第三百三十八話 出発の朝

 お泊まり会の翌朝、ブレイブシャイン一同は普段よりもかなり早めに起床した。


 何が彼女たちをそうさせたのだろうか? その答えはマリネッタちゃんにあった。予定では、朝食を食べた後にガシューさんの元まで送り届け、そのままリムールを発つ事になっている。


 だったらマリネッタちゃんのためにも、自分たちのためにもちょっぴり豪華で楽しい朝食を摂りたいと、昨夜誰がいうでも無くその様に決まって、その用意のために皆揃ってパッチリと目を覚ましたというわけなのであった。


 子供の目覚めというのはめっぽう早い。まだ朝の5時だというのに、さっぱりと目を覚ましたマリネッタちゃんはスミレと二人、何やらお話をしているようだ。


「いいですかマリネッタ。お友達になりたい子が街にやってきたら挨拶をするんですよ」


「あいさつ? 知ってる! こんにちは! っていうんでしょ?」


「そうですね。その後に自分の名前を言って、お友達になりましょうっていうんです」


「そうすればお友達になれるかな?」


「ええ、街の案内をしてあげればさらに合格です。だから今のうちに貴方が好きな場所を沢山見つけておきなさい。それを教えて喜ぶ子ならきっと素敵なお友達になれますよ」


「ありがとうスミレの妖精さん! 今度みんなが帰ってきたらお友達を紹介するね!」


「ええ、楽しみにしていますよ」


 くっ……。朝っぱらから中々に泣かせてくれるじゃないの。マリネッタちゃんの健気さもさることながら、スミレの成長っぷりも中々に私には来るものがある。スミレも随分と人の心がわかるようになったもんだよ。出逢った頃の淡々としていたスミレが嘘のようで何だかとっても感慨深いや。


「カイザー? 何をニヤニヤと気味の悪い顔をしてるんですか。今日は出発の日。気を抜いてはいけませんよ」


「暖かい視線でスミレを見てたんだよ!」


 朝も早いというのにこの辺りは賑やかだ。といっても、ブレイブシャインがうるさいんじゃないぞ。おうちを置かせて貰っているのは演習場の片隅だ。結構な数の隊員達が早朝トレーニングに勤しむ声がえっさほいさと聞こえてくるのさ。


 それにしてもまだ6時前だよ? 私達が訓練していたころはこんなに厳しい時間割でやっていなかったよなあ、と思って、1人捕まえて聞いてみたら、どうやら彼らは自発的に朝のトレーニングをしているらしい。少しでも力を付け、リムールを護る戦力になりたいとの事。うん、彼らが居ればリムールの安全は保証されたようなもんだね。

 

「ごはーんでーすよー」


 レニーが私達を呼ぶ声がする。


「スミレ、マリネッタちゃん。朝ご飯が出来たみたいだよ。向こうへ行こうか」


「はーい!」


 レニー達の方に向かうと、お家の前にテーブルと椅子が出されていて、朝から中々に豪勢な料理が並んでいた。朝食なのでそこまで重たいものでは無いけどね。


「わあ! これなあに? たまご?」


「ああ、目玉焼きだぞ。ほら、こっちのソースをかけて食べると美味しいぞ」

「マシュー殿? 目玉焼きにはリーンバイルの醤油が一番合うと思うのですが」

「だめですわ! 二人とも! てんでダメですわ! 目玉焼きにはシンプルに塩胡椒が合うというのに!」


 ……異世界に来てまで目玉焼きに何をかけるか論争を目にする羽目になるとは。なんでもいいじゃないか、本人が旨いと感じるならさあ……。


「ふうん、みんな色々なお味が好きなのね。でも私はケチャップが好き!」


 さあ、面倒なバトルが始まってしまうぞと思ったところでマリネッタちゃんが食卓に置かれていたケチャップをかけ食べ始めた。


 そうなんだよな、この世界には醤油や味噌は勿論の事、ケチャップやマヨネーズがしっかりと存在しているんだ。


 異世界転生物は私も好きで色々読んでいたけれど、日本の味に飢えた主人公達は、たいていの場合食の再現に四苦八苦してるんだよね。けれど、この世界ときたら、大体のレシピが神様の悪戯としか思えない介入によって持ち込まれているんだから助かっちゃう。


