第三百三十一話 キャンプ地にて
休憩をはさみつつ飛んだ本日のフライトは、約4時間ほどの飛行時間でおしまい。その気になればリム族の集落まで一気に飛べなくはないけれど、長時間コクピットに乗りっぱなしというのは疲れちゃうからね。
「はあああああ! 大地のありがたみが染み渡るねえ!!」
そそくさとカーゴから降りて背伸びをしているのはラムレットだ。空の旅にもだいぶ慣れてはくれたけれど、やっぱり空の上というのは緊張するものだからね。他のパイロット達も同様に、開放感に満ち溢れたーって顔で身体を解しているし、なんだかんだいってやっぱり地上は良い物なんだよ。
「今日はこのままここで泊まるから、はやめに『おうち』を出しといてね」
「はーい。じゃ、フィオラは私が泊めてあげよう」
「えー? お姉のおうちー? なんか妙に油くさいし散らかってるから嫌だよ。ミシェルさんの綺麗でかわいいお部屋が良いなあ」
「なにおう!」
降りてそうそう早速姉妹喧嘩が始まっている。まあ、互いに本気ではなさそうだしほっといてもいっか。
「ルゥちゃん、わたくしと夕食の支度をしましょう。さ、こちらに来てくださいな」
いそいそと『おうち』を出し、私を調理に誘っているのはミシェルだ。ラムレットから感染ったのか、スミレの悪い影響を受けたのかは知らないが、最近はミシェルまでもが『ルゥ』となった私に態度を変えて接するようになっている。
「ルゥちゃんって……まあいいや。今行くよー」
「あー、アタイも手伝うよ! ほら、ルゥ一緒にやろうな!」
そんな私をニヤニヤと見ている存在が三人。スミレとマシュー、シグレだ。
スミレとマシューのは純粋にからかう視線だからまだいい……いや、よくはないが、問題はシグレなんだ。彼女は2人と違い、なんというか、可愛いものを微笑ましげに見ているような、愛らしい動きをするハムスターを見つめる女子の様な……そんな方向性のにやけ顔を浮かべながら私をじっと遠くから見つめてるんだ。
……これは近い内にシグレも堕ちてしまうのかもしれないな……。
さて、それはそれとしてごはんの支度だ。今日は久々の遠征だということで、せっかくだからと、手作りの夕食にすることになった。普段もスープやちょっとしたおかずくらいは作っていたんだけど、殆どの場合は屋台で買ったご飯で賄っていたから、一から全部作るってのは中々に新鮮だ。
さて、しれで今日は何を作るのだろう。食事当番……というのは明確には無いのだけれども、どうやら今日のメインシェフはミシェルらしい。先程から何かを考えウンウンと唸っているのだけれども、一向に指示が飛んでこない。
「うーん、メインはカレーにしようと思いますの。ただ、お肉をどうしようか……」
どうやらカレーの具材で頭を悩ませていたらしい。私としてはなんでも良いんだけど、それを言うときっと怒られる……。
だから今はじっと……お湯を沸かしつつ彼女の指示を待つのみなのだ。
「ルゥー! 採ってきたよー! 使ってー!」
ガサガサと藪を漕ぎ分け、葉っぱだらけになったフィオラが現れた。いつの間にでかけていたのか知らないけれど、この短時間で2羽のクイーンバードを仕留めてきたようだ。
「お~すごいじゃない。みてみて、ミシェル! おかずが増えたよ!」
うーん? と、難しい顔で横を向いたミシェルだったが、鳥を見てテンションが上った。
「まあ! クイーンバードですわね! フィオラお手柄ですわ! これは下手に寝かせず直ぐに食べた方が美味しい鳥ですの。ふっくらとしたお肉に歯を立てると……じゅわりと甘い脂が染み出して……決めましたわ! 今日はチキンカレーにしましょう!」
そうと決まれば後は速かった。私達に野菜の下ごしらえとスープやサラダ作りを命じると、ミシェルはフィオラのもとに駆け寄って二人仲良く鳥の解体を始めた。
クイーンバードは3~5kgほどの鶏よりやや大きい鳥で、キジにちょっと似ている。面白いのが、他の鳥と違ってオスよりメスの方が美しい体色をしているんだ。その理由がまた面白くってさ、この鳥には一羽のオスが多数のメスを囲う一夫多妻的な習性があって、繁殖期が近づくとメスは強いオスのハーレムに入れてもらうために激しい求愛アピールをするんだって。
そしてフィオラが採ってきたのはどちらも体色が地味なオス……と。こりゃあこの辺りのハーレム戦争が激しくなりそうだね……。
しかし、フィオラもミシェルも平気な顔でどんどん鳥を解体していくなあ。私は知識欲から鳥やイノシシ、鹿なんかの解体を動画で見たことがあるくらいで、流石にその手の経験はない。釣りには行ってたから、魚をさばくくらいの事は出来るけど、流石に鳥や獣の解体はやった事はないから、ただただ感心するばかりだ。
彼女達の手によってたちまち『食材』と化したクイーンバード。見た目以上に結構な量の肉が取れたようで、流石に2羽分の肉をカレーに使うと多すぎるとの事で、1羽分はストレージにしまっていた。
「へっへー! 役得役得!」
まもなくして辺りに香ばしい匂いが立ち上った。狩猟者の特権としてフィオラがクイーンバードのモツを網で焼いているらしい。
「へえ、上手いもんだな。へえぇ、そうやって調理するのか、へぇぇぇー! 結構いい匂いがするんだなあ! へー! へー!」
あからさまに分けてほしそうなワンコが1匹。
マシューが尻尾をブンブンと振りながらフィオラに張り付いている。
「内臓は傷みやすいからねえ。これはほんと、狩りの良いところだよねえ」
「へえ、そうなんだな……内臓がなー……」
フィオラはモツ料理についてマシューになにか話しているのだが、彼女の耳には入っていないだろうな。もうすっかりモツから滴り薪に落ちる脂に夢中になっているのが傍から見ても良くわかるもの。
「もー、そんな尻尾振らなくても分けてあげるから! はい、あーん」
「な、べ、べつにあたいは……んぐ! あち、あぢ! うおおお! うまい!」
「ルウちゃーん、味見お願いしますわー」
「はいはい、いまいくよー」
微笑ましい二人の様子を愉しんでいたところでどうやら私の出番のようだ。さあ、私の腕の見せ所! この鍛え上げられた味覚で美味しいカレーに導いてやるからな!
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