を褒めてくれてるじゃ無いか。


 さて、これより外に出るわけだけど、急激な気圧の変化は高山病の原因となるばかりか、身体に様々な不調をもたらすことになるわけだ。


 なので予め高度に合わせてシャインカイザーとシュトラール、それぞれのコクピット内の気圧が変化するように設定しておいて、外の気圧にパイロットたちを慣らすようにしておいたんだ。


 これで大分パイロット達への負担は減っていると思うんだけど……何が起こるかわからないのが山だからなあ。私もみんなの変化に目を光らせておかないとな。


「ひゃー! 寒いなあ」

「まったくですわ。寒いですわ! 秋を通り越して冬ではありませんか!」

「上の方に見えているのは……結構な量の雪ですな……」

「アタイ寒いのはあんまりすきじゃないんだよなあ」


「なんだか村から逃げた時を思い出すなあ。なんだか懐かしい気分になっちゃうよ」

「お姉……私にとってはついこの間のことだよ……懐かしさなんて一つも無いよ……」


 皆が皆それぞれに外の感想を言っている。姉妹2人だけは皆とちょっと違う内容の話をしているが。


「さて、この寒さだ、皆すぐにおうちに入りたくなるとは思うけど、1時間ほど軽く運動してもらうよ」


「ええー!? なんでさ! 今日はもうクタクタだっつーの」


「そうは言うけどさ、マシュー。今回は足場が悪いからって、制御を殆どオルトロスに任せてたでしょ」


「うっ……知ってたのかよ。そ、そりゃ確かにそうだけれどもさぁ……」


「多少運動をして全身のコリを解したほうが身体も楽になるさ。座りっぱなしでついた疲れはそれが一番! ってことで、各自軽く周囲の散策ー」


「「「えええー」」」


 文句を言いつつも、それでもきちんと散歩を始める乙女軍団。なんだかんだで私が言うことを信用して従ってくれるから嬉しいね。


 彼女たちを歩かせているのはコクピット疲れを癒やすためだけじゃない。高度順化と言うやつのためだ。


 山の麓ですら既に高度2000m近い結構な高度だったんだけど、そこでも一応周囲の探索という名目で彼女たちを歩かせていたのはそのためだ。


 本当はそのまま数日過ごしてじっくり身体を慣らしてから挑みたかったんだけど、今回は地球人より強めの身体を持っている彼女たちが受ける影響をモニタリングしたかったのもあって、一泊した後直ぐに移動を開始したんだ。


 もちろん、彼女たちは私にとって大切な存在であって、決してモルモットとしてみているわけじゃあない。なので端末を通して彼女たちの体調は絶えずモニタリングしているし、自己申告が無くとも明らかにダメそうな時は迷わず引き返して高度を下げる事も考えている。


 ……けれど、今の所は特に高山病の兆候が見られないあたり、やっぱ地球人とは体の作りがちょっと違うよなあ。機内の気圧を調節して慣れさせていたとは言え、結構なペースで移動してたんだよ? 前世の私だったら、間違いなく途中で目を回していたと思う。


「あ、そうだスミレちょっと手伝って」

「はい。今度は一体何をたくらんでるのですか?」


「たくらむって……。夕ご飯にはまだ早いけど、散策から戻ったあの子達に軽く暖かなスープでも出してあげようと思うんだよ。流石に1人じゃ調理は難しいから手伝って欲しいんだ」


「そういうことですか。わかりました」


 スミレと2人、スープの用意をする。ストレージから座標を指定して道具や材料を喚び出せるのでこのサイズでもなんとかなるのであります。


 魔導コンロの上に鍋を喚び出し、火にかける。ここまでは簡単だけど、包丁で何かを切るとなれば話は別。でも! こんなこともあろうかとっ! 予めシグレやミシェルに頼んでカットして貰っておいた材料を幾つか用意してあるのです!


 オリーブオイルを鍋に入れ、カット済みのベーコンとキャベツ、細かく刻んである人参や豆を鍋に喚び出す。自分の身体ほどあるヘラを抱えたスミレが全身を使ってそれをかき混ぜていく……なかなかファンタジーな絵面だな。


「ふう、中々重労働ですね。これで美味しくなかったら許しませんよ」


「……大丈夫、美味しくなるはず!」


 小麦粉を軽く振り、暫くした後に水とスープベースを入れて少し煮込む。


「はあ、完成ですか? なかなかに良い香りですね」

「いいや。まだ仕上げが残ってるんだ」


 野菜に火が通ったのを確認し、最後にミルクと塩コショウを追加。うん、良いお味。


 後は弱火でコトコトと保温しながらみんなを待つだけだ。


 

 15分ほどすると、みんなの元気な声が聞こえてきた。


「たっだいまー! ルゥ、みてみて! おみやげだよ!」


 満面の笑顔でフィオラが差し出したのは何かを沢山包んでいるらしいスカーフだ。ほのかに甘酸っぱい香りが漂ってくる。


「これはなんだい?」


「へへー、アイスベリーだよ。高いお山でしか取れない、貴重なおやつだよ」

「殆どあたしがとったのになんでフィオラが威張ってるのさー!」

「お姉は見つけるのが上手なだけで、取ったのは皆でしょう!」

「じゃあ、そういいなさい! あんたはまったくー」


 酸素が薄い中元気に喧嘩をして……ほんと頑丈だなこの子達。ま、油断は禁物だけどね。


「はいはい。喧嘩はそこまで。皆が取ってきてくれたベリーでおやつと行きたいところだけど、スミレと2人でスープを作っておいたからさ、まずはおうちで食べて身体を温めてくれよ」


「「「わあ」」」


 私とスミレが作ったクリームスープは非常に好評で、ミシェルにレシピを聞かれるくらいだった。


「さて、ベリーを食べながらで良いから聞いてね。前に言ったとおり、高い場所は平地と環境が異なることから体調に変化が起きやすい。なので明日1日は身体を慣らすために休暇日としてここで過ごしてもらって、明後日に再び上を目指そうと思うんだ」


 本来であれば3日は順応させるために滞在したい所なんだけど、彼女達の様子を見るに、やはり地球人よりも大分頑丈にできているようなので、いきなりだけど1日の滞在で順応出来るかチェックさせて貰うんだ。


「休み……って言われてもなあ。こんなところじゃ退屈でどうにかなっちゃうぞ」

「探索したけどあまり面白いのはなかったでござるな」

「少々興味深い鉱物がチラホラと見られましたが、派手に掘るわけにもいきませんしね……」

「せめて街でもありゃあ、肉食いにいくんだけどねえ」


「じゃあさ、久々にあれやろうよ」

「あれってなに? お姉」


「おうちに集まってお菓子食べながら皆でシャインカイザーを見よう!」


「おっいいな!」

「なるほど……それは良い提案です」


「おいおい、おうちの中にずっと居ちゃあ滞在の意味がないからね? 寒くても我慢して散歩もするんだよ? いいね?」


「「「はあい」」」


 良い返事だけど……どうかな。アレは見始めると止まらなくなるからな……。私が止められればいいけど、私も自分が信用できないからな……。


 スミレやウロボロスにお願いしてストッパーになってもらおう……うん、そうした方が良さそうだ。

 

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