 あの神様は理由はわからないけれど、妙に日本びいきでリーンバイルをあんな感じに仕上げちゃったほどだからなあ。きっとちょいちょい日本に降り立ってはジャンクフードやらB級グルメやらに舌鼓を打っているに違いない。


 今日の朝食メニューは目玉焼きにウインナー、ベーコンを焼いた物に野菜のソテー。主食としてえびピラフが用意されていて、さらに魚介のスープとサラダがついている。


 そして食後のお楽しみとしてフルーツを添えたバニラアイスのデザートも控えているわけで……朝からなかなかに豪勢なラインナップなのでありました。


 そんなもんだから、マリネッタちゃんは最高にご機嫌で。 


「おいしいね! お姉ちゃん達と食べたらぜんぶおいしい!」


「「「マリネッタちゃん……」」」


 幸せそうな彼女の言葉に若干ギスギスとしかけていた空気がとろけた物に変わる。子供の言葉というのはやはり偉大だ……。


 以降の時間が非常に穏やかな物になったのは言うまでも無いね。


◆◇


 楽しい朝食も終わり、ゆっくりと後片付けをした後にガシューさんの家までマリネッタちゃんを送っていった。マリネッタちゃんは別に孤児と言うわけではないんだけど、両親が共に早朝から夕方まで働きに出ているため、その間はガシューさん等、手が空いている人間が家で預かっているんだってさ。


 子供の数がもっと増えれば、ルナーサにあるらしい託児所みたいな場所が出来るのだろうけど、今のところマリネッタちゃん1人だからね。暫くの間は今のような具合に地域全体で子供をみる感じでいくんだろうな。


「マリネッタ。妖精さんはまた来ますからね。次に来るまで沢山遊んで沢山お勉強をしておくのですよ」


「はーい! お友達も沢山作ってみんなに紹介するからね! だから妖精さん達もお姉ちゃん達もまた来てね!」


「「「絶対また来るからね!!!」」」


 満面の笑顔を浮かべるマリネッタちゃんに反してブレイブシャイン一同は涙と笑顔が入り乱れたぐちゃぐちゃの顔をしている。まったく困ったお姉ちゃん達だな……。


 ガシューさんとマリネッタちゃんに別れを告げ、そのまま出発――はせずに演習場に戻り、出発前のミーティングを始めた。


 説明を円滑にするため『俺』はカイザーに身を戻し、ブレイブシャイン一同を前にしてこれからの予定を話した。


「いよいよ我々はあの山脈に挑むこととなる。残念ながら、レニーやフィオラが通ってきた道は非常に狭く、我々ロボットは通ることが出来ない。よって前人未踏のルートを取ることとなる」


「えっと、空を飛んでいくことは出来ないんですか?」


「ああ、レニー。良い質問だな。飛行による山越えを考えた場合、安全面を考えるとやはりコクピットに無理矢理全員乗せるのは避けたいところだ。すると、これまでの飛行時同様に、フィオラとラムレットはカーゴで運ぶことになるのだが……あの山脈を測定してみたところ、高度6000mから8000mと非常に高くてな、カーゴを抱えた状態での限界高度を倍以上は楽に超えている。よって飛行による山越えは却下となる」


「となれば……その、限界高度とやらまで頑張って飛んで、山の途中で降りて歩く感じになるのか?」


「うむ。マシューも良いことを言ったな。当初はその予定だった。ここから調査をした結果、山の中腹、およそ高度4000m付近に着陸に適した地形があり、そこまで飛んでいこうと思ったのだが、改めて君たち人間の立場になってシミュレーションしてみたところ、それをやってしまうと大きな問題が発生する事がわかってな……」


 そして俺は『高山病』についてざっくりと説明をした。すると――


「……カイザーさん、お山の呪い……知ってたんですね」


 ――と、レニーが驚いた顔で言った。レニー曰く『高山病』と言う名前は初めて聞いたが、レニー達が使った正規のルートを通らず、無理に山を越えようとすると山の呪いにかかって最悪の場合死に至る事があるらしいと、昔から言い伝えられているのだという。

 レニーもフィオラも当然それを知っていたため、ここを出る前に言おうと思っていたらしいのだが、先に俺の口から出た物だから驚いたようだ。


「俺が居た世界とこちらの世界は非常に似通っている部分もあるが、大きな違いがある。それは魔力だな。向こうの世界には魔力は勿論、それを用いた魔法という物は存在しない……とは言い切れないが、現実に存在する物として認知されては居ないんだ」


 呪いという物は、もしかすれば本当に存在するのかも知れないが、多くの場合は科学的に説明が付いてしまったりする。ポルターガイストに悩まされる呪われた家は低周波が原因だったり、所有者が早死にする鉱石は放射性物質を含んだ物で有ったり……勿論現代の科学では説明が付かないとされている物もあるらしいのだが、大体の物は単なる勘違いだったり、思い込みだったりが原因となっている。


 いわゆる『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って奴だな。人は良くわからない物を畏れ、魔物や神として恐れたり崇めたり、何か悪い事があれば呪われただの、罰が当たっただのと考えて自分で自分を納得させてしまうのである。


 レニー達が言う『お山の呪い』という物も、おそらくはその手のネタなのではなかろうか。ただ、ここは魔力が実在する異世界だ。本当に呪いというものが存在しないとも限らないので、完全には否定をしないよう説明を続ける。

  

「それに伴って呪いという物も信憑性が薄い存在でな、大体のケースはきちんと理由づけて正体を暴く事が出来るんだ。それで、レニーの説明を聞く限りでは『お山の呪い』はあちらの世界で言う『高山病』に非常によく似ているんだが……もしも呪いなんてものでは無く、俺が知る物と同様の現象ならば、きちんと対策をする事によって乗り越える事が出来るぞ」


「まさか……お山の呪いから身を守る方法があるなんて……ねえ、ルゥ。良かったらその方法、教えてくれる?」


 フィオラがビックリした顔で聞いてくる。

 熱心なのは良いことだ。ならばと、簡単に気圧や酸素濃度についての解説をし、ついで高山病対策……高度順応の話や移動ペースの話、もしもなってしまった際の対策などを説明すると、非常に真剣な顔でメモを取っていた。


 説明をするに当たって酸素の概念はきちんとこの世界にも存在しているため、そこは話がしやすくて助かったのだが、ファンタジー世界にありがちな『化学知識の欠乏』は、どうやらウロボロスが過去にミシェルのご先祖相手に色々と語りまくったおかげである程度回避されているようだった。


 そうだよな……俺が眠ってる間にウロボロス達は異世界物主人公よろしく知識チート無双を散々味わったんだもんな……。


 いわく、鉱山で作業中に昏倒する物が相次いだ事があったのだという。当時のルストニア王は何か悪い呪いではなかろうかと考え、大魔法使いであるウロボロスに意見を求めたらしいのだが、それは呪いでも何でも無い、化学で説明が付くものだったのだ。

 話を聞いたウロボロスはその場で全てを察したらしい。原因は単純な話で、洞窟内で火を焚いたために発生した低酸素症がその原因だったのだ。


 ウロボロスはカルチャーショックに打ち震えながらも、酸素の概念と、火が何故燃えるかという話しをして納得させ、以後は同様の『呪い』は発生しなくなったのだという。


 ほんと知識チートと言う、異世界転生者に与えられるご褒美はウロボロスに潰されていると言って良いよな……別にそれで困っていないから良いのだが、それでも少しだけ悔しく思う……。


「というわけで、飛行での移動は山の麓までだ。そこから先はカーゴから降りてシュトラールに乗って移動して貰う事になるが……2人は構わないな?」


「ああ、アタイとしてはカーゴよりそっちの方が気が楽だよ」

「私もそっちのがいいな。やっぱり自分で……機兵でだけど、歩く方が性に合ってるし」


「そう言って貰えると俺も助かる。一応休憩時間や野営場所で『高度順応』の一環として散歩や軽い運動をして体を慣らす予定では居るが、移動中気分が悪くなったら我慢をしないで直ぐに言ってくれ。一人の我慢が皆を危険に陥れるのだからな」


「「「はい!」」」


 まったく、俺がカイザーの時はほんと気持ちが良い返事が返ってくるな。ともあれ、これで説明は終わりだ。


「では、出発するぞ!」


 そして俺達はリムールを飛び立った。これより挑むは聖域を護る巨大山脈! さあ、楽しい冒険の始まりだ!


